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【空想旅行記】宮城県石巻市・登米市

 このご時世のせいで、1月に予定していた2件の旅行が延期となってしまった。
 それもあって、旅行熱が過去一で高まってしまっているので、行ったことのない場所に想像だけで行ってみようと思います。


「今月どっか空いてる?」
 二ノ瀬から連絡が来るのは、確か2年ぶりくらいだったと思う。それにも関わらず「久しぶり」とか「元気してた?」といった枕詞がないことに二ノ瀬らしいなーとも、瑛人の香水の歌い出しみたいだなとも思う。
 ちなみに二ノ瀬の本名は一ノ瀬晃で、高校1年生の頃同じクラスに一ノ瀬という名前の生徒が2人いたため、区別をするため二ノ瀬というあだ名となった。
「来週の土日なら」
「旅行行かない?」
「いいよ」
「じゃあ土曜の9時赤羽で」
「了解」
 旅行先によって服装も変わるしお金をいくら持っていっていいかも変わるので、なんとなくでも旅行先は教えて欲しかったけれど、詳しく聞こうとは思わなかった。
 高校2年生の頃に、父親の仕事の都合で東京から茨城に引っ越し、高校まで片道30分だったのが3時間になったのを卒業まで誰にも教えなかった二ノ瀬が、旅行先を教えてくれるとは思えない。

 当日、8時33分に赤羽駅に着いた。
 ロータリーでは、レンタカーで借りた車に乗った二ノ瀬が既に待っており「遅かったな」と言う。
「いや、30分前じゃん」
「なんの?」
「え?9時に赤羽じゃなかったっけ?」
「レンタカーで車借りたのは8時だから。30分遅れだよ」
 ひろゆきがそう呼ばれる前から、彼は論破王と呼ばれていた。二ノ瀬は人の話に耳を貸さず、そもそも議論にならないので、こちら側が折れるしかないのだ。
「そっか。ごめんごめん」

 ORANGE RANGEの曲が流れる車内に乗り込むと、「石巻行くから」と目的地を告げられる。
 石巻というと、東日本大震災の際に内田裕也が「石巻の石はロック、巻きはロール。英語にするとロックンロールだ」という理由で支援物資を行った地、というイメージしか持っていない。
 スマホで「石巻 旅行」と検索してみると、『石巻市のおすすめご当地グルメスポットTOP3』というページが出てきたのでクリックしてみる。
 1位が『築地銀だこイオン石巻店』、2位が『スシロー 石巻店』、3位が『ガスト 石巻店』とのことだ。
 それを二ノ瀬に伝えると、
「スシローあるんだ。美味しそうじゃん、海近いし」
 と答える。二ノ瀬は、「せっかく旅行に来たんだから」とか「こんなの東京でも食えるじゃん」というようなネガティブな発言を絶対にしないタイプなので、一緒に旅行をしてとても気が楽な相手だ。

 カーナビに目をやると、到着予定時刻に16:35と表示されている。
「あ、結構遠いんだ」
「まあ、宮城だから」
「てか、そもそもなんで石巻に行きたいの?」
 そこでちょうど信号が赤になり、二ノ瀬がスマホを操作する。
 しばらくしてからORANGE RANGEのイケナイ太陽が鳴り止み、BUMP OF CHICKENのなないろが流れる。
「あ!」と、そこで気づく。「『おかえりモネ』の聖地巡礼?」
「うん。見てた?」
「見てた見てた」
 学生時代、二ノ瀬とはお互い朝ドラが好きという共通点で仲良くなったのを思い出す。
「うわーなんか急に楽しみになってきた」

 車内では、『おかえりモネ』を中心にここ数年の朝ドラについての話題に花が咲き、気づくと16時を少し過ぎたところで、予定より30分ほど早く『スシロー 石巻店』に到着した。
 スシローの外観はいつもみるそれではあったが、辺りに高い建物がない長閑な場所でみるスシローは、高級な寿司屋さんにも見えた。
 この時間帯だからか、店内に人は殆どおらず、並ぶこともなくカウンター席に案内される。
 回転している寿司をみて「気のせいか、ネタにもシャリにもツヤがあるように見えるな」と二ノ瀬が言った。
 気のせいだろうと思ったけれど、「だねー」と同調しておいた。

 お互い10皿ほど寿司を食べたところで、「これからどこ行く?」という話になり、「やっぱ石ノ森章太郎記念館じゃない?」「あ、朝岡さんがはしゃいでたところだ」「あそこは外せないよなー」と話しながらスマホで検索してみると、「え!」と大きな声を出してしまった。
「どうした?」
「『おかえりモネ』の撮影場所って、登米市じゃん」
「えっ?」と驚いた二ノ瀬もスマホで検索をし、「マジだ」と肩を落とす。「なんで勘違いしちゃったんだろ」
「まあ隣町だし、すぐ行けるでしょ」
 きっと、石ノ森章太郎を意識し過ぎて、石ノ森……石ノ森……石巻という経緯で勘違いしてしまったのかなと推測したが、その場では言わないでおいた。

 とりあえず今夜は石巻に泊まり、明日登米市に行こうと決め、じゃらんで宿探しを始める。
 安く泊まれるビジネスホテルを探していると、『OYO ビジネス旅館ダック 石巻蛇田』という宿の紹介文に目が止まった。
 『アットホームな空間で寛ぎのひとときを。当館上空を飛行する松島基地所属のブルーインパルスは必見です』
「ここ、ブルーインパルス見れるって」
「まじか。なのにこの値段は安いな」
「だよね、ブルーインパルス付きで一人2,250円なんて」
 ちょうど1部屋空いていたので、すぐに予約をする。
 お互い、ブルーインパルスの『飛ぶ』以外の特徴を知らないくらい興味はないのに、上空を飛行すると言われたら何故か泊まりたくなってしまう。これが男心なのだろうか。

 宿につき、6畳ほどの和室の部屋に案内される。
 さっきコンビニで買ったお酒を一緒に飲もうと思ったけれど、気づくと二ノ瀬があぐらをかきながら眠っていた。
 まあ東京から5時間休憩も取らずに運転したんだからそりゃ疲れるかと、申し訳なさも抱えながら一人ビールを飲みながら、イヤホンでNetflixを鑑賞する。
 『インシテミル 七日間のデスゲーム』をみながら、「あれ、二ノ瀬って結婚してなかったっけ。3日も家開けて奥さん怒らないのかな」と思い二ノ瀬の左手薬指を見てみると、そこに指輪はなかった。
 あれ、結婚してなかったんだっけと思いつつもうとうとしてきて、「嫌がられる話題を強行するとき、問う者は統率力があるか、無神経でなくてはならない」というセリフが聞こえてきた頃、二ノ瀬と同じくあぐらをかいたまま眠りについた。