ホワイトニングに行く
20数年生きているとティーンだった頃とはやっぱ違うな、という日常のちょっとしたズレに老いを感じる。
肌がもっちりしておらず、うっすらほうれい線が浮き出ていたり、髪には少しの白髪が混じっていたり。唐揚げやコロッケなどの揚げ物は胃もたれで、あまり受け付けなくなったし、悪いことだけかと思えば、ビールは妙に美味しく感じたりして悪くないとも思う。そうやって、日々少しずつのズレがちりつもとなり、やがて大きな歪みとして、私をアラサーという生き物に仕立て上げていくのだろうか。
最近は、歯の黄ばみが気になり出してきた。コーヒーをよく飲むようになってからというもの、鏡を見るたびに、「歯!?きいろ!!」と思うようになった。歯磨きをしている時に鏡を覗くと、歯磨き粉の白さと歯の黄色さのコントラストにより一層黄色味が強調されてしまう。「これはもうホワイトニングするしかない、、、」と思い友達に「ホワイトニングしたいんだよね〜」と「最近太ってきたからダイエットしなきゃ〜」のテンション感で言いふらしていた。そんなある時、「俺の友達オフィスホワイトニングでバイトしてて割引効くらしいで!」とのことで、このチャンスをモノにしなければ、俺は一生、黄ばみ地獄に囚われてしまうと思い、ホワイトニングに行く次第となった。ちなみに、ここで紹介してもらった子は、一応の面識はあるものの、どういった距離感で関わっていいのかわからないいわゆる「よっ友」より更に関係を希釈した「あっ友」(内心「あ、あいつだ」と気づいているが声をかけるほどではない友達)である。「まあ施術してもらうだけだし、どうせ受付とかでちょろっと挨拶して終わりだろ」と気負わずによろしくお願いすることにした。そして、気負わな過ぎて、寝起きチャリ爆漕ぎ汗だくで参戦した。
汗だくで距離感どうしていいかわからない男がおもむろにドアを開け、「こんにちは〜」などと言い相手は反応に困っているようで、「お疲れー」と返答してきた。
話がそれるが、大学生以降の挨拶の共通言語ってなんで「お疲れ〜」なんだろう。ここで一筋の閃光が走る。もしや、身体のガタつき、老化に対して「お身体お疲れ様ですね」という、老いに対する傷の舐め合いなのではないだろうか。いやきっとそうだ、そうとしか考えられない。(老いに対する伏線回収的役割終了)
脱線したので話に戻る。
挨拶をそこそこに施術を受けるため、リクライニングシートに座らされた。そして、あっ友は敬語とタメ語の混じった口調で、こう説明した。
「はい、じゃあ説明するねんけど、歯の黄ばみ具合を見るために鏡を見ながらこの黄ばんだ歯のレプリカを当てて確認してください。あー〇〇君は12番だねー」
12番と言う数字はなんとも言えない絶妙な黄ばみ具合であった。番号を言われて、「とんでもない辱めを受けたのでは?」という気持ちになる。俺今まで 人に笑いかける時、12番を見せていたんだ。無邪気にみんなの前で笑顔を振り撒いていた過去の自分。その自分は知る由もない、12番で笑いかけていたと言う事実。どの面、いやどの歯を引っさげて人様に12番を見せていたのだろう。厚顔無恥ではなく、厚歯無恥も甚だしい。そんな辱めを受けていながらも説明は続き「だいたい一回の施術で5トーン位下がるので、12番ですと7番位の明るさになれますよ!」と励まされた。俺は、「どうしても7番になりダイッッィッッィ」と強く願った。お願いだから7番にして。俺、7番になったら故郷に帰ってあいつと結婚するんだ。と思い、施術を受けることにした。
施術を受けるためには、歯を固定するための器具を使用する。
「じゃあこれを口にはめてー」そう言われて渡された変な器具を手にする。
「あれ、これどうやってつけるんだろう、、、。」
付け方が分からず、金縛りにあっていると
「あ、つけたことないよねーやりましょうか」そう言われて、言われるままに歯をぐいっとあげて歯茎を剥き出しにされる。
鏡で私の顔を確認すると、人に決して見られてはいけない、あられもない姿をしていた。またしても俺の脳内辱められレーダーが限界値を超えた。歯茎を見られることがなんと恥ずかしいか!(12番だし)
こんなんじゃお婿に行けない。さっきの結婚フラグがものの10秒で崩れ去ってしまった。おそらくあっ友の孫の世代まで語り継がれるほどの間抜けな顔だっただろう。
「ほれって、だいしょうべ?」(これって大丈夫?)
変な器具で固定されているので日本語も喋れない体にされてしまった。
これ以上の醜態は晒せないと思い、できるだけスンッとした顔でごまかす。
もう後戻りはできない。
色々話しかけられるが、うーとか、あーとかしか返事ができないまま施術が始まった。施術中は他の場所に行ってくれるので、心が休まったと同時に、さっきの醜態を反芻する時間となる。「年頃の大学生が異性に歯茎を見られてしまったなあ」とか「俺の歯って12番だったんだなあ」とか「孫の代まで語り継がれるんだなあ」とか各20回ずつ考えた。
施術も無事終わり、もう一度鏡と番号の振られているレプリカで歯を確認する。若干白くなったと思うが、7番ではなく、9番くらいであった。「あんな辱めを受けたのに、3トーンしか下がらなかったんですか?」と内心毒づきたくなる部分もあったが、割り引きしてくれたのでなんとも言えない気持ちになる。
お会計を済ませ、じゃあとか、バイト頑張ってーとか言った気もするが、内心放心状態で記憶が定かではない。その時、ただ強く思ったことは、申し訳ないけど、次は知り合いのいないクリニックに行かせてもらおう。ただそれだけだった。