才能研究の軌跡 #研究コラムVol.12
株式会社TALENTのTalent Research Center (TRC) がお届けしている「才能研究コラム」は今回で12回目です。月刊なので、連載開始から1年が経ったことになります(早いものです)。
節目となる今回は、既存の学術知見ではなく、TRCが現在進行系で取り組んでいる才能研究について紹介したいと思います。これまで「研究コラム」で取り上げてきた学術的な知見との関わりや、実際に調査を行って得られたデータにも触れつつ、才能研究の今をお届けします。
「才能」の定義を設定する
研究を行うときには、言葉の定義はきわめて重要です。TRCで行っている才能の研究も例外ではありません。研究のスタート段階では、才能の定義について議論を重ねました。
「才能」は広い場面で使われる言葉であり、その言葉から抱く印象やイメージが人によって違うことがあります。また、心理学をはじめとする学術研究の世界では、「才能」が専門用語として扱われることは少なく、定義がまだ定着していません。
そこで、私たちの研究の出発点として、才能の定義を以下のように置きました。
この定義には、学術的な背景に加え、TALENT社で実践されてきた才能に関する活動の経験知も強く反映されています。
上の定義は端的ですが、いきなり出されるとピンとこない人も多いと思います。TALENT社の佐野貴(たかちん)は、上記の定義や設定経緯を踏まえ、次のように、より日常生活に即した説明をすることもあります。
このように、私たちが研究したい「才能」が何を指しているのか、共通認識をもつところから才能研究がスタートしました。
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才能発揮状態を分解し、仮説モデルを組む
次のステップとして、「才能を発揮している人にはどのような特徴があるのか」を整理しました。才能を発揮している人に共通の要素を抽出できれば、それらの要素の充足を目指したコーチングやトレーニングの方法を開発し、多くの人を才能発揮方向に変化させられる糸口が見えてきます。
これについてもリサーチや議論を重ねた結果、以下の3つの軸が仮説として設定されました。
それぞれについて順に見ていきましょう。
X軸: 欲求と行動の一致度
1つめの「欲求と行動の一致度」は、「〇〇をしたい」「▲▲せずにはいられない」という欲求と、自分がとっている行動が一致している度合いのことを指しています。先に挙げた才能の定義が「動機づけられた」という書き出しで始まっているように、才能の起点は欲求による動機づけだと考えています。
欲求に根ざした自分の目標や価値観に合致した行動ができている状態は、才能発揮に向かえている状態であり、反対に欲求と矛盾していたり、欲求から目を背けたりした行動をとっている状態は、才能発揮ができていない状態と捉えられます。
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Y軸: 行動に期待する結果と実際の結果の一致度
2つめの「行動に期待する結果と実際の結果の一致度」は、自分の行動によって、狙っていた結果が得られている度合いのことを指しています。
欲求と一致した行動をとれていたとしても、自分が納得する結果や、目標に近づいている手応えが得られない場合は、才能が発揮できているとはいいにくい状態だと考えられます。というのも、才能の定義にある「自分が価値があると認めている」の部分が満たされにくくなるためです。
この部分は、心理学を中心に研究されている「動機づけ」や「学習」の理論を取り入れて整理しています。欲求に動機づけられた行動の結果、期待どおりの結果が得られるとそれが報酬となって行動が継続され、期待はずれな結果になると行動が修正されるというのが学習理論の大枠です。
「行動に期待する結果と実際の結果の一致度」は、自分が向かうべき方向に向かって適切な行動が取れているかどうかの指針とみなせます。
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Z軸: 社会的評価
3つめの「社会的評価」は、自分の行動の結果が、他の人から見ても意味をもつものかどうかという観点です。
自分の欲求と一致した行動をとり、納得する結果が得られていたとしても、その行動や結果が他の人の評価や支持を得られていないと、長期的には自分でも価値を感じられにくかったり、続けられなくなったりすると考えられます。この状態では、才能を発揮できているとは言いにくいでしょう。
才能発揮を考えるうえで、他者や社会との関わりは無視できない要素だと捉えています。
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ここまで解説した3つの軸を組み合わせた仮説をまとめると、以下のようになります。
この仮説では、才能が発揮されている状態とそうでない状態をはっきりと二分して区別しているわけではありません。3つの軸で定義される3次元空間のどこに位置づけられるかによって、その人の才能発揮の度合いがどのくらいかがわかるのではないかという、グラデーションをもった仮説となっています。
ツールを作り、検証する
才能発揮の3次元モデルはあくまでも仮説なので、実態に合っているかどうかを検証する必要があります。
TRCでは検証のために、3つの軸を定量的に測定できるアセスメントツールを開発しました。
このツールを用いて、TALENT社が開講しているTALENT PRENEURの参加者を対象とした調査を行いました。TALENT PRENEURは自身の才能を発揮した事業を支援するスクール形式のプログラムであり、参加者からは才能発揮を実感し、事業化が進んだという声が寄せられています。
プログラム開始前、プログラム中(2回)、終了時の全4回、1ヶ月間隔の定期調査を行ったところ、X軸・Y軸について以下の図のような結果が得られました。
それぞれ、X軸とY軸のスコアを低・中・高の3段階に分類したクロス表になっています。各マスの数字は回答者数です。仮説にしたがうと、X軸・Y軸両方のスコアが低い左下のマスの回答者は才能発揮度合いが低く、両方が高い右上のマスの回答者は高いレベルで才能が発揮できている状態となります。
開始前には各マスにまんべんなく分布していた参加者が、プログラムが進むにつれて右上方向に移動していき、終了時にはほとんどの参加者が右上マスに位置しています。この結果は、TALENT PRENEURプログラムの参加者では、X軸・Y軸両方のスコアが高まっていることを示しています。
このような調査スコアの変化と、プログラム参加者から「才能発揮を実感し、事業化が進んだ」という声が寄せられていることをあわせると、才能発揮の要素として、「X軸: 欲求と行動の一致度」と「Y軸: 行動に期待する結果と実際の結果の一致度」を設定した仮説はある程度妥当なのではないかと考えられます。
また、先の図の変化をよく見ると、X軸が高まる方向(右方向)への変化が先に起こり、その後にY軸が高まる方向(上方向)への変化が起こっています。
これは、才能が欲求を起点としたものであることに対応した結果だと考えています。欲求が起点となって行動が起こり、その行動に対して期待する結果がついてくるという時系列が反映されているのではないでしょうか。
事業のスタート段階を支援するTALENT PRENEURプログラムではまだ追えていないのですが、おそらくこの後で、Z軸の社会的評価(事業で言うと売上や顧客数)の変化が起こると予想されます。
才能研究のこれまでとこれから
今回の研究コラムでは、現在までの約1年間の才能研究の軌跡を紹介しました。
主要なアウトプットには以下が挙げられると思います。
土台とツールがようやく揃い、これからは実践的なアウトプットを見据えた研究開発に突入していきます。
私たちの研究は、TALENT社のパーパスである「あふれる才能の輝きで、世界を幸せで満たす。」を目的としています。
今後はそのために、才能発揮状態を効果的に実現・維持するための環境要因の解明と介入方法の開発、才能発揮の阻害要因の解明と対処法の開発、才能発揮を促進するグループダイナミクスの解明とチーム設計への応用といった研究テーマに取り組んでいく予定です。
これらの研究を進めるうえで、乗り越えるべき課題も多くあります。たとえば、場面や業種で異なる社会的評価をどのように計測していくか、人同士のコミュニケーションや相互作用がそれぞれの才能発揮に影響を与えあっていることをどのようにすくいとるか、といったことなどです。
これらの課題を乗り越えつつ、実践的なプログラムやコーチングメソッドに発展させるため、TALENT PRENEURなどの場での研究はもちろん、企業と連携して組織の制度や風土との関連を捉える調査もスタートしています。
明らかにしたことを実践的な取り組みに反映させ、実践からフィードバックとデータを得て研究を促進する形を作っていきたいと思います。
最後に、研究のための調査にご協力いただいたみなさまに、改めて感謝申し上げます。
今後もTALENT社の研究活動を応援いただけましたら幸いです。