土下座で失われた生命は戻らない~リスク評価/リスク管理が綿密であることの重要性~
"リスクの伝道師"SFSSの山崎です。本ブログではリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方について、毎回議論をしておりますが、先月も議論しました「リスクのトレードオフ」を理解しないことにより発生する健康リスクの問題(死亡などの重篤な健康被害)について議論したいと思います。まずは、このたびの北海道知床における遊覧船遭難事故で亡くなられた被害者とそのご遺族の皆様に、謹んでお悔やみを申し上げます。
今回の事故の報道をみて、実は筆者自身も一昨年北海道北東部を旅行し、別の会社さんの運行で知床の遊覧船にのって観光したことを思い出した。おそらく一生に一度かもしれない北海道旅行と考えると、せっかく知床まできたのだから遊覧船で知床半島の雄大な景色をのぞんで帰りたいと考えるのは当然だ。そう考えると、もし遊覧船が欠航になって発生する価値損失リスクは非常に大きいため、運営者サイドにも、できれば予約した観光客のご希望をかなえたい(運営者としても欠航することで失う経済損失も大きい)との意思がはたらくのだろう。
しかし、そこでよく考えなければならないのが先月の本ブログでも述べた「リスクのトレードオフ」だ。遊覧船を欠航することで観光客や運営会社の価値損失は非常に大きいが、逆に遊覧船を出航させることによる事故発生のリスク(死亡リスク/健康被害リスク)と天秤にかけたときに、事故発生のリスクが許容範囲でなければ「安全」が担保されないので、前者の価値損失リスクよりはるかに大きなリスクがそこにあるとわかれば、苦渋の決断である「欠航」を選択するはずだ。
そこで、そのリスク判断をする際の重要なポイントがリスク評価/リスク管理になる。リスク評価の際に一番ミスを犯しやすい点は、綿密なリスク評価をすることなく、「これまで遭難したことがない=人身事故は起こしたことがないから大丈夫だろう・・」という"正常性バイアス"だ。「きっと自分たちだけがそんな事故にあうはずがない。ほかの遊覧船でも事故の話はきかない」と思ってしまうと、綿密にデータをとってリスク評価+リスク管理をしようというモチベーションが機能しない。ところが実際は、大きなリスクがそこに潜んでいたということだ。
2年前に筆者が、サラヤさんの月刊誌の巻頭に以下の記事を寄稿しているので、ご一読いただきたい
(http://www.nposfss.com/cat6/saraya2020_2.html):
リスクとは「将来の危うさ加減」なので不確実性をともなう。すなわち、これまで事故がなかった=「危険」がなかったとしても、リスクが小さかったとは限らないわけだ。知床の遊覧船のケースであれば、報道によるとこれまでも座礁したりして行政指導を受けたことがあるときいた。すなわち「ひやりはっと」の事例が起こっており、実際は今回のような遭難事故のリスクが大きかったのに、それに気づいていなかった可能性が高いということだ。
こういった大きなリスクが潜んでいることを予め把握するためには、綿密なリスク評価とリスク管理が重要だ。われわれが毎月ここで議論している食品のリスクに関しても、たとえば食品添加物や残留農薬などは、食品行政(国と自治体)ならびに食品事業者によるリスク評価とリスク管理が綿密に行われており、加工食品の食中毒事故はかなり少なくなったのが現状だ。このリスク評価/リスク管理がどのように実施されているのかを市民と議論するのがリスクコミュニケーション(以下、リスコミと略す)であり、リスク評価/リスク管理/リスコミのトライアングル(=リスクアナリシス)が機能していれば、「食の安全」はもとより「食の安心」も社会に定着する。
ところが、この「食の安心」をおびやかすようなリスク誤認をあたえる情報が世の中にはあふれているのが現実であり、そのうちのひとつが食品添加物の不使用表示だ。先月のブログでもご紹介した通り、食品添加物の不使用表示に関するガイドラインが国から発出されたところなのだが、それに際してわれわれSFSSでは食品安全有識者の見解をまとめて記者会見を実施したので、その報告ページをご覧いただきたい:
記者会見:食品添加物不使用表示に関する食品安全有識者による見解の発表 (2022年4月6日)
http://www.nposfss.com/cat1/press_conference20220406.html
すなわち、まず今回の消費者庁ガイドラインによって食品表示法違反になる恐れのある事例が提示されたわけで、多くの食品安全有識者がこのガイドラインによって消費者への事実誤認が減ることを期待して賛同したということだ。ただし、食品事業者には、その事業活動において法令遵守だけでなく、消費者市民に対する社会的規範や倫理観に基づくコンプライアンス遵守も求められるので、事実誤認だけでなく、リスク誤認を助長するような添加物不使用の強調表示も避けるべきとしている点に注目していただきたい。
たとえば、「保存料不使用」「日持ち向上剤不使用」などという強調表示のされた加工食品が、消費者市民に与える印象は、本来、「保存料」を適切に使用しない分、食中毒のリスクが高いだけでなく、賞味期限短縮による食品ロスのリスクも高いことを、あえて宣言していることになる。しかも保存料そのものは、厚労省が定めた使用基準により配合されている限り、リスクアナリシスが機能して健康リスクは許容範囲、すなわち「安全」と太鼓判を押しているので、それでもあえて「保存料不使用」を強調する理由は、「消費者が嫌っているから」というリスク誤認を利用しました・・という説明しかないように思う。
顧客が「自然志向」「天然志向」なのだから、化学合成の特定の添加物の不使用を強調したい、というご意見もあるだろう。それならば、「化学合成の食品添加物を一切配合しておりません」と表示すればよいことであって、なぜあえて「保存料」「着色料」「甘味料」「調味料」などを特定して不使用を強調するのか。しかも、「保存料」「着色料」「甘味料」「調味料」の中には天然の食材に含まれる成分も多数あるのだから、「天然志向」の消費者に不使用をうったえるのは科学的に矛盾している。本当にそのような不使用表示は、消費者の合理的選択の役に立っていると説明できるのか。
食品添加物不使用の強調表示が、結局は消費者市民のリスク誤認を利用したマーケティングのためとしか説明ができないケースがほとんどであるとの解説をしたが、そのようなリスク誤認が社会に横行してしまう主な原因は、食のリスクを科学的に評価できない"自称食品評論家"や"自然食品マーケター"たちが意図的に拡散するフェイクニュースであろう。このようなフェイクニュースがリスクの大小について誤ったイメージを消費者に植え付けることで、食品添加物を配合していない加工食品が、いかにもリスクが小さい優れた食品との誤認を与えるものだ。
「食品添加物が危険」という"とんでも本"など、偽情報のほとんどは摂取量の観点が欠落しており、非科学的な「食品添加物のありなし論」によりリスクを過大視したものが大半を占めるので、われわれSFSSではファクトチェックを実施して初期消火につとめている状況だ。リスクの大小については、先月のブログにも「リスクのトレードオフ」を詳細に説明しているので、そちらをご参照いただきたい。
以上、今回のブログでは、事故/健康被害を防止するための綿密なリスク評価/リスク管理の重要性について解説しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しており、どなたでもご参加いただけます(非会員は有料です)。
SFSS食のリスクコミュニケーション・フォーラム2022(4回シリーズ)
開催案内『消費者市民に対して説得ではなく理解を促すリスコミとは』
第1回『食品添加物の不使用表示について』(4/24午後、Zoom)
http://www.nposfss.com/riscom2022/index.html
【文責:山崎 毅 info@nposfss.com】
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