【報道のありかたを問う】脆弱な根拠による正義感が人生を破壊する

“リスクの伝道師”SFSSの山崎です。本ブログではリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方について毎回議論をしておりますが、今回は、SNS中心のいまの情報社会において、エビデンスが不十分な事案に関して、正義感のみで報道することの深刻な弊害について、考察したいと思います。

「こんな被害者がいます。社会的にゆるしていいのか?!」という報道をメディアが発信した場合に、SNSでの正義感による議論・分断が瞬時に湧き上がる情報社会。

本当にその事件で、被害者は健康被害を受けたのか。
・大きな人権侵害があったのか。
・加害者とされる人や組織に、重大なコンプライアンス違反があったのか。

取材はしたものの、明確な根拠がないままに「それでも、これは大変な社会問題になるにちがいない」としてスクープ報道をしたことで、物議をかもし、SNSが炎上。
正義感をふりかざす匿名ユーザーたちが、さらに無責任なデマ情報を次々と追記していく・・
Xのコミュニティノートで根拠不明の不健全な議論が続くと、もともと価値観の違いによる議論だったはずが、善悪の議論➡感情的議論に発展して、相手をののしりあう誹謗中傷の泥仕合になる。

しかしそれでも、SNSの匿名ユーザーたちは正義感による議論のみなので、何の被害も被らない。いやむしろ、再生・視聴回数を増やすことで儲かるのだから、被害どころか利益が得られるわけだ。
その反面、大きな風評被害を受けるのは報道記事において被害者/加害者とされた方々で、場合によっては、その人の人生を台無しにし、生命すら奪いかねない事態となる。

そう考えると、根拠不明確な段階での調査報道自体が、関係者の人権や生命/健康を危うくするリスクをはらんでおり、より慎重な姿勢が求められるところだ。一端、その報道による議論がSNSで炎上してしまったら、被害者・加害者双方へのバッシングが巻き起こり、取り返しがつかない時代になったのだ(もちろん表現の自由は守られるべきだが・・)

われわれSFSSは、これまでも脆弱な科学的根拠によるメディア報道についてファクトチェックをしてきたが、「本当にその根拠は確かなものか?その主張は真実なのか?」というフラッグをたてて、市民に考えていただくとともに、報道のありかたを再考してもらうことを目的としている。最近では、有機フッ素化合物であるPFASの環境汚染問題に関して、ファクトチェックを実施してきたところだ:

『追跡”PFAS汚染”』⇒「不正確/ミスリード(レベル2)」
 ~NHKスペシャル(2024年12月1日放映)をファクトチェック!
 SFSS ファクトチェック 2024.12.16

 https://nposfss.com/fact-check/pfas_20241201/

PFAS規制・水質基準へ引き上げを、メディアはどう報道したか
 ⇒各紙記事をファクトチェック!
 SFSS ファクトチェック 2024.12.30

 https://nposfss.com/fact-check/pfas_news_241225/

また、このPFAS問題に関しては、東京大学名誉教授の唐木英明先生がPFASの健康影響に関する包括的論説記事をウェブで公開されたので、ご一読いただきたい:

【PFASの健康リスクは小さい】誤解続く環境汚染と健康リスクの違い―最新の科学と報道の乖離
  唐木英明(東京大学名誉教授)Wedge Online 2025年1月23日
  https://wedge.ismedia.jp/articles/-/36411

PFASの問題は食の放射能汚染の問題と似ている。

PFASにしても放射性セシウムにしても、水や食品を介して人体にはいってきて血中でみつかっても何のメリットもなく、環境中からできるだけ減らしていくべきことに異論はない。しかし、現時点での暴露量も含めて健康リスクを綿密に評価したうえで、健康リスクが許容範囲内で事故が起こらないと専門家が評価したならば、それは「安全」を意味するので、あくまで「安心」の問題となる。

そこで、PFASを環境中からできるだけ減らしていくために国が水質基準を定めると発表したのは市民の「安心」のためであり、今後設定されるのは「管理基準」であって「安全基準」ではないことを理解しておく必要がある。海外の規制も含めて、結局、政治的な思惑が関わってくると「安心」のためのPFASの管理基準値も各国バラバラであることは、唐木先生の論説記事を読んでいただくと理解できるだろう。

以上、今回のブログでは、脆弱な根拠による正義感の報道がもたらす、被害者・加害者双方への深刻なSNSバッシングの弊害について議論しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しており、どなたでもご参加いただけます(非会員は有料です)。

◎SFSS食の安全と安心フォーラム第28回(3/9, ハイブリッド開催)『消費者のリスク認知バイアスを解消するための科学コミュニケーションとは』
  https://sfss-event-20250309.peatix.com/
【開催日】令和7年3月9日(日)13:00~17:00、懇親会 17:15~
【開催場所】東京大学農学部中島董一郎記念ホール & Zoom会議


*会場参加の学生・栄養士・メディア記者の皆様には、拙著『食の安全の落とし穴~最強の専門家13人が解き明かす真実~』著者:小島正美、山﨑毅(女子栄養大学出版部刊)を無償配布します(会場定員70名につき、事前参加登録が必要です)

 【文責:山崎 毅 info@nposfss.com】

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