"かの川"の釣り妖怪たち(2/3)
前回のつづき
前回は初投稿でこんなタイトルではありませんでしたが、その続きです。
"かの川"での衝撃的な釣行記録となります。これを後編として終えるつもりでしたが、長くなったのでまだ続きます。
釣り人にとって衝撃的とはだいたい釣果にことを言うのですが、私がブログに書きたいのはそういうことではありません。いつだって私の心をかき乱すのは人です。
愚痴ではなくその体験や観察記録をここに書き記したいと考えています。
失楽園
鮎の転がし釣り師のバリケードを越えて(前回)、これからゆく先には魚の楽園があるかに思われました。実際ハスのジャンプがちらほらと見え、期待が高まります。これまでの場所に比べてやや深く流れが緩やかになるポイントです。最近台風があったり急に冷えたりしたせいで、魚のつく場所が変わったようでした。
幸先よくハスを1匹釣りましたがその後が続きません。ルアーを変えて対応しようと試みますが反応はなく、そもそも魚影も食い気も薄いようです。そう断言できるほどここでの釣りには自信がありました。
さて、ハスやニゴイを狙うのはだいたいここら辺が最下流になります。人がいない場合は来た道を遡り上流に向かって釣り上がったり、一度岸に出て再び上流から釣り下ったりするのですが、それができない状況です。後方からは大袈裟に祈祷するエセ神主のように釣竿を振りかざす転がし釣り師が、呪いのような独り言を呟きながら迫ってきています。
「1匹も釣れねぇよ・・いてぇよ!」(針を自分の手に引っ掛けた)
今日はもともと釣れない日で鮎の魚影も少ないのに、私のせいだと思っているに違いありません。
この絶望的な状況!途方に暮れていると近くにブラックバス(大口バス)の魚影が見えました。
この釣り場の楽しみ方は無限大。鮎も釣れるし私のようにニッチな釣りも可能。加えてなんとルアーフィッシングの代表格といえるバス釣りもできるのです。余談ですが春には遡上マスも釣れるらしくまさに奇跡のような川ですね。
そんな多様な釣りを楽しめるこの川には、それぞれの釣りに適した見えない境界線が存在します。転が師(と呼ぶことにした)のプレッシャーによって、いつの間にか私はバス釣り三角地帯のグレーゾーンに立ち入っていたのでした。
なお、鮎、ハス、ニゴイ、ウグイに適した場所は変化しやすいのですが、バスはストラクチャーを好むのでほぼ年中居場所が変わりません。
バス釣りデルタゾーン
もはやバス釣りしか選択肢は残されていませんでした。
どんな時でも釣れるようなニゴイでさえ、今日は近くに魚影がありません。
小魚用のルアーをしまってバス釣り用に交換していると、水を叩く大きな音が聞こえてきました。
音は三人組の男がバス釣りを楽しむ大きな岩場から聞こえたようでした。(画像右上)
そのうち2人はルアーを使っているように見えますが1人は生き餌で釣りをしています。生き餌は30cmを超えるようなニゴイ。それを水面に投げ込む度に爆音が響き渡ります。
食用ではなくゲームとして、生き餌を使ってバスを釣ることに嫌悪感を抱く人もいるでしょう。しかしそうまでしないと釣れないほどバス釣りの難易度は上がっています。行動から察するにその3人の内訳はバス釣りに慣れたおじさん2人と初心者の若者のようです。おじさんが釣りに誘ったのか、若者が希望したのかわかりませんがこんな流れではないでしょうか。
「難しいよ~?でも生き餌なら楽しめるかもね」
そんなふうに勝手な妄想を膨らませながら観察していると、咥えタバコで釣りしているおじさんバサーがものすごい悪いやつのように見えてきます。
しかし全ては妄想。なんならおじさんではなくおねぇさんかもしれません。私はただ、そうやって物語を作り上げるのが好きなだけなのです。
彼らがいる岩場は一番バスが釣れるポイントです。そこに陣取った場合、移動することはまずありません。実際その3人組はすっかりお店を広げ、魚の長さを測るメジャーを出しっぱなしにして準備万端といった様子です。
しかしバスはその場にべったりではなく、岩場を起点に回遊する傾向があります。その範囲は対岸と少し上流。その3点を結んだのがバス釣りデルタゾーンというわけです。
それを分かった上で別のバサー集団(画像左上)は対岸に陣取っています。上流の回遊場については私がいる場所であったり、その対岸(謎の爺さん付近)であったりします。確実なのは大岩。次点が対岸。おこぼれをもらえるのが上流のどこかです。
謎の爺さん
謎の爺さんは座敷童のように不意に現れては消える謎の爺さんです。初めてここに来たときから常にいます。岸をスーパーカブで往復してどこかへ消えたと思ったらまた現れて岸を往復しての繰り返しです。おそらく漁協の監視員なのでしょう。釣りをせず馴染客の話を聞いたり遊漁券をチェックしたりする人。特に珍しくはありません。この日特別だったのは、彼がヘルメットを脱いで歩いていたこと。そしてバサーに話しかけていたことです。
「どんな釣りしているの?何を狙っているの?」
おそらくこのような話で挨拶程度のありふれたものです。ただ話が終わっても謎の爺さんはその近くをうろついて時々大岩のほうを覗き込んでいました。
その時は大きすぎる生き餌の釣りを物珍しく見ているのだと思っていましたが、後に理由が判明します。
対岸のバサー集団
彼らはそれぞれがプロフェッショナルでスタンドアローンな関係でした。
隣り合うでもなく距離をとって、対岸の別団体にも迷惑がかからないように必要最低限の距離にルアーを打ち込みます。もちろんデルタの私の位置も把握しており、良い意味で自分の釣り場を主張するように釣りを展開していました。
河岸に生えた背の高い草に隠れて私からは見えなかったバサーが、あえて1度だけルアーの着水音を大きめに出したのを感じました。それは私へのアピール。見通しの悪い通りでクラクションを軽く鳴らすような行為でした。
きっと挨拶したら気持ちよくコミュニケーションできるのでしょう。でもそういう釣り人ほど話す必要がなく気が楽です。月並みですが空気を読める人は自然相手の釣りも上手だと思います。あと運転もうまそう。
そんな人でも集まれば小言がでます。
「あんなデケェの食うわけねぇだろ。なんでわかんねぇんだ?」
実際その通りで、ここのバスは15cmを超える魚を食い渋る印象があります。以前、常連に聞いたところ魚種はニゴイではなくオイカワが良いとのことで15cm以下の魚にはすぐ食いつくそうです。
ちなみにその常連は地元の高校生でした。向こうから声をかけてきたと思ったら釣果を自慢されたので「すごいねー」と言いつつなるべく自慢に聞こえないよう気をつけながら彼より多くバスを釣った事実を伝えたことを鮮明に覚えています。今思えば大人気なくて恥ずかしいことです。しかし話しかけるという彼の行為が全ての元凶でした。釣り人と話すのは簡単ではありません。
・・ちょっと脱線しましたが、ともかくそんなメソッドが確立されるくらいに生き餌のバス釣りがそこでは当たり前となっています。理由は簡単、釣るのが難しいからです。しかも目の前に何匹ものデカバスが泳いでいるわけですからルアーマンの魂を売ってでも釣ってやろうと思うのでしょう。ここに来て一度も生き餌の釣りを見なかったことはありません。
ま、私はルアーで釣れるんですけどね。
つづく
次回 「均衡は破られた」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?