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【小説】28歳

 目が覚めると、見知らぬ部屋の見知らぬ布団に包まっていた。
 起きあがろうとすると、「起きたよ」「まじ?」「なんか言ってる?」「てか一気に老けたよね」といった複数の声が聞こえる。
 あたりを見渡すと、若い女性が20人ほど、私に好奇の目を向けていた。その女性達は年齢はバラバラで、一番小さい子はハイハイをしている幼児だった。
 その奇妙な状況に一気に目が覚め、立ち上がり布団を剥ごうと少し捲ると、布団の中で自分が服を着ていないことに気付き、慌てて布団に包まる。

 「え、裸?」「マジ」「やば!」といった黄色い声が、二日酔いの頭に響く。——二日酔い?あれ?と、昨晩の記憶が断片的に浮かんでくる。
 職場の飲み会——思いの外度数の高い、名前も知らない甘いお酒——「家同じ方向だよね?同じタクシーで帰ろうか」と言う、ちょっと気になっていた先輩の笑み——先輩の家の玄関に置かれた、奇妙な姿の招き猫——
 「あっ」と意図せず声が出てしまう。そうだ酔った勢いで、先輩と——「ヤッたの?」
 「え?」
 「ヤッたの?ヤッたんだよね?誰と?葉山くん?」
 目の前にいるパジャマ姿で10代後半くらいの女性が、好奇心を抑えきれないといった風に体を揺らす。その女性に見覚えがあるなと見つめていたところ、別の女性が落ち着いた声で私に話しかける。

 「ここにいるのは、全員あなたなの」
 「え?」
 「急には理解できないよね。私もそうだった」
 言葉の意味が理解できず、その女性を見つめていると、ふと着ている服に目がいく。茶色いセーターに、ロング丈の黒いジャケット——それは、全て私が持っているものだった。
 「去年の誕生日の前の日、終電まで仕事してたよね?この服を着て」ジャケットを触りながらそう言う女性の、顔もどことなく私に似ている。

 「なんでだかはわからないけど、私は誕生日が来るたびに、2人になるの。1人は変わらず生活をして、1人はここに辿り着く」
 その女性から詳しく話を聞くと、ここにいる女性は皆、山本優梨であること。皆、誕生日になった瞬間に、気づいたらここにいたこと。そんな到底理解できないようなことを説明された。
 1歳から27歳までの私が、この場所に集っているのだという。
 「うん、混乱するよね。でも、事実なの」
 「でも……」と言葉を濁しつつも、この状況になんとなく納得をしていた。全員の顔が、瓜二つと言う言葉では表し切れないほどに私に酷似していたし、身に纏っているものも全て馴染みのある服だったからだ。

 「自分しか知らないことを聞いてみたら?それが、私たちがあなたであることの証明になると思うよ」
 という言葉を受け、少し考えてから幾つか質問を投げかける。
 「初恋の人は?」と問うと、10歳頃の私が「吉澤くん」と答え、
 「最初の恋人は?」と尋ねると、15歳頃の私が「雨宮くん」と答え、
 「修学旅行のバスで」と話し出すと、17歳頃の私が「急に生理きてシート汚しちゃったけど、栞里ちゃんのせいにしちゃったよね」と寂しそうに答えた。

 「どう?信じてくれた?」
 そう27歳の私が恐る恐るといった表情で私を見つめる。もうその頃には、彼女の言葉を全て受け入れ出していた。
 「うん」
 すると彼女の表情は一変し、目を輝かせて私を見つめる。
 「じゃあ、ここ1年で何があったか教えてもらっていい?私たち——っていうか全員私だけど、それだけが楽しみなんだよね」
 27歳の私が言うに、各年齢の私は、自分の人生を自分が体験できなくなった事を嘆きつつも、毎年やってくる新しい自分にその1年起きたことを聞くことで、自分の過ごすはずだった人生を追体験しているのだと言う。

 つまり、私も、28歳の誕生日をきっかけに、自分の人生を自分で送ることが出来なくなったのか——改めて自分の境遇を実感し始めてきて、涙が込み上げてくる。
 「ねえ、早く教えてよ。まず、3月から。教えて」と目を輝かせて尋ねる27歳の私に向き合うことが出来ずに視線を下げると、ずっと身に纏っている布団が目に入る。
 あれっ——各年齢の私は、誕生日を迎えた格好のままここで暮らしているようだが、私は——。
 これからのこの場所での生活を思い、先ほど堪えたはずの涙が溢れ出してきた。