自分のパンツは自分で洗え〜1、誰のおかげで飯が食えてると思ってるんだ①
OL業と小説家の二足のわらじを履く生活と、結婚出産家事育児の両立は可能なのか。
この悩みを打ち明けると、決まって返される言葉がある。
『稼ぎの良い旦那さんを見つけたらいいんだよ』
このアドバイスを受け、素直に行動に移せる人はいるのだろうか。
少なくとも私は、この言葉に対して引け目とも後ろめたさともいえない気持ちを抱くタイプだった。
たとえばデビュー前から付き合っていた相手だとか、友人として出会い人となりを知ってから関係を深めた相手ならわかる。
たとえば私が売れっ子作家で、印税や原稿料である程度の収入を確保できていれば最初から悩まないのかもしれない。
「ーーわたし、小説家さんにお会いしたのって初めてなんです」
話は戻り、当時33歳。無料カウンセリングを予約した結婚相談所で、担当になったコンサルタントの女性がそう言った。
札幌市中心部、オフィスビルの一角。パーテーションで区切られたブースの向こうに、コンサルタントーー仲人と話す男性の姿が見える。一定の距離を開けているためプライバシーは守られており、それが会員なのか私のように入会を検討しているひとなのかはわからなかった。
「今までに、漫画家さんとか、ほかのクリエイター系の方の担当をされたことはないんですか?」
「同僚で担当した者はいるらしいですが、わたしはまだありません。なので、お仕事のこととか、いろいろ聞いてみたいことがたくさんで……!」
仲人はまだ若く、私より年下ではと思った。目の前にいる小説家という存在に好奇心が刺激されたのか、仕事そっちのけで質問して来そうな勢いまである。
小説家だと名乗ると、多くの人がこんな反応をする。どんな作品を書いているか、印税はいくらもらえるのか、根掘り葉掘り訊かれることに疲れて普段は隠しているが、相談所で活動するとなると、仲人にはあらかじめその話をせざるを得なかった。
結婚相談所にも個人経営や大手企業のグループ傘下などたくさんの種類がある。相談所への入会を検討した際、私はいくつかの会社のカウンセリングを予約していた。
「何年か前に、こちらでカウンセリングを受けたことがあるんですが、その時お話しさせてもらった方はお休みですか?」
三十歳を過ぎた頃に、ネットで見かけたT社の広告につられてカウンセリングを受けたことがある。その時に話した仲人の印象が強く残っており、今回も事前メールでその人を希望していた。
仲人の年齢は四十代だったろうか。もとは本州の支店で勤務していたが、夫の転勤に合わせて北海道の支店に異動希望を出したらしい。
『向こうで漫画家さんの担当をしていたことがあります。小説家さんとはまた違うかもしれませんが、その時の経験を活かしてアドバイスできたらと思います』
その人は私の職業を聞いても、好奇心丸出しの対応をしなかった。本州での勤務経験があるため、首都圏と北海道との賃金の違いや地域別の平均収入についても詳しかった。ひと通りの説明のあと、私が挙げる条件にマッチする相手がいるかを検索する場面では、事実を隠すことなく正直に答えてくれた。
『コロナの影響で、今は活動されている方が少ないんです。本州ならまだ会員数はいるけど、北海道はこんな感じで……正直、とても少ない。せっかくお金をかけて活動するのにこの人数しかいないなら、田丸さんの若さならまだ焦らなくていいかと』
無理に入会させようとしない、その姿勢に好感が持てた。コロナ禍が明け、婚活の勢いが戻ってきたらぜひこの人に担当をお願いしよう。そう思っていたからこそ、T社のカウンセリングを真っ先に予約したのだが。
「以前担当させていただいた者は、去年退職しておりまして……」
「そうなんですね、残念」
「なので、ぜひわたしと一緒に頑張りましょう。以前もお聞きしたと思いますが、再度、当社の仕組みを説明させてください」
婚活パーティーやマッチングアプリは女性無料の場合が多いが、結婚相談所は男女ともに様々な費用が発生した。
相談所の入会金は10万~20万円。さらに事務手数料や登録時の写真撮影料も必要になり、その後も月会費として1万~2万円を払わなければならない。月の紹介人数や休会時の会費、仲人のサポートの手厚さ、成婚手数料と成婚の定義は会社によって異なるため、様々な会社を比較して自分に適したサポートを選ぶ必要があった。
ひと通りの説明を受けた後、自分が希望する条件と合致する会員数を試算する。アンケートの用紙に記入する内容はマッチングアプリの検索機能と大差なかった。
「田丸さん、自分より身長の低い男性でも大丈夫なんですか?」
私が提示した条件を見て、仲人が驚く。私の身長は162cm。以前、自分より身長の低い男性と付き合ったことがあるためさほど気にしていなかった。
「この条件であれば当社の会員でもたくさんマッチしますね……逆に、男性側の条件にも田丸さんは十分当てはまっています」
私が挙げた条件は少ない。年齢もひと回り上までと年上に抵抗はなかった。自分より収入が高いことと、相手が初婚であることはあらかじめ決めておいたが、初婚を希望した理由は、単純に自分が焼き餅焼きの性格だからだ。
当時の私の年収は200万円台後半。印税収入がある年でかろうじて300万を超えた。都市部に比べ北海道は賃金が低く、同年代の男性なら年収は350万あれば良い方だ。自分より収入が高いという条件も無謀なものではない。
わたしが結婚相手に求めるもの、それは小説家という仕事への理解だった。
OLと小説家の二足のわらじと、結婚出産家事育児の両立。私は若い頃に叔母となり、姉の子育てを間近で見ていたため、フルタイムの仕事と育児だけでも両立は相当大変だと感じていた。
自分ひとりの頭で考えると、仕事と家事育児に追われて小説の時間を失うか、あるいはすべて気合いでこなして過労で倒れる未来しか見えない。相談所のカウンセリングでは、数多のカップルを成立させた仲人の視点からどんな考えが出るかを知りたかった。
「……そのお悩みですと、40代以上の男性を選ばれるのが良いかもしれませんね」
彼女の返事に新しい発見はなかった。
「40代であればある程度の収入もありますし、子供を望まれている方も多いです。田丸さんがOLのお仕事を辞めることにも、理解がある方もいらっしゃると思いますよ」
つまり、相手の経済力に頼れということだ。
私は専業主婦を希望しているわけではない。時代が令和に変わった今、夫婦共働きが一般的になり、男性が育休をとることも珍しくなくなっていた。ともに支え合い生きていく人生のパートナー、男性が一家の大黒柱になる考えはもう古い。
相手の協力があれば、仕事を辞めずに二足のわらじのまま子育てをすることだってできる。あるいは、私がフルタイムではなく、契約社員やパート勤めをするという方法もある。しかし、勤務形態については自分から一方的に提示することではなく、相手と一緒に考えるべき事だと思っていた。
自分に稼ぎがなければ、収入の高い男性を求めたほうがいい。賢い女性は若く価値があるうちに条件の良い男性をつかまえるだろう。一方の私は、その価値観を受け入れられずにいるがために、いままで独身でいたのだ。
「相手の収入に頼ると、誰のおかげで飯が食えてると思ってるんだ、って言われそうじゃないですか?」
「…………」
仲人が返事に詰まるのがわかった。
OL業と小説家の二足のわらじを履く生活と、結婚出産家事育児の両立は可能なのか。
答えはそう簡単に見つかりそうにない。