自分のパンツは自分で洗え〜2、お見合い写真は参観日の天童よ◯み③
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「それで、写真はどんな感じにできあがったの?」
休み明けの月曜日。昼休憩でお弁当をつつきながら、先輩の甲斐さんが言う。
「撮影前、スキンケアとかエステとかいろいろ頑張ってたじゃない。メイクで綺麗にしてもらえた?」
「……こんな感じになりました」
私が差しだしたスマホの画面を見て、甲斐さんが「へえ」と声を上げる。
「いいじゃない、プロに撮ってもらった写真って感じ」
「私って普段からこんな感じに見えてます?」
参観日の天童よ○みショックがまだ癒えていない。仲人の桜田さんには写真に対する感想をメールで送っていたが、今日は休みなのかお昼を過ぎても返事がなかった。
写真を前に表情が曇る私に、甲斐さんはお茶で時間を稼ぎながら言葉を探す。先ほどの「へえ」に違和感があったのを本人も気づいているだろう。
「この写真だとすごくお母さん感がありますよね。たしかに私も子供がいてもおかしくない年齢だけど、老けて見えるっていうか、いつの間にこんなにおばさん化したんだろう……」
顔が丸くなったのは単純に太ったせいであり、自己管理がなっていないといえばそれまでだ。
学生時代から老け顔で、高校時代にバイト先のコンビニでイキった若者たちに「おい、おばさん!」と呼ばれていた。祖父の葬儀があった際は制服を着ていたにも関わらず、エプロンを着て手伝いをしていたところ従兄弟のお嫁さんだと間違われたこともある。
老け顔の唯一の救い、歳をとると逆に若く見られるらしい。三十路を過ぎたあたりから顔と年齢が一致するようになり、そろそろ実年齢より若く見られるターンが来ると思っていたのだが。
「たしかに、この写真はいつもの田丸ちゃんと違うよね」
マスクを外してお弁当を食べる私と、写真の私とを甲斐さんがまじまじと見比べる。
「この写真だと、すごく良いお母さんになりそうな感じがあるよ。家庭的な女性を求めている人なら、この写真のほうが印象いいのかもしれないし」
「いざお見合いで会うときに、私、絶対この顔では行かないです」
「そうなんだよね。だから相手も、『あれっ?』って思う気がする。写真と違う人が来たなって」
写真と実際に会ったときの印象が違うのはマイナスポイントだ。加工して盛りまくった美女になった結果、実物とは全くの別人という写真詐欺ならまだしも。今回の場合は、おそらく、きっと、天童よ○みだと思っていたら坂本冬○が現れるパターンになる。
「逆にそのギャップが良いと思われるかもしれないよ?」
「そもそも、対面のお見合いにたどり着くまでが長いんですよ……」
E社での活動条件は以下の通り。
・仲人からの紹介は月3名まで
・本人から申し込む場合も月3名まで
・相手方からの申し込みを受けるのは無制限
相談所の会員サイトにログインすると、登録されている会員の情報を自分で検索できるようになっている。男性陣はE社だけではなく提携しているグループ会社の会員も含まれるため数は膨大だ。自分が希望する条件に合わせて絞りこみ、良いなと思った相手には積極的に申し込むのがコツだった。
相談所の活動は、プライベートとの出会いと大きく異なる。友人として出会い、相手の人となりを知ってから関係を深めるのと、一枚のプロフィール用紙に書かれた内容から相手を見極めるのとでは見るポイントも違うだろう。
いくら『人間は顔ではなく中身だ』と言われても、私は三十と数年の人生の中で、容姿によって態度を変える人の存在を多く知っている。美人の隣に並ぶと比べられるのは日常茶飯事だが、その比較対象が自分自身であることも多かった。
瓶底眼鏡の芋娘だった学生時代。大人になり化粧を覚え、少しでも美人に見られようと必死に擬態した。結果、学生時代に私に嫌がらせをした男子たちが、再会した時に同一人物とわからず、その後気まずそうな表情をしたのを覚えている。
私の場合、容姿の印象に大きく影響するのが瓶底眼鏡らしい。すっぴんで別人になるのはわかるが、同じ服を着て同じ化粧をしているはずなのに、眼鏡のある無しで相手からの態度が変わる。男性の態度など顕著なものだが、新しい服を買おうと入ったショップの店員まで態度が変わるのだから、世の中のルッキズムも根が深い。
少しでも美人に化けようと努力し続けた結果が今にある。私が今回のお見合い写真を許せないのは、そのコンプレックスもあると自覚してはいるのだが。
「でもさ、田丸ちゃんの紹介文を読んでも、相談所の男性陣は良いお母さんになってくれそうな人が欲しいんだなって思うよ」
激しく落ち込む私をよそに、甲斐さんは紹介文を熟読していた。
「いつもおいしそうなお弁当作ってきてるし、普段からこんな料理を作ったって話してるじゃない? わたしは料理が苦手だから、手の込んだ料理とか、冷蔵庫にあるものでぱぱっと作れちゃうのすごいと思うし」
桜田さんの書いた紹介文の内容を要約するとこうだ。
『終始笑顔を見せながら優しくお話しされる方です。会社勤めの傍ら、趣味を副業として励まれる頑張り屋さん。料理が得意で、普段から家事なども手際よくこなされている様子です。将来子供ができたら、一緒にお菓子作りがしたいと優しい様子で仰っていました』
文章からにじみ出る『この人はとても家庭的ですよ』のアピール。最大の売り文句は『子供と一緒にお菓子作り』だろうか。
子どもの頃、将来の夢をパティシエにしていた程度にはお菓子作りが好きだ。そのきっかけも、母親と一緒にクッキーを作った思い出があるからこそ。今はお菓子を作る頻度も年に一度あるかないかだが、桜田さんとの対話で何気なく話したことだった。
「このプロフィールにこの写真なら、結婚して良い奥さんをしてくれる人が欲しい男性には刺さるだろうね。子供ができたあとのこともイメージしやすいし」
「……でも実際、私たちに家事だの料理だの毎日できる時間なんてないですよね」
「そうだね、それは本当にそう思う」
当時の私たちが配属されていた部署は、会社の中でもダントツで勤務時間が長かった。
地下鉄とバスを乗り継ぎ、出勤するだけで一時間かかる。車で通う人もいるが、薄給の私たちにローンと維持費を払う余裕はない。最後の患者の診察が終わるまで帰ることはできず、繁忙期に22時過ぎまで働くことも珍しくない。午前診療のはずの土曜日など、昼ご飯を食べる時間すらなく空腹のまま16時まで働いた。
繁忙期は春と秋の2回。現在進行形で秋の繁忙期をふたりでこなしている。シフト制でどちらが休みの時は他部署から応援を呼ぶのだが、応援の力量によっては仕事を預けることもできず、昼休憩無しの飲まず食わずで21時まで働くのだった。
「このお弁当だって、休日に作り置きした冷凍ご飯ですよ。ストックがなくなったら、毎日コンビニとスーパーの半額弁当です」
「だから、この状況でお弁当作ってる田丸ちゃんも、婚活を始めた田丸ちゃんもすごいんだよ」
繁忙期の帰宅時間は21時22時が当たり前。それから自炊する余裕なんてものはない。閉店間際のスーパーで買った半額弁当が翌日の昼食になり、寝る前に食べるお惣菜は揚げ物が多い。今の部署に配属されてから体重増加が止まらなかった。
「……私、自分で晩ご飯作るんじゃなくて、帰ったらご飯を用意して待っててくれる旦那さんがほしいです」
今の部署ではたして何年働くのか。22時に帰宅して、それからパソコンを立ち上げ原稿を書く毎日だ。ここに子育てが加わる様子がまったく想像できない。
小説を書くことにも影響しかねない生活に、仕事を辞めようとは何度も思っていた。しかし、この部署は勤務時間が長いだけで人間関係はすこぶる良好だ。女の園が多く、人間関係が泥沼化しやすい医療業界にとって、働く上でのストレスが少ないのはとても大切なことだった。
もし今仕事を辞めたら、それは婚活にとって大きなマイナスポイントになる。私が副業という名の小説を書いていることも、相談所入会時のカウンセリングで『パートやアルバイトだと難しいですが、正社員としてフルタイムで働かれているのなら大丈夫です』と言わしめる世界だ。やはり世の中、家事手伝いではなく、自身も仕事を持つ自立した女性が求められていた。
男性陣が良い奥さん良いお母さんを望む気持ちと同じくらい、私は自分のことを自分でできる人をパートナーに求めている。
夫を養えるほどの経済力は、ない。