自分のパンツは自分で洗え〜2、お見合い写真は参観日の天童よ◯み②
くどいようだが、私は地味顔だ。
離れ眉に小さな奥二重、白玉を丸めて乗せたような団子鼻。唇はおちょぼ口であり、全体的な印象は市松人形に近い。肌の白きは七難隠すと言われるが、若い頃はニキビ肌でいつも真っ赤だった。
思春期で自分の顔にコンプレックスを抱き、大人になって化粧を覚えると少しでもマシに見えるよう努力した。メイク教室を利用して離れ目を寄せて見せる技を覚え、奥二重は成長とともに幅が広がった。
作家デビューした際、私は新聞やwebニュースで顔を出す機会があった。写真撮影の時は少しでも美人に見せようと必死に盛ったのを覚えている。新聞を見た北海道中の親戚たちからあっと言う間に噂が広がり、人づてにデビューの話を聞いた親戚が実家の両親に「なぜそんな大事なことを黙っていたのか」と怒鳴り込んできたと聞いている。狭い田舎町では人間関係が格好の娯楽だった。
お盆の帰省で親戚宅に行くと、いつも口うるさい伯母が不服そうな顔をしながら、今回はめでたいことだね、と言った。私が新聞に載ったと聞くと、人の顔をまじまじ見たあとに「あんたそんな二重の目なんてしてたかい?」と言った。粗探しをしたくて整形を疑われたのだ。
ほんの一部のエピソードだが、私が幼少期から容姿についてあれこれ言われていたのをわかってもらえるだろうか。
迎えたお見合い写真撮影当日。私は指定された写真館の扉をくぐった。
「すみません、予約していた田丸ですが」
撮影の前にヘアメイクの時間があるため、いつもなら昼まで寝ている休日も早起きをした。撮影用の女子アナ服は家から着て行ったが、化粧に関してはほぼすっぴんで。日焼け止めと眉毛だけ整えていたが、前日にエステで磨いたため肌のコンディションはばっちりだった。
スタジオの一角にある小さなメイクルーム。ドレッサーにはライトがたくさんついた女優鏡があり、まるで楽屋のようだ。机の上にはたくさんのメイク道具が並んでいた。
ヘアメイクを担当する美容師の女性は、仲人の桜田さんと同じくらいの年齢だった。醸し出すベテランの雰囲気と、お洒落な格好に内心ほっとする。
「E社の会員さんはうちもよく担当させてもらってます。写真はこちらから直接送るので、プリントアウトやデータ化はなしで大丈夫だったかしら?」
「大丈夫です。あと、一緒に免許証用の写真もお願いしたかったんですが」
その年は運転免許証の更新があった。当日に警察署で撮影できるが、写真にこだわる人は持参するのを知っている。せっかく綺麗に撮ってもらうのだからと、今回は免許証用の写真を別途撮影してもらうことにした。
美容師は手際良く準備を始めながら、緊張を和らげるためにいろんな話をしてくれた。相談所用の撮影を多く担当しているため、会員の苦労話もよく聞いているのだろう。さらに自身の経験談も交え結婚とはなんたるやを話していたが、今となっては緊張で記憶が飛んでしまっている。
髪はいつもの美容室で切ったばかりだった。長さがあれば結ぶこともできたが、肩にも届かないボブスタイル。今回はワックスとスプレーで動きを作っていた。メイクは化粧水で土台を整えるところから始め、リキッドファンデーションで丁寧に肌を仕上げていく。
「あとは笑顔の練習もしないとね。撮影のときはわたしも立ち会うから、良い笑顔になるといいんだけど」
相談所の活動において、プロフィール写真の印象はとても重要だった。仲人から送られてくる紹介状を開き、真っ先に目に入ってくるのが写真だからだ。少しでも美人に映りたいと思うが、実際会った時に写真との印象が違うとお断りされることもあるらしい。
「E社は写真加工がNGなんだよね。だからうちでは、ライトでお肌や表情を明るく見せたりする感じかな」
「30代になってから太っちゃって、二重顎にならないか心配です」
「じゃあ、ポーズを撮るときに気をつけようか。顎を引くって、単純に顎を下げるんじゃなくて首から後ろに引く感じにするんだよ」
メイクが終わると、鏡の前で笑顔の練習をする。自分でも鏡越しにスマホを構えた。私は左右で目の大きさが違うため、二重幅の広い側から撮ってもらう方が目がぱっちりした印象になるのを知っている。
スタジオに移動する前に、美容師が全身の姿を確認した。
「綺麗な色のワンピースだね」
「ありがとうございます、姉から借りたんです」
服装に悩んだ結果、姉からセレモニードレスを借りることにした。襟ぐりの開いたシンプルなデザインで、色はパステルグリーン。デザイン違いをいくつか送ってもらったが、試着した写真を送った結果、桜田さんたち仲人側から「一番肌が綺麗に見える」と返事があったものにした。
「サイズが少し大きいみたいだから、背中をクリップでつまもうか」
「姉のほうが背が高いんで、どうしてもサイズが大きくなっちゃって」
「撮影するのは上半身だけだから大丈夫だよ」
自分でセレモニードレスを買っても、今後着る予定はない。撮影日までにショップを覗いても、王道女子アナのブラウス+ピンクのカーディガンは見つからなかった。アクセサリーにパールのネックレスとピアスを買い足したが、本物は買えずイミテーションで精一杯だ。
スタジオに移動し、白い背景スクリーンの前に立つ。久しぶりに履いたヒールでつま先が痛い。カメラマンの男性に指示され、レンズに対して斜めの位置に立ち、お腹のあたりで両手を重ねた。
「顎を引いて、何枚か撮ってみるからね」
「はい」
「顔の位置がずれるから喋らないで」
シャッターを切るたびに微調整。前髪が乱れると美容師さんがすかさずスプレーで直す。
「笑うと目が細くなっちゃうから、頑張って開いたまま笑ってね」
メイク時にたくさん話したお陰で、見知った姿に緊張がほぐれた。ポーズを変えてさらに撮影、撮影、撮影。笑顔は必要だけど目を細めてはいけない。歯は出さずに唇だけ微笑んで。照明のまぶしさに目がくらんだ。
お見合い写真の撮影が終わると、次はスクリーンを変えて免許証用の撮影。これはポーズも作り笑顔もいらず2、3枚の撮影で終わった。
「こんなもんかな、あとは画面で確認しようか」
撮影したデータはすべてパソコンに格納されていた。連続でシャッターを切ったため、中には変な表情になってしまったものもある。たくさんあるデータの中、プロのカメラマンの視点から、枚か候補をあげられていた。
ひとつは、少し顎が上がってはいるものの、涼やかな目元でスラッとした印象を与える写真。もうひとつは顎を引いたせいで顔が丸くなっているが、上目遣いになるため目がぱっちり見えているものだった。
「私は顔の丸さが気になるから、なるべくシュッとしたほうがいいと思うんですけど……」
「でもこっちだと、顎が上がってるぶんキツい印象になっちゃうかな」
「婚活でキツく見えるのはだめかもね」
選定には美容師も参加する。男性・女性双方の意見を聞きながら、やわらかい表情に見える後者の写真に決まった。
「丸顔が気になるので、なるべく美人に見えるようにしてください」
「輪郭の修正はできないから、少し明るさを足すくらいしかできないけど……」
ボブの髪を軽やかに見せるため、固めたスプレーで輪郭が丸見えだった。二重顎こそ防げたが、パソコンの画面でも笑った頬のふっくら感が気になっていた。
「免許証のほうはいくらでも加工できるから、顔周りすこし直しておくね」
証明写真はその場で現像し、指定の寸法にカットして渡された。お会計は証明写真含め1万5千円。カードで払ったが痛い出費だった。
お見合い写真のデータは直接E社に送られる。それが反映されるのに一日はかかると思ったが、その夜には桜田さんからメールが来ていた。
『データが届いたのでさっそく会員ページに反映しました。プロフィールもすべて完成したので、今日から活動開始できます。これから頑張りましょうね』
相談所の会員ページにログインし、自分のプロフィールを確認する。桜田さんがどんな文章を書いたのか気になったが、真っ先に目に入ったのはやはり写真だった。
……天童よ○み?
第一印象はそれだった。
小さな離れ目がコンプレックスであり、いつもはメイクで左右に幅が出るよう工夫していた。結果、地味顔から脱出できないものの、年配のかたから「坂本冬○に似ているね」と言われるようにはなっていた。
照明の強さで、せっかく塗ったアイシャドウの色が飛んでいる。影を飛ばしたせいで顔の凹凸も消え丸顔感が増し、ぎこちなく微笑んだ口元にほうれい線が刻まれている。
……これ、参観日に後ろで立ってるお母さんじゃない?
セレモニードレスとパールのネックレスがシンプルなデザインゆえに、落ち着いた印象が強まる。
30も過ぎれば子供がいてもおかしくない年齢だが、それにしても二児の母かというほどの貫禄がある。まだ33歳だというのに、37、8歳くらいと年上に見えた。
私、参観日の天童よ○みの写真で、これから活動していくの?
くどいようだが、相談所では写真の印象が大きく左右される。所帯じみた母親の姿を見て、お見合いを申し込みする男性の姿がまったく想像できなかった。
写真撮影のためにエステで肌を磨いた。服こそ姉から借りたが、アクセサリー代やその他諸々、撮影代にフルメイクの追加料金。免許証用の証明写真は輪郭を加工しすぎて韓国メイクの女性のようだ。
トータルで、2万円はかかった。
2万円払って、できたのが天童よ○み、二児の母。
入会金や手数料ですでに十数万が飛んでいる。薄給の身に再撮影をするお金なんてあるわけがない。
これからこのプロフィールで婚活の戦地に挑む、その勝算がまったく見えなかった。
夜。布団の中で、すこしだけ泣いた。
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