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自分のパンツは自分で洗え〜4.そうやって選んでるから駄目なんだよ⑤
いやいや、と反射的に否定の声が出た。
「私たち、この一年間なにもしてないじゃないですか」
鎌田さんから紹介を受け、その後一年間交流を続けていたならわかる。しかし、瀧さんとは一度食事をしたきり、連絡を取り合うこともなかったではないか。
一年間何もなかったことに対して、正直、もやもやした気持ちがあった。結果こんなもんかと、紹介という言葉に襟を正していたが故に拍子抜けしていた。今回も甲斐さんに背中を押されなかったら連絡していなかっただろう。
「ここ一年、仕事に追われて俺も忙しくて……」
瀧さんはそう返す。仕事に関わることで心身ともに大変な一年間だったと、その話は食事中に聞いていた。
しかし、いきなり彼氏に立候補とは展開が早すぎる。
「……まずは、連絡をとりあうところから始めませんか?」
いわゆる『お友達から』のスタートだ。その日はそのまま解散し、翌日、私は予定通り富士登山に挑戦した。
富士山登頂を果たし、東京での用事を終え、北海道に戻ってからも瀧さんとはメッセージのやりとりが続いた。
LINEでのやりとりが活性化すると、やはり瀧さんとは同類だなと思った。言葉の選び方、内容、会話のテンポに違和感がなく、マッチングアプリでありがちな、メッセージの相性の悪さも感じなかった。
彼とはLINEだけでなく、定期的にオンラインで顔を見ながらお話をした。彼が歴史系や時代物の作品が好きと知り、公開中だった新撰組の映画をそれぞれの地域の映画館で鑑賞し、週末にオンラインで飲みながらその感想について語り合ったこともある。途中、瀧さんが39歳になった時はちゃんとおめでとうのメッセージを送った。
休みの日にも、ふらりと連絡が来る。
『今日は同人誌即売会に行ってきたんだ』
『そうなんですね! 私も興味はあるけど行ったことがなくて……今回はどんなジャンルだったんですか?』
北海道でもコミティアや文学フリマが開催されているのは知っているが、私は会場を訪れたことがなかった。いつか行ってみたいなと思いつつも、敷居が高いように思えて、なかなか勇気が出ずに今に至る。
『アニメ化とドラマ化もした、〇〇〇〇っていう作品が好きで』
『そのタイトル、聞いたことあります』
私も数多くの漫画を読んでいるつもりだが、履修できていない作品はたくさんあった。瀧さんとは6歳差、私が小1のときに彼は中学1年生。私が少年漫画を読み始めたのは中学生になってからのため、少し上の世代の少年漫画は名前だけ知っているものも多い。
『〇〇〇〇、とてもいいですよ!』
熱心におすすめされ、読んでみようとタイトルをメモに残す。
お互いの好きな作品を紹介し合うのもまた、読書好きの交流ならではだ。瀧さんは西尾維新について話し、初期の頃しか読んでいない私はオススメ作品を教えてもらう。
漫画は早くから読んでいたが、小説にハマったのもまた中学生から。最初は少年向け・少女向けライトノベルを両方読み、やがて高校時代から新人賞投稿を始めた。少年・少女どちらの新人賞にも投稿していたが、やがて自分が得手とするのは少女向けだと気づいてからは、自然と少年向けを手に取る機会も減っていた。
瀧さんと話していると読書の幅が広がる、それが楽しかった。
ほぼ毎日のLINE、予定を合わせてのオンライン通話。いつのまにか季節は秋になっていた。
「田丸ちゃん、順調そうだね」
お弁当をつつきながら、甲斐さんがそう言う。彼女は私の婚活話を、いつも嫌な顔ひとつせず聞いてくれた。
甲斐さんは瀧さんと同世代のアラフォー女性。私は過去の職場で、異性の話題になるとあからさまに機嫌が悪くなるお局様と働いていたことがあり、ここまでオープンに話せる事が新鮮でたまらなかった。
「それで、誕生日休暇はどこに行くか決まったの?」
私の勤める会社では、誕生月の好きな日に休みを取れる制度がある。有給休暇を積極的に消化させるための制度だが、私たちの部署は年中人手不足のため、有給の取りづらい環境にあった。会社の制度として堂々と申請できる誕生日休暇は貴重な休日だ。
33歳の誕生日は金曜日だった。なにも当日に取得する必要性はないが、せっかくなのでそこに休暇を申請した。金・土・日の三連休を利用して、自分への誕生日プレゼントに函館旅行を計画したのだ。
月曜日に出勤すれば、翌日は祝日の勤労感謝の日。誕生日を無視して月曜を休暇にすれば四連休になるのだが、私の部署は月曜日こそ一番忙しいため申請しづらい気持ちもある。
「函館で、瀧さんも合流することになって」
「向こうも三連休にするの?」
「いえ、瀧さんは金曜仕事で……そのかわり月曜日に休みをとったらしいんです。なので、私は金曜日に前乗りして、瀧さんとは土曜日に合流することにしました。日曜日に一緒に札幌に戻りつつ瀧さんはまっすぐ小樽に行くけど、私は月曜日に出勤します」
「月曜、向こうは何をしてるの?」
「小樽も新撰組ゆかりの場所があるので、ひとりで聖地巡礼するみたいですよ。火曜の祝日は私も小樽に行って、また一緒に観光する予定で」
ある日のオンライン通話でのこと。いつも私が東京に行く時しか会えていないので、次は瀧さんが北海道に来たらいいのでは? 私は軽い気持ちで話したが、彼は意外にも乗り気でそれに応じた。
11月の誕生日休暇を利用して函館に行こうと思っている。私がそう話すと、歴史好きの瀧さんは函館に興味を持った。函館といえば五稜郭、箱館奉行所、そして土方歳三最期の地だ。幕末好きの彼には魅力的な街だろう。
私は次の刊行予定も決まっていなかったが、あたためている作品の中に函館を舞台にした物語があった。現地に行って調べ物がしたく、また、新刊でお世話になった函館の書店さんに挨拶をしたかったのもある。あちこち動き回るなら平日の方が都合が良く、金曜日にひとりで函館取材・ロケハンをしようと思っていた。
「日曜日のオンライン通話で、宿をどうするかって話になって。私が金曜日に泊まる宿は連泊できないので、土曜は別の宿になるんですけど」
「函館ならお手頃なビジネスホテルがたくさんあるしね」
「シングルでふた部屋とって、夜ご飯食べた後はそれぞれ自分の部屋に泊まる予定にしてたんです」
函館は日帰り入浴のできる温泉施設がたくさんあった。私は行きの交通費を節約して夜行バスにし、到着次第函館朝市と朝風呂を楽しむつもりだ。金曜に予約した宿も温泉……そう、私は温泉が大好きなのだ。
「瀧さんも、せっかくの旅行なら温泉がいいねって話になって。向こうは小樽でも温泉宿を予約したらしいので、函館はビジネスでいいと思ってたんですけど、お互い気になっていた温泉旅館に空室があって」
「……なるほど?」
天然温泉入り放題、一泊朝食付き。リーズナブルな値段ながら宿泊者にはウェルカムドリンクやスイーツなどのサービスがあり、いつか行ってみたいと思っていた宿だった。
「シングルの部屋がないので、それぞれで和室をとる感じになるんですけど……和室をふた部屋っていうのも高くついちゃうし、温泉旅館なら、宿でゆっくりするだろうからどちらかの部屋でお酒飲んだりするんだろうし」
「ふむふむ?」
「和洋室で、ツインベッドの部屋があったので……それなら同じ部屋のほうが無駄がないよねとなって」
「ほうほう?」
甲斐さんの相槌に熱がこもる。
「結局、同じ部屋を予約することになったんです」
「ほほう」
彼女がにやりと笑う。
「田丸ちゃん、それは」
「……念のため、新しいパンツを買っておいたほうがいいですかね」