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自分のパンツは自分で洗え〜2、お見合い写真は参観日の天童よ◯み④


『田丸さんがどうしてもお写真に納得できないというのなら、プロのクオリティには及びませんが、わたしがあらためて写真をお撮りしましょうか?』

 天童よ○み写真への嘆きメールを確認した桜田さんから、その提案が来た週末。私は再び結婚相談所のオフィスを訪れていた。

 相談所の活動は担当仲人との二人三脚だが、対面でやりとりする機会は限られている。活動中の主なやりとりはメールや電話。あとは1ヶ月、3ヶ月と定期的に面談を行い今後の活動に向けてPDCAサイクルを回す。会員プロフィールが公開された私は、しばらくオフィスに顔を出さない予定だった。

「わたしはあのお写真も誠実さがあって素敵だと思うんですが……あちらの写真館さん、加工しない代わりにライトの加減でいろいろ飛ばして撮影されるんですよね」

 オフィスの壁紙は白。一番日当たりの良い壁際に観葉植物を配置し、その前に立つことで背景に奥行きが出るように工夫するらしい。合同撮影会はオフィスで行われるため、桜田さんも手慣れた様子で準備をしていた。

「照明だけはプロに適わないのですが、うちでも用意しているものがありますのでそれを使いましょう」

 設置されたのはインフルエンサーが配信時に使用するリングライト。蛍光灯ような丸さは中心にスマホを入れて撮影することが出来、瞳に映り込む光が適度なうるみを演出する効果もあった。

「あの、一眼レフがあるのでそれを持ってきたんですが」

「立派なカメラですね! スマホで練習して、本番はそちらで撮影しましょうか」

 私は家族から受け継いだデジカメを持っている。普段はスマホ撮影ばかりで出番のない高画質カメラだが、まさかこんな場面で活躍するとは思ってもみなかった。

 撮影前に、桜田さんと持ち寄ったメイク道具で化粧を直す。「ライトで色が飛んじゃうから、眉はしっかり描いていいですよね?」「アイシャドウにもうすこしラメ足してみましょうか」「リップもベージュ系より、ローズ系の華やかな色にしようかな」そんな会話はまるで女子会のそれだ。撮影のポージングや表情作りは写真館で経験済み。気心の知れた桜田さんがシャッターを切るぶん、笑顔も緊張がほぐれて柔らかい表情をつくりやすかった。

「田丸さん、マッチングアプリの写真などはいままでどうされてたんですか?」

「私は基本、写真を載せない主義だったので」

 入会時のカウンセリングで、今まで経験した婚活サービスについて話す機会があった。しかし、その詳細を桜田さんに話したことはない。

 初めて婚活という名のついたものに参加したのは、24歳の婚活パーティーだろうか。当時は大人数制のパーティーで、最初のトークタイムでは回転寿司のように男性が椅子を移動していた。

 26歳で当時の彼氏と別れ、27歳でマッチングアプリを始めた。まだアプリが出会い系と混同されがちな初期の時代、顔写真を載せることに抵抗があった。男性会員は月額料金が発生し、メッセージを送るにもお金がかかるためLINEのIDを聞き出そうと必死な人も多かった。

 メッセージのやりとりでもある程度その人の本質を伺うことはできる。私はすぐに会おうと言ってくる人たちをやりすごし、メッセージのやりとりが続く人と会うようにしていた。作家デビュー直後の27歳、私は長年働いたブラック会社で心身を病み、療養期間という名の無職状態が続いていた。それでも人とのつながりが恋しくてアプリを始め、次の刊行予定も決まっていなかったためwebライターだと名乗っていたはずだ。

『僕も毎日ブログを更新してるんです。いつかアフェリエイトで稼げるライターになりたくて』

 はじめてアプリで会った人はそんなことを話していた。プロフィールにはライターとあったが、実際に話してみると普段は自動車整備工場で働いているらしい。下請けの仕事が嫌で、副業で稼げるようになりたいと趣味のブログを更新している……そんな彼に『私は文章の仕事で頑張っています』と返したが、実際は雀の涙の失業手当で食いつなぐ極貧生活だった。

 実家に頼ることはできず、月々の家賃生活費で貯金が目減りした。パンの耳を囓って食費を浮かせ、冬は暖房費節約のためにこたつの中で暮らした。新人賞で得たお金は住民税と健康保険の支払いに消え、重版もなくその後の収入も途絶えたが、周囲には『仕事辞めて小説一本にしたんだね!』『印税で生活できるくらいたくさんもらってるんでしょ?』と言われる始末。結婚適齢期である20代後半は心身の不調に加え経済的にも苦しい日々が続いた。

 デビュー作の存在も忘れたころに異例の重版が決まり、絶望的だった二作目の出版を迎えて経済的な負担は減ったが、社会復帰は遠くこたつのコードを持って首を吊る場所を探していた。夏、苦しまずに逝く方法をネットで調べ続けたが、いま死んだら腐乱死体になって家族に迷惑がかかってしまうと謎の責任感で踏みとどまった。あれが冬だったら腐敗の心配もなく……こうしてエッセイを書くこともなかったかもしれない。

 少しずつ労働できる状態に戻り、派遣や契約で定期的な出入を確保できるようになった頃、男女とも有料のマッチングアプリに登録した。相談所に比べれば月額も安かったが、双方で費用が発生するため真剣に活動する人が多かった。私は相変わらず顔写真を載せていなかったが、メッセージを重ねた相手と食事に行くことも多くあった。一度きりでなく、何度か回数を重ねて会う人もいたのだが、小説のことを打ち明けられず交際に至ることはなかった。

「相談所に登録される方で、マッチングアプリの経験がある人は多いんですよ」

「アプリは手軽に始められるけど、いちからメッセージのやりとりをするのが大変で、経歴が怪しい人も多かったので……」

 結婚相談所は実際に顔を合わせるところから始まる。入会時に独身証明書や資格証明書を提出するため身許も保証されており、効率的な活動ができるだろう。

「あとは、わたしたち仲人がいることで、双方のすれ違いを防ぐこともできますから」

「それはありがたいです。ちょっとしたことで相手が勘違いして連絡が途絶えたり、いつのまにか向こうが退会してたり、婚活もいろいろありますからね」

 相談所に入会するまでに、マッチングアプリ以外にもたくさんの出会いがあったのだが、仲人のサポートがあれば途切れなかったご縁も多くあったのだろうと思う。

 雑談しながら写真を撮り終え、データを確認すると自然体な表情のものが多くあった。

「この写真、田丸さんらしくていいんじゃないですか?」

「そうですね。表情も明るく見える気がする」

「じゃあ、写真のデータをこちらでトリミングして反映しておきますね。すでにお見合いの申し込みも来ていますから、田丸さんはそちらの確認をお願いします」

 新しいお見合い写真は、こうして手作り感あふれるアットホームなものに変わった。服装もアクセサリーも写真館の時と変わらないが、我ながら印象がだいぶ変わったなと思う。自分が納得できる写真で活動すれば、今後、容姿に関わる評価を受けてもへこたれることはないだろう。

 写真館で撮影したものはわずか数日で下げられた。

  2万円出して残ったのは、運転免許証の中で微笑む韓国メイク風の自分の顔だった。

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