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明日からの味噌汁
冬の訪れが聞こえる11月の日曜日のことだ。朝からぼくは、台所に立っている。朝食、ましてや味噌汁など未だかつて作ったことなど無かったぼくが、味噌汁を作ることになったのだ。
渋谷から歩いて30分ほどにある1Kのアパート。男1人で住んでいる家のキッチンは狭く、そして汚い。
それでも、ぼくは昨晩のうちにコンビニで買った豆腐をカットしている。もちろん絹だ。「味噌汁は絹、鍋は木綿」ぼくの家がそうだった。コレが世間一般なのかは知る由も無い。
いつか、結婚して「うちの実家では味噌汁に入れる豆腐は絹だった」などと言ったら怒られるのだろうか。「義母と料理を比べるな」と。
そんな、くだらないことを考えながら絹豆腐へ丁寧に包丁を入れる。サイコロ状にカットされた絹豆腐は不揃いだが美しい。ネギが無いのは残念だが仕方ない。深夜のコンビニにネギはなかったのだ。
古びたシンクの蛇口からラーメンしか作ったことのない鍋へと水道水を注ぎ、2人分の味噌汁にちょうどよさそうな分を目分量で入れる。小さいことは気にしない、ぼくは。
水が3分の1ほど入った鍋を点くのかどうかも怪しいガスコンロにセットする。ガスの元栓を開け、カチカチと音を響かせながら回したスイッチに反応したのだろう。コンロに火が点いた。冬が始まる、そんな朝の台所に灯った小さい火は優しく、そして温かい。
丁寧にカットされた1丁分の絹豆腐を鍋に流し込み、弱火で温めぼくは見守る。
そういえば「ぼくの味噌汁を毎朝、作ってください」ってセリフをどこかで読んだなぁ。と考えている間にも、鍋の中からぐつぐつと泡が出てくるのが見て取れた。
「よし」
ぼくは小さく頷き、火を止める。豆腐と一緒にコンビニで買った「出汁入り味噌の素」を目分量でおたまに入れ、鍋の中で小さくかき混ぜる。それっぽい色になれば大丈夫だろう。できあがった味噌汁をおたまですくい口に含む。
「うん」
ぼくは、決して強がりでない声を出し2つのお椀に味噌汁を注ぐ。
丸いおぼんにお椀をふたつにお箸をのせ、歩いて3歩もすればたどりつく部屋へと運ぶ。出したばかりのこたつにそれを置き、まだ寝ている、かおりをそっと起こす。
寝起きのいい彼女は「おはよう」と言いながらベッドからこたつへと席を移した。
「ほんとうにお味噌汁作ってくれたんだ」
ぼくは頷き、そして、答える。
「うん。昨日、約束したからね」
昨晩、ぼくらはテトリスで負けたら味噌汁を作る。というくだらない遊びをやった。ぼくは手加減して、いや、わざと負けたのだ。
できたての味噌汁を前にしてぼくは一呼吸置き
「ぼくにこれから毎日、味噌汁を作らせてくれないかな?」
精一杯の気持ちを彼女に伝える。
彼女は答えず、白い湯気が立っている味噌汁を口に含む。
温かい味噌汁がのどを通る音が聞こえ、同時に彼女は言った。
「ごめん。作らなくていいよ」
「そっか」
ぼくは答える。
少しの間が空き、彼女は再び口を開く。
「これ、分量適当でしょ?美味しくないよ。私が毎日、美味しいお味噌汁作るから。ちゃんと飲むんだよ。ずっと。」
ニヤッと笑って席を立った彼女は歩いて3歩の台所へと足を運ぶ。
そんな彼女の後ろ姿をずっと見つめ、味噌汁の作り方は明日から教えてもらえばいいかなと思った、ぼくは。
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