自分のパンツは自分で洗え〜34歳恋愛小説家が全力で婚活した一年間〜序②
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日曜日に3件のお見合いを終え、気疲れを引きずったまま月曜日が始まる。土日休みであれば片方の休日を自分の時間に使えるだろうが、医療の片隅で働く私は二連休も少なく、休日がすべて婚活で潰れることもままあった。
「それで、昨日の婚活はどうだったの?」
職場には年上の先輩がいる。少数精鋭でまわす職場のため、同じ業務をするのは彼女だけだ。ふたりで働くうちに姉妹のような感覚になり、午後の診察が始まるまでのつかの間の休憩が私の婚活報告の時間になっていた。
「11時の人がとても素敵だったんですけど、まだお返事が来ないんです」
「それって返事したら即時反映されるものなの?」
「そうなんです。私が翌日ギリギリに返事をしたとき、仮交際成立のメールがすぐに届いたので」
翌日になっても結果が分からない場合、考えられることはふたつ。相手方が返事を熟考しているか、すでにお断りの返事をしているかだ。
プロフィール写真を見て、笑顔が素敵な人だと思った。40代前半と齢は離れているが、細身で清潔感のある姿が実年齢よりも若く感じられた。プロフィールの紹介文はマッチングアプリのような主観的なものではなく、仲人目線からの客観的な印象で綴られているが、不自然な表現もなく安心してお見合いに臨むことができた。
当日、待ち合わせ時間ギリギリに到着したBさん。お茶をしながら仕事の話に触れると、長く本州の企業に勤め、故郷にUターンして結婚相談所に登録したという。いまは実家に暮らし、朝から両親の用事に付き合っていたらしい。
Bさんのように、転勤やUターンをきっかけに婚活を始める男性は多い。知り合いのいない土地で一から出会いを求めるより、結婚相談所に登録したほうが効率が良いのもわかる。そういった男性たちは、いわゆる『優良物件』で競争率も高かった。
最初のお見合いでは結婚に対する条件などの話題を避けるが、趣味や仕事の話からでも価値観を探ることができる。Bさんは終始穏やかな様子で話し、互いへの質問や会話のキャッチボールもスムーズであっと言う間の1時間だった。
「私は仮交際につながると思ってたんですけど……」
「具体的に、どんな話をしたの?」
「お互いの趣味の話で、私があちこち旅行をしたこととか」
私は今の会社に就職する前、作家業と兼用で派遣や契約の仕事に就いていた時期がある。契約の切れ間などにまとまった時間があり、それを利用して全国各地をひとりで巡っていた。
正社員の仕事に戻ってからはそう簡単に休みをとれず、旅行の頻度が減った旨も話していた。趣味が旅行と話すと、金遣いが荒いという印象を持たれることもあり、そのさじ加減は難しいところがあるのだが。
「……そういえば」
「何か思い出した?」
「関西旅行の思い出を話したとき、『ひとりで旅行するんですか?』って言われました」
家族で旅行をするときもあるが、休みが合わない場合は一人で行くこともある。本州に友人がいるので、現地で集合して一緒に観光することもあるとは伝えていた。
『おひとりで色々行動されるのが好きなんですね』
『誰か一緒のほうがもちろん楽しいですけど、映画とか、お互いの好みが合わないときは一人で行くこともありますよ』
30代も半ばになればひとり行動も慣れたものだ。若い頃は一緒に行く相手を探していたが、美術館などは好みの問題もあり、期間も限られている。都合がつかずお流れになるくらいならひとりでも観たいと、そうやって少しずつ単独行動を覚えていったのだが。
「……ひとりでどこにでも行ける人が、嫌だったのかもしれませんね」
今日び『おひとり様』で行動するなど珍しいものでもない。しかし、女性のひとり行動に偏見を持つ人の存在を私は知っている。それこそ昔、Bさんと同世代の男性に『女ひとりだと自殺旅行って思われない?』と言われたこともあったのだ。
世の中にはひとり行動が苦手で、外食などは必ず誰かをパートナーに誘う人がいる。Bさんはそんな女性と関わる機会が多かったのだろうか。あるいは、外食も旅行も二人で分かち合いたいと思う、そんな結婚観を持っていたのかもしれない。
「田丸ちゃんの話を聞いてると、相談所で出会う人って考え方が古いよね」
ばっさりと切り捨てる先輩のことが、私は大好きだった。
彼女は私の活動をよく知っている。毎週末のようにお見合いの予定を入れると、相手方の様々な価値観を知った。そしてその報告を聞く先輩にも離婚の経験があり、結婚生活とは何かを身をもって知る側の人だった。
「ひとりではどこにも行けない、自分の言うことを聞く慎ましい女性が欲しいんでしょ?」
「……でも、経済的には自立してほしいみたいで」
私は紹介文に副業をしている旨を書いていた。仲人には小説家であることを書くべきと言われたが断固拒否し、話し合いの末に副業という表現で落ち着いたのだ。プロフィールにきちんと目を通した相手からは、必ずといっていいほど副業に対する質問があった。
具体的な内容はもう少し仲良くなってからでもいいですか。そう話すと深く探られないから有り難い。自分の好きなことを仕事にしていると、そう伝えると相手の中で何かしら思う副業象が思い浮かぶようだった。
しかし、OL業と並行して仕事をすると話すと、微妙な反応が返ってくることが多い。
ーー仕事のあとにまた仕事をするんですか?
ーーそれって何時に寝てるんですか?
ーー休日も副業でつぶれるんですか?
その言葉に尊敬の響きはない。
忙しい時期とそうでない時期があること、仕事のペースは自分で調整できること、自分が好きなことをしているのだから苦ではないこと、そのあたりは誤解のないように伝えている。
ーーいずれは副業を本業にしたいと思っているんですか?
正直、小説の仕事で生計を立てるのは難しい。よほどの売れっ子にならない限り、生活費は余所で稼がざるを得ないだろう。しかし、いまだ『小説家=印税生活』というイメージが強いのか、職業を明かすと根掘り葉掘り聞かれることもあり、作家業についてはよほど心を許した人にしか打ち明けないようにしていた。
OLの仕事を辞め、派遣やパートでも生活費は十分稼げるだろう。しかし、お見合いで出会う男性の多くはフルタイムで働く女性を望んでいた。
月々の固定給とボーナスが出る経済的に自立した女性を求めるが、自分より遅く帰ってくる人は嫌。仕事の後に仕事をするような、家のことをやってくれなそうな女性は嫌。結婚してもフルタイムで働いて欲しいし帰宅後は家事をして欲しいし子供ができたら育児もして欲しいし自分の面倒も見て欲しい。
OL業と小説の仕事と、結婚出産家事育児の両立で誰よりも悩んでいるのは私自身だというのに。
だから私は結婚相談所に入会した。結婚を目指し真剣に活動する人となら、私のやりたいことを尊重し、出産や家事育児について一緒に考えてくれる人がいるだろうと望みを抱き。
しかし、現実はそう甘くない。
「……せめて、自分のパンツは自分で洗ってくれる人がいいです」
34歳の一年間、全力で婚活を頑張ろう。そう意気込んで活動しているものの、心が折れそうになることのほうが多い毎日だった。
結局、Bさんと仮交際に繋がることはなかった。