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自分のパンツは自分で洗え~34歳恋愛小説家が全力で婚活した一年間~序①



「自分のパンツくらい自分で洗えばいいんじゃないですか?」

 アラサーの枠が居心地悪くなりはじめた34歳。わたしは何度この言葉を飲み込んだことだろう。

 女子アナのような清楚なワンピースに身を包み、ナチュラルメイクに控えめなアクセサリーをつけ、コーヒーカップについた淡い口紅を指で拭う。喫茶店のテーブル席、正面に座る男性が話す内容に、笑顔を貼り付けひたすら相づちを打っていた。

 男性が着るのはジャケットやスーツ、あるいは清潔感のある服装。あらかじめ打ち合わせた待ち合わせ場所で互いの名前を確認し、近くの喫茶店やホテルのラウンジで30分から1時間程度お茶をする。食事やデザートはなし、会計は割り勘が決まりだった。

 料亭の鹿威しの音も華やかな振り袖姿も、世話焼きの仲人の姿も付添人も、「あとは若いお二人で」の言葉もない。最初から一対一で始まる、それが現代のお見合いだった。

 お茶の時間が終われば即解散、次の店に行くことはしない。翌日までに会員サイトで「YES」か「NO」かの返事をし、お互いが「YES」であれば仮交際へとつながる。34歳の誕生日目前、結婚相談所に大枚をはたいて入会してから、わたしは毎週末のようにお見合いを繰り返していた。

 今日の待ち合わせ場所は札幌駅周辺から始まり、11時・15時・17時と3件のお見合いを入れている。

 15時のお見合いが終わり、次の待ち合わせ場所に向かう前に洗面所の鏡でメイクを直した。コロナ禍真っ最中、マスクですぐにファンデーションが落ちてしまい、化粧直しが欠かせない。口紅の汚れが目立つときは、日に何回も貴重なマスクを交換した。

 待ち合わせの際は必ずマスク姿。カフェの席についてはじめて素顔を晒す瞬間が、私はとても苦手だった。互いの顔はあらかじめプロフィール写真で確認済みのはずなのに、マスクを外した顔をまじまじと見てくる人が一定数いるのだ。

 次のお見合いまで多少の時間がある。今のうちに11時と15時の人の返事をしてしまおうか。スマートフォンで会員サイトにログインすると、本日のコンタクトーーお見合いスケジュールのお知らせと相手方への返答報告が表示されていた。

 お見合いの回答期限は翌日まで。YESなりNOなり、返事をする際にはお見合い時の感想やお断りの理由などを記入しなければならない。お断りの理由は『価値観の違い』『服装・清潔感』『仕草・話し方』などの項目があるが、その内容が相手方に伝わることはなく、スマートフォンを操作しているとふいに着信が鳴った。

「田丸さん、お疲れ様です。今日のコンタクトはどうでしたか?」

 私が入会した結婚相談所では、専任の仲人がつき活動をサポートしてくれる。お見合い後の感想はすべて仲人が目を通し、定期的に面談を行っては問題点や課題点を挙げPDCAサイクルを二人三脚で回す。活動で困ったことがあれば、些細なことでも相談に乗ってくれる心強いパートナーだった。

「15時にお会いしたAさんなんですが。早々にYESのお返事があったので、前向きに考えていただけたらとお電話したんですけど」

「……すみません、今回はお断りで」

 あらま、の声が返る。私は直前のお見合いを思い出し、深いため息を漏らしていた。

「Aさんはとても楽しくお話できたようで、ぜひ次回もお会いしたいとおっしゃっていたんですよ」

「向こうは楽しかったかもしれませんが、一方的に自分の結婚条件ばかり喋っていて、こちらの話も聞かずプロフィールの内容にも一切触れずで終わりましたよ」

 お見合いの30分間、結婚に対する条件や価値観の話題はNGとされていた。まずは30分間お茶をして、仕事や趣味、休日の過ごし方などを話しながら、相手のことを生理的に受け入れられるかを見極める。よほど受け入れられない場合を除き、なるべくYESの返事をするのが積極的に活動をすすめるコツだった。

 お見合いを繰り返すと、出会う男性もある程度の傾向がつかめてくる。15時の男性のように、限られた時間をずっと自分の話題で通す人も珍しくなかった。

「では、わたしのほうでお断りの手続きをしておきますね。11時のBさんはどうでしたか?」

「BさんにはYESのお返事をしようと思っていました」

 11時のお見合いは楽しく終わった。お互い前もってプロフィールを確認していたため、会話のキャッチボールもスムーズで無言の時間もなかった。待ち合わせ時間ギリギリに到着したのは両親の頼まれごとを済ませていたからだと、気さくに話す姿に年上の頼もしさがあった。

「お二人のお返事、こちらで反映しておきます。田丸さん、たくさんコンタクトの予定を組まれていますがお疲れではないですか?」

 わずか30分のお見合いでも、初対面の人と話すのは精神的に疲弊する。私は毎週末にお見合いの予定を入れ、一日に2、3人詰め込む日も珍しくなかった。仲人との連絡はメールが中心のため、こうして電話が来るのは珍しいことなのだが、本来の要件は私が無理していないのかの確認だったのだろう。

「大丈夫です。休みの日も限られてますし、予定も一日にまとめてしまったほうが楽なので」

「わかりました、なにかあればいつでも相談してくださいね。では17時のお見合いの感想もお待ちしております」

 次の待ち合わせ場所は大通駅周辺だ。札幌駅と大通駅を繋ぐ地下歩行空間ーーチカホを5センチヒールのパンプスで歩く。今日のお見合い相手はすべて私より上背があったが、身長が近いときはあえてぺたんこの靴を選ぶこともあった。

 履き慣れないヒールの靴も、毎週履いていれば足が慣れるものだ。チカホのウィンドウに映る自分は王道の清楚スタイル。トレンチコートもフレアスカートもショルダーバッグも、スニーカーとリュックの通勤スタイルとは全くの別人だった。

 早めに待ち合わせ付近に到着して、次のお見合い相手のプロフィールを熟読する。初回のお見合いでは相手のフルネームは知らされず、連絡も会員サイトのメッセージ機能のみと限定されていた。

 プロフィールを開くと、最初に表示されるのが写真。多くは写真館で撮影された、上半身から全身姿のものだ。名前、年齢、年収などの基本情報と、仕事内容や趣味、仲人が書いた紹介文で構成されている。お見合いではそのプロフィールをもとに会話を発展させていくため、事前準備が欠かせなかった。

 待ち合わせ場所を決める時に、当日の目印となる服装を明記しておく。17時の人はスーツとあった。マスクをしていても、髪型と目元の印象で判別は可能であり、私は時間になるとそれらしき人が現れた事に気づく。

 お見合いは待ち合わせの時からすでに始まっている。私は相手と目があったのを確認してから、歩み寄って微笑みを浮かべた。

「はじめまして、Cさんですか? 本日はよろしくお願いします」

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