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Speak,Easy.

奈良に行くなら、Vol.2


大宮通りに沿ってまっすぐ歩くと、いつの間にか奈良公園の敷地に入ったと分かる。この公園の主である鹿が泰然と、だが無造作にゴロゴロしているからだ。彼らは(神の使いとされる鹿にこの呼び名は相応しくないが、あくまでも便宜上)人間に全く興味を示さない。元々は彼らが生息していたところを拝借するように寺社仏閣が建立され、後世の人間が取ってつけたように公園と呼んでいるに過ぎない。彼らは黙々と奈良公園の草を喰み、人間が嬉々として与える鹿せんべいを、さも水を飲むかのように当然のものとして受け取る。ここでは鹿が捕食者であり、我々はエサである。鹿せんべいがないのなら、我々は彼らの機嫌を損ねないよう、まっすぐ目的地に向かって歩かなければならない。ちょっとでも鹿せんべいがあるふりをすれば、あっという間に彼らに頭突きをされるのがオチだ。角が切られていることに感謝しなければならない。

鹿の大群をかき分け、東大寺の南大門をくぐり大仏殿に向かう。思い返せば中学校の修学旅行ぶりくらいに大仏様を拝んだが、不思議と高揚感がない。むしろ、以前見た時よりも妙に小さく見える気がする。なのに、インバウンド客が柱くぐりに熱狂している。落胆したわけではないが、傍観的な感想しか出てこないほど、どこか冷めた頭で境内を散策した。ランチタイムのピークを外したいので、なら仏像館に向かうことにする。大仏殿より先に向かうべきだったと、後悔した。解説が丁寧なこともあるが、仏像と我々の距離がとても近い。一体ごとに表情豊かなお顔、伸びやかに印が結ばれた指先。衣にわずかに残る彩色。損傷や欠落が激しいほど、むしろ鬼気迫るものを感じる。仏像は決して語らない。だからこそ、お過ごしになられた年月がどのようなものだったかが偲ばれる。

思いのほか長い時間を過ごしてしまった。ランチタイムのピークはすでに過ぎ去り、そろそろ終わってしまいそうだ。仕方がない。不本意ではあるが、何か適当なもので済ませることにしよう。できることなら、地元の商店街にある食堂やラーメン屋で昼食としたいところだった。あるいは、聞いたことのない名前のローカルチェーン店というのもいいだろう。いずれも地元で長く親しまれていることに、何らかの理由のあるはずだ。観光客向けに仕立てられた名物よりも、(それが悪いものではないのだけれど)その町がどういうところなのかをより肌身で実感できると思う。僕としては「天理スタミナラーメン」という看板が気になったが、それは天下一品でからあげ定食を食べた後だった。

遅めの昼食を終え、バスで唐招提寺に向かう。終点が医療施設となっているせいか、車内はすし詰めになっている。いくつかの停留場を過ぎると、どこまでもまっすぐな大通りに出る。もしかしたら地平線が見えるんじゃないかと思うほど、起伏というものがない。あるいは整地されているのかもしれないが、それにしてもここまで無表情というのも珍しい。しばらくすると平城京跡に差し掛かる。これほど広大な土地をわざわざ空き地にしなくてもいいだろうと思ったが、どうやら21世紀になってから国営公園として整備しているらしい。それ以前は、都の荒廃から田畑になっていたものを、少しずつ遺跡として保全していたようだ。その途上で国道を付け替えたりする多少の遠慮はあったようだが、鉄道は例外なのか無慈悲に公園内を横断している。車窓から見ても外から眺めても、これはこれで壮観である。これほど広大な平地があれば、憧れの唐の長安を模した都を欲する気持ちも、分からないではない。

バスは唐招提寺の南大門の目の前に停まる。参拝客はまばらで、参道は境内の木々に陽射しが遮られて薄暗く、金堂の屋根は黄色く柔らかに照らされている。鳥が鋭く鳴きながら空高く飛び去り、玉砂利を踏みしめる音が心地よい。奈良にある寺社仏閣の多くは戦乱や天変地異で焼失後に再建されており、創建当時のまま現存しているものは数少ない。唐招提寺の金堂は、その幸運な例外の一つである。堂内には向かって左から、千手観音菩薩立像、盧舎那仏坐像、薬師如来立像が並んでいる。地元のタクシー運転手がガイドとなって仏像にまつわるエトセトラを話している側で、顧客と思しきマダムたちが嬉しそうに写真撮り終えると、何度も合掌していた。

このような創建当時と変わらない姿を伝える寺社仏閣にいると、奇妙な感覚に襲われることがある。僕が見ている境内の景色や建物の手触り、その全てにおいて過去と現在の区別がひどく曖昧になる。目の前に鎮座する仏像に僕たちはどう映るのだろうか。数えきれない人が目の前を訪れては消えていく。季節だけが僕たちを変えていき、いずれは影も形もなくなる。仏像はその様子を永遠のように、ただじっと見据える。僕にはとても耐えられそうにない。一言でも感想を聞いてみたいのだが、あいにく叶いそうにはない。帰りしなに売店で天平香というお香を買った。実のところ、鑑真香という独自の調合で作られたものにしたかったのだが、非常に好評のようで1人2箱までという購入制限までついている上に、すでに売り切れていた。そろそろ日没も近づいてきた。どこからともなくひんやりとした空気が足元から伝わってくる。市街地に戻って、今日を振り返りながらビールでも飲もう。

(Vol.3へ続く)


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