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自分のパンツは自分で洗え〜5、別に好きな人でもなんでもないのに③
お酒に呑まれてるなと自分でも思う。
見ず知らずの運営に話す内容でもない。しかし、今日の街コンは精神的な疲れが大きい。このまま帰ろうかと思っていたが、女性に「もうすぐ終わりだから」と励まされてしぶしぶテーブルに座った。
「お疲れ様です」
そこには広告代理店Bがいた。彼もグループをはずれ、ひとりでお酒を飲んでいたらしい。手に持つグラスは赤ワイン、同じく強いお酒に突入したようだ。
「Bさん、誰かいい人いなかったんですか?」
「うーん、Aは頑張ってたみたいだけど」
目が据わっている。お互い、すでに街コンを離脱していた。愛想笑いを浮かべる気力もなく、私はワインをぐいぐいと飲む。
「婚活、疲れた。子どもを産める年齢で年齢で足切りされるの、本当にしんどい」
「まあ、35歳過ぎて結婚したやつらもたくさんいるし。子どもがいなくても楽しそうにやってる夫婦もいるしさ」
広告代理店Bがそう返す。初対面の男性に婚活の愚痴を吐いても仕方ない。お互いどうでもいい世間話をするうち、酔いのピークが過ぎたのか、私の頭には冷静な思考が戻りはじめていた。
自分だって、20代の時は若さの恩恵を受けていた。
体重は今より10kgも痩せていて、着れない服もなく、スタイルが良いと褒められていた。肌にハリもあり、塩顔ゆえに化粧をすればいくらでも盛れた。
婚活パーティーでは必ず誰かとカップリングした。誰かに選ばれることで自己肯定感が満たされ、その後に続かなくてもへっちゃらだった。
年上の男性たちに、若さだけでちやほやされる、そんな時期が間違いなく自分にもあった。あの頃は婚活パーティーで壁の花になっている女性を見て見ぬ振りをしていた。自分はあちら側にはならないと、年頃になれば結婚できると思っていた。
若さ。その武器を自分は活かせずに年齢を重ねただけ。婚活がうまくいかないのは自業自得だ。
最後のトークタイムが終わり、ラウンジ街コンが終わった。
時間になるとめいめい解散になるが、意気投合した者同士で二次会に行く流れもある。私が早々に帰る支度をしていると、運営の女性に「さっきの広告代理店の子ともっとお話ししたら?」と声をかけられる。しかし、広告代理店ABもその他連絡先を交換した男性からも一切声はかからなかった。
「玲ちゃん、このあとどうする? 誰かに誘われた?」
もし誘いがなければ、軽く話してから帰りたい。彼女もまた手早く上着を羽織っていた。
「ごめん。今日はこれから用事があって、もう帰らなきゃ」
「わかった、じゃあまたね」
「今日は一緒に参加してくれてありがとう」
会場で解散するも、時刻は21時前。まっすぐ帰るのももったいなく、私はすすきの駅周辺の雪まつり会場に足を運んだ。
大通公園では大雪像がライトアップされるが、すすきの会場で製作されるのは氷の彫刻だ。企業協賛ほか、氷彫刻職人による氷像コンテストも開催され、太陽の光よりもネオン輝く夜のほうが彫刻が美しさを増す。
観光客に混じりながら氷像を写真に収めるも、ひとりだとすぐに回り終えてしまった。
氷点下の気温に、身体が冷える。一杯ひっかけて帰ろうかとも思うが、雪まつりシーズンのすすきのはどこも満席だ。さっさと帰ろうと、すすきの駅ー大通駅を繋ぐ地下街の階段を下りると、見覚えのあるコート姿とすれ違った。
「……あれ?」
帰ったはずの玲ちゃんだ。彼女も私に気づき、あっ、という表情を浮かべる。
私は「じゃあね」とだけ声をかける。
彼女ひとりだけ二次会に誘われたんだろうな。そう悟ったが、気づかないふりをした。
◯
地下街のポールタウンを歩いていると、またしても見覚えのあるパーマ頭を見つけた。
ラウンジ街コンのホスト君ではないか。ひとりで歩いているところを見ると、彼も二次会に行く女性をつかまえられなかったのだろう。
普段の私なら、見て見ぬ振りをして追い越していただろう。しかし、まだ酔いが残っていたのかその背中に声をかけていた。
「二次会、行かなかったの?」
彼も私のことを覚えていたらしい。パリピ系のテンションはなりをひそめ、先ほどもこのテンションでいればいいのにと思った。
「これから次の街コン行くんだよ。興味あるなら、一緒に行く?」
「次の街コン?」
「21時半スタートの別会場があるんだ。さっきの奴らも行くって言ってたし、今なら申し込み間に合うと思うけど?」
「……行く」
週末になると、札幌市中心部では様々な婚活イベントが開催されている。様々な企業が企画する婚活パーティー、街コン、その他諸々。参加者さえ集まれば遅い時間の開催も珍しくないだろう。
私も一日で3名のお見合いをはしごするのだ、2連続の街コンにも今さら驚かない。
このまま帰っても、さらにやけ酒をしてぐだぐだに酔っ払って終わりだ。あるいは、変に酔いが醒めてネガティブ思考全開になり、この世の終わりのような絶望的な気持ちになるのかも知れない。
それならば、適当にお酒を飲んで適当におしゃべりをして、終電ギリギリまで粘って帰宅したほうが泥のように眠れるだろう。
2軒目に参加した街コンは、大通駅近くのパーティー会場。さきほどのラウンジ風会場と違い、照明も明るくヘルシーな雰囲気があった。
飛び入りにもかかわらず、参加の許可が下りる。ホスト君の紹介が効いたのだろう。ここでもバーカウンターでお酒を頼むが、先ほどのラウンジと違い、カシスオレンジを頼んでもほとんどがジュースだった。
席は少なく、基本、立食形式。つまみになる乾き物もあり、そのテーブルを囲みながら談笑する年齢層は20代も多い。スペックや年齢の縛りなど何も調べていなかったが、若者中心のカジュアルな会なのかもしれない。
「あれ? さっきも同じ会場にいましたよね」
女性がひとり、私に気づく。ラウンジ街コンから流れてきた女性もいるらしい。先ほどの自衛官の姿を見つけ、お互い挨拶をするが、かといって2軒目までじっくり話そうとまではしなかった。
ラウンジ街コンと違い、ヘルシー街コンはひとりで立っていても男性から声がかかる。しかし、常連参加で横のつながりがあるのか、「あの人、こないだ○ちゃんと付き合ったんじゃなかった?」「もう別れたの?」「まあ、参加してるってことはそうだよね」と噂されている。ホスト君はまたしてもパリピなノリで女子たちに絡んでいた。
ヘルシー街コンで、私は乾き物を食べながら新しい男性たちと話していた。SEやデザイナー、調理師など職業も幅広い。服装も普段着が多く、婚活というよりは友達作りや恋活がメインの雰囲気があった。
この街コンでも連絡先の交換は自由だ。なんなら男子を差し置いて女子だけで仲良くなっても良い。ラウンジ街コンで一緒だった女性は婚活パーティーや相席屋など様々活用しているらしく、情報交換をしたいなと思ったが……結局誰とも連絡先の交換にはつながらなかった。
ただ、飲み放題3000円のお金を払って、薄いカクテルをあおるだけの2時間。
それでも、惨めな思いを抱えたまま帰宅して、ひとり枕を濡らす夜よりはましだった。
2軒目の街コンは解散も早かった。
終電まで残された時間はわずか。このまま次に行くなら、タクシーで帰るかオールで飲み明かすか。明日は日曜、多少羽目を外しても大丈夫だろう。先に会場を出ていた男性陣が、出てくる女性たちに次々と声をかけている。
さて、私は翌日も休日出勤が待っている。さっさと帰って、涙が出る前に眠ってしまおう。そう思っていると、先ほど話していた調理師の男性と目があった。
友達同士で参加したという男性ふたり組。年齢も30代前半だが、ラウンジ街コンと違い純朴な雰囲気をまとっていた。連れの男性が、ほら、と背中を押すのが見える。
「うえーい、お疲れ!」
突如、私の肩に手を回したのはホスト君だった。
ヘルシー街コンではほとんど話をしなかったというのに。彼は2軒目の会場でも女子にしつこく絡んでは拒否されていた。会場を離れれば話す分には落ち着いている面もあるし、大人しくしていれば見た目も良いのだから、その変なテンションさえやめれば良いのに。つい上から目線になってしまうが、2軒目に誘ってくれたお礼は伝えなければならない。
ホスト君に絡まれ、調理師の男性があきらめたのが見えた。肩を抱いたまま強引に歩かれ、私はお礼もそこそこに抵抗する。
「ちょっと、別の女子のところに行きなよ」
「いーや、このまま飲みに行こうぜ」
「2軒目でも良い子いっぱいいたじゃん、その子たちと話しなってば」
「俺が今回、まだ話したいと思ったのはあんたなんです~」
街コンの人だかりから離れ、地下街の入り口が近づいてくる。ここから降りれば地下鉄の改札はすぐそこだ。
「私、明日仕事だから帰るって」
「帰るなよ、まだ飲めるだろ~」
休日出勤はいつもより業務内容も軽い。調理師の男性と軽くお茶に行くなり、連絡先を交換するなりいくらでもできたはずだ。
「地下鉄乗ろう、俺の家で飲もうよ」
しかし今さら戻るわけにもいかない。肩に回した腕から逃げ出す寸前、ホスト君が言った。
「一緒にセックスしようよ」
なおも手を繋ごうとする。それを私は振りほどく。
こんなに直球で誘われたのははじめてだった。
ああ、この人には私が女に見えるんだ。
子どもを産む年齢で判断されず、美人じゃなくても妥協できるんだ。
若いときより10kg太った、この身体をまだ性の対象として見れるんだ。
別に好きな人でもなんでもないけど。
この人とセックスしたら、私の惨めな気持ちも少しは和らぐだろうか。