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【小説】超能力OL

昔、『超能力少年』と持て囃され、様々なテレビ番組に出演している少年がいた。
その少年は、覇気のない顔で「透視ができる」と宣言し、伏せられたカードに描かれた物を全て言い当てた。
その姿をテレビ画面越しに見ていた遠藤夏海は、衝撃を受けたのを覚えている。
あ、これって普通見えないんだ。

誰もが出来ると思っていたことが“透視”と呼ばれる能力と知った、その翌週に『超能力少年はデタラメ 透視のカラクリ』という週刊誌の記事が世に出回り、あの覇気のない少年への罵詈雑言が至る所で吐かれていた。
そんな事もあり夏海は、透視能力を誰にも知られる事なく生きていくことを決めた。
確か12歳の頃だったと思う。

それから倍の年を重ね24歳になった夏海は、いつものようにオフィスに出社し、自席に座った。辺りを見渡すと、社員の全員がマスクを着用している。
コロナウイルスが広まり、今では季節に関係なくマスクの着用が当たり前になっているからだ。
そんな周りの社員達のマスクで隠した口元を、透視能力を使い覗き見るのが最近の夏海の密かな楽しみだった。
誰にも見られていないと気を緩めている、そのマスクの下で普段見せないような表情をしている人は、意外と少なくない。
そんなマスクの下の表情を覗き見るのは、性格の悪い遊びだと分かってはいつつもやめられない。
特に、美人でスタイルも良く、おまけに仕事もそつなくこなす山下さんのマスクの下の表情を、良く覗き込んでしまう。

ノートパソコンに向かい仕事に集中しているように見える山下さんは、綺麗に整えられた高い鼻の下で、時折まるでタコのように窄めた口を円を描くように右回りに回す。
その姿は、普段の隙を見せない様子からは想像ができないほどに滑稽で、最初に目にした時は吹き出してしまった。
そんな山下さんに呼びかけられ、高山という男性社員が近づく。

しばらくしてから、高山が頭を下げるのが目に入った。
会話の内容は聞こえないが、山下さんの不機嫌そうな表情からするに、高山のミスに対し叱咤しているのだろう。
この様子を時折見るため、高山とは業務上直接関わりのないのだが、このまま関わりのないままでありたいと望んでいる。

それにしてもーーと、高山のマスクの下をよく見る。
高山はマスクの下でも、口を一文字に結び表情が変わることがない。
怒られているのだからもう少し申し訳なさそうな顔をすればいいのに、と思いつつ、高山の変わらない表情を見るのに飽きて自分の業務に戻る。



高山に声をかけられたのは、昼休みに行ったサブウェイで1人BLTサンドを食べている最中だった。
レジで会計を終え、トレイを持って歩く高山が夏海の姿に気付いた。
「あ、遠藤さん。どうも」
「ああ、どうも」
「他席空いてなさそうなので、ここいいですか?」
夏海の席の対面を指さす。
辺りを見渡すと、確かにランチタイムで混雑しているが、2階にも席があるはずだ。
それを確認せずに相席を頼む神経に嫌気がさすが、他人ならまだしも同僚に無下な態度を取っては気がひけるので、「どうぞ」と声をかける。
席につき、高山はマスクをつけたまま夏海の顔を見つめる。
「君も見えるんだよね」
「え?」
「透視能力、あるんだよね?」
突然の問いかけに言葉が詰まる。
なぜこの男にバレてしまったのだろう。
「あの、おれ、昔『超能力少年』とか言われてテレビ出てたりして……」
「あっ!!」
夏海は自分の出した大声に驚き、周りを見渡す。幸い、こちらの様子を気にしている客はいなさそうだ。
改めて高山の顔を見ると、確かに昔テレビで見た覇気のない顔の面影がある。
「世間にはインチキだって言われたけど、本当は見えたんだ」
「そうだったんですか?」
「うん。だから今も2階の席が埋まってるのも分かったし、山下さんのマスクの下を覗き見て遠藤さんが笑っているのにも気付いた」
そういう事だったのか。
透視能力マスクの下を覗き見ている時に、まさか自分のマスクの下を見られているとは夢にも思わなかった。
「そうだったんですね……」
「でも本当によかった。君に出会えて」
高山はそう言いながら、ニヤッと笑った。
その怪しい笑みに、背筋が凍る。
「よかった……って、何がですか?」
「この能力でテレビに出てちやほやされて、正直僕は満更でもなかった。でもいつしか、周りの人の目が奇妙なものを見ている目だと気付いたんだ」
「はあ……」
いきなり何の話を始めたのか分からず、高山の表情を覗き見るが、変わらず怪しい笑みを浮かべている。
「だからおれ、本当は見えないって事にした。普通じゃない人間ではなく、嘘をついた普通な人間である事を選んだ」
「そうなんですね」
「でもこの能力を隠し続けて、誰とも分かり合えなくて。自分がおかしいんだと思って、とにかく自信を持てなかった。だから、この能力を分かり合える君に出会えて本当に良かった」
確かに夏海も、この奇妙な能力のせいで、周りの人達と自分は違うのかなと思うことは多々あった。
秘密を1人で抱える辛さは、分からなくもない。
でもーー
「でも私、透視能力とかないんで。何言ってるかわかりません。それじゃあ」
半分以上残ったBLTサンドをそのまま捨てるのは惜しいが、とにかくこの場を去りたいので席を立った。
驚いた表情の高山をチラリとみて、店を出る。

店を出て、改めて高山の怪しい笑みを思い出す。
その視線はチラチラと夏海の胸元辺りを見ており、その事に気づいてからは鳥肌が止まらなかった。
同じ透視能力を持った同士でも、男性とは絶対に分かり合えないな。そう思いながら、転職サイトを検索し始めた。