風の歌を聴け
この間、シネ・ヌーヴォで大森一樹監督の追悼上映『風の歌を聴け』があったことを本屋プラグラジオを聴いていて知る。行くことはできなかったのだけど、長い間わすれていた記憶をふいに取りもどした。
20歳になりたての頃、一緒に住んでいた当時の彼とは家族ぐるみのお付き合いをさせてもらっていて、ときどき遠くの地からやってくるお母さんや妹さんとも会っていた。
その彼のお父さんがある日突然、彼と私の住む家にやってきた。これまでほとんど会ったことのなかったお父さんは、静かさのなかに好奇心の強さと哀愁の漂うすてきな方だった。
実は家出をしてきたらしいということをお母さん伝いで知った。様々な想いを抱えて遠く離れた関西に住む息子を訪ねてきたのだろう。数日間彼と彼のお父さんと私の3人で住む日々があった。
彼もわたしも仕事が忙しく、入れ違いで家に帰ってくることが多かったので、家にお父さんとわたしの2人になる夜も何度かあり、そのときに一度だけ一緒に映画を観たことがあった。それが大森一樹監督の『風の歌を聴け』だったのだ。
彼のお父さんは大の映画好きで、数あるなかでもこの映画がすきだと言って、わたしも村上春樹は知っているしそれなら観てみたいということで、一緒に観たのだったと思うけど、当時のわたしは古い映画を見慣れておらず、白黒映像を眺めながら、なんだか難しい眠いと思いながら観ていたような気がする。
6畳の部屋にあるセミダブルのベッドにもたれかかり、隣り合って彼のお父さんと観る映画は、なんだか心許なく、隣の肩は寂しげで、聞きたいことはたくさんあったけど肝心なことはなにも聞けず、ただ映画をじっと2人で見ていた。
彼のお父さんは、大好きな映画や本の話を聞けば嬉しそうに話してくれて、その瞬間だけははしゃいでいるように見えた。すこしして帰って行ったお父さん。今はどうしているのだろうか。
そんなわけで『風の歌を聴け』を10年ぶりくらいに家でひとりで観た。
あの頃感じた難しさはあまりなく、なんなら白黒映画でもなかった。赤い車が印象に残る。記憶とはなんと曖昧なことか。
酔いそうなカメラワークの中の神戸の街並み、印象的に流れるビーチボーイズのカリフォルニア・ガールズ、時折挟まれる文章だけのカット、白黒映像、無音字幕シーン、映画の中の映画……様々な試みが成され、終始キザで、余白たっぷりの雰囲気はやはりくすぐったく、原作とはところどころ話がちがうものの、村上春樹の世界と大森監督の世界が混じったのだろうとおもしろく観た。そうして10年経った今、お父さんが家出をしてきて考えていたことをすこし察する。
今はもう隣にいない彼と彼の家族のことを思い出すたび、くすぐったいきもちになる。それぞれに個性が強くちぐはぐで、茶目っ気があって、魅力的な人たち。
あのとき、お父さんにもっといろんな話を聞いておけばよかったと思う。今ならあの頃よりはすこし映画の話ができるのに。