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自分のパンツは自分で洗え〜2、お見合い写真は参観日の天童よ◯み①


「たくさんお話を聞かせてもらいましたが、田丸さんって本当に頑張り屋さんですね」

 紹介文用の対談時間が終わり、仲人の桜田さんがメモをまとめながらそう言った。

「お仕事も遅くまで大変なのに、帰ってからスポーツジムで運動するなんて。お料理やアロマの勉強に、俳句の勉強もしたんですよね? お休みの日も着物でお出かけされて、旅行で本州に行って……パワフルというかアグレッシブというか」

「よく、フットワークが軽いと言われます」

 好奇心旺盛な性格もあるが、小説のネタのためにと勉強したことが客観的な視点だとそう映るらしい。この話をもとどんな紹介文ができるのか、相談所の世界はどんなプロフィールが好まれるのか。自分の会員ページが完成していない私は、他の会員の情報を見ることもできなかった。

「提出書類はすべて揃ったので、あとはお写真ですね。紹介文は早めに仕上げておきますので、お写真ができ次第活動をスタートさせましょう」

 相談所の活動で一番最初に訪れるイベントが写真撮影だ。マッチングアプリのような集合写真の一部、あるいは自撮りや顔が分からないものはNG。椅子や観葉植物、窓際でポーズを決めた、全身か上半身が映る『お見合い写真』を撮らなければならない。相談所内で開催される合同撮影会に申し込むこともできるが、私の入会時期ではタイミングが合わず、提携している写真館にお願いすることにした。

 撮影代と別にメイクやヘアセットのオプションもあり、髪型を整えるだけでも写真の完成度が違う。合同撮影会ではセルフメイクの上からお直しをするリタッチのみだが、写真館ではベースから整えるフルメイクを頼むこともできた。

 基本撮影料+データ納品代、ポーズを増やすごとに追加料金、紙やCD-Rに焼くのもお金がかかる。軽く見積もっても1万円は超えた。

 せっかくのお見合い写真なのだから、綺麗に撮ってもらいたい。中途半端にケチるよりもプロのヘアメイクを頼んだ方が良いだろう。昔、姉の結婚式で着付けと一緒にメイクもお願いしたが、その時のメイクがとても綺麗に仕上がったのをよく覚えている。

   男性の写真はスーツやジャケット姿と決まっているが、女性はどんな服装を選んだら良いのだろう。

「せっかく着付けの勉強をしたので、お見合い写真を和装にしたいと思ってるんですが」

 私が褒められるのは着物姿のことが多かった。

 二十代半ばにさしかかった頃、母親から着物を譲り受けた。母が父と結婚する際、祖母が嫁入りのために仕立てた着物があるのだと。

   姉妹なのだから平等に与えるべきではと思ったが、母は小柄な体型をしており、長身の姉は丈が合わないのが明らかだった。私はもともと着付けに興味を示しており、いずれ着付け教室に通いたいと話していたこともある。私もそれなりに身長があるが、着丈もぎりぎり足りるだろうと判断されてのことだった。

 小紋・一つ紋の付いた色無地・訪問着とどれも正絹であり、ハレの日用の一式が揃っている。しかし普段の生活では着る機会がなく、外出時は自分で買った安価なポリエステルの着物を愛用していた。和風顔と言えば聞こえはいいが、地味な顔立ちの私は着物の華やかな柄とも喧嘩しなかった。

 小説家イコール着物、そんなイメージも強い。デビューが決まった際、私はこれ幸いと作家業のときに着物を着るようになった。二十代の時より三十代の方が着物が似合うようになり、褒められると素直に嬉しかった。

 漫画やテレビで見るお見合い写真といえば振り袖。あわよくば実際のお見合いに着ていくのも良いだろうと思っていたのだが。

「お着物は正直、おすすめできません」

「……なんでですか?」

「お金がかかりそうな女性に見えるからです」

 桜田さんの言葉に、私は一瞬、返事に詰まった。

 正絹の着物を仕立てるのに、一着云十万円かかるものもある。普段私が着ているポリエステルや古着はそこらで買うワンピースよりも安い時もあるのだが、やはり着物は高価なイメージがあるらしい。

   昔は嫁入り時に着物一式を持たせたものだが、今の時代はそんな話も聞かない。事実、母親も子供の入学期や親戚の結婚式など袖を通す機会もあっただろうが、私の箪笥にはしつけ糸がついたままの新品が眠っていた。

   着物初心者に対して苦言を呈す着物警察という言葉もある。現代は着物に対してのハードルがとても高かった。

「あとは、お着物だと良いところのお嬢様のような高嶺の存在に思われたり、浮世離れした印象を持たれたりするので……」

「実際に和装の写真を使った人はいないんですか?」

「プロフィール写真と一緒に載せる、趣味や普段の雰囲気がわかるプライベート写真に使われる方はいますね。お花が趣味のかたは男性からも人気がありましたよ」

 華道をたしなむ女性、それは殿方の目を引くだろう。私はお茶もお花も習っていないためその手が使えない。俳句もまだまだ初心者レベル。プロフィールに趣味・俳句と書いた日には男性側の警戒感が強まる気がしてならない。

 金がかかるからと着物を敬遠する男性に、茶道や華道の世界がわかるのかーーいわゆる、花嫁修業という位置づけで捉えているのだろう。

「プロフィールのお写真は、ワンピースやブラウスとカーディガンの組み合わせが多いですね。お持ちの服で良さそうなデザインのものはありますか?」

「……花柄のワンピースが何着か」

 当時、花柄のワンピースの流行が長く続いていた。私も水色の小花柄ワンピースを好んでで着ていたのだが、試しにその写真を見せてみると桜田さんが難しい顔をする。

「花柄はデザインによっては実年齢より上に見られてしまうことがあるんです。とくに小花柄はおばさんぽいイメージがあるようで」

 ……道を歩けば、小花柄のワンピースを着た若い女性がたくさん歩いているのだが。

「あとはブラウスですよね? クリーム色で、ボタンのかわいい丸襟のデザインがあったはずです」

「襟付きブラウスは人気がないんです。デコルテのあいた、肌の見えたデザインのほうが」

「……肌見せ」

 結局そこか。顔をしかめる私に、桜田さんが苦笑する。

「あと、ピンクのカーディガンはお持ちですか? ビビッドなピンクではなくて、柔らかな色合いのもので」

「カーディガンじゃないですけど、くすみカラーのニットがあったような……」

「パステル系のピンクのカーディガンを着ると、婚活がうまくいくってジンクスがあるんですよ」

 デコルテのあいたブラウスに、淡いピンクのカーディガンを羽織る。プロフィール写真を想像し、私はしかめる顔が戻らない。

「つまり、女子アナみたいな清楚系の服がいいんですね。そして肌見せも大事」

「そうですね。ある程度、写真から体型がわかるほうがいいので」

 なんか気持ち悪いな。その言葉を私は必死に飲み込んだ。

 華やかな着物姿は金がかかると嫌がられ、小花柄のワンピースはおばさんくさいと判断され、襟のついたブラウスは堅苦しいイメージがあり、デコルテを明けて肌を見せたデザインが好まれる。

   そして、ピンク。

「アクセサリーも大ぶりのものではなく、控えめで上品なデザインがいいですね」

「髪型はハーフアップで、ナチュラルメイクに淡い色のリップでにっこり微笑むんですよね?」

 長年髪を伸ばしていたが、ヘアドネーションに出して短くしたばかりだ。まさかウィッグまで勧められはしまいか、桜田さんは「短い髪型が好きな男性もいますから」とフォローした。

「服装は本当に悩まれると思います。帰宅されてから、写真を送ってもらって大丈夫ですよ。私たち仲人同士で、どれが田丸さんに似合うか話し合いもできますし」

「……帰りに見てみます、服」

 しかし、淡いピンクのカーディガンなど今時どこに売っているのか。学生時代に着ていたようなカーディガンなら手に入りそうではあるが、それはお見合い写真に適したデザインではない。

  そもそもカーディガンを買ったとして、それを今後も着ることがあるのだろうか。普段の仕事は白衣のためオフィスカジュアルの出番がない。ざっくりとした編み目のカーディガンならプライベートでも使えそうではあるが……婚活用の時しか着ない服になるのだろう。

 テレビで見る女子アナのような、清楚で可愛らしいデザインの服。自分の魅力を引き立てる服よりも、男性の理想に迎合した姿で臨め。

 婚活という世界のその価値観を、私が受け入れるまでに少し時間がかかった。

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