事故が起こってからでは手遅れだ~「ひやりはっと」にリスク評価のヒントあり
“リスクの伝道師”SFSSの山崎です。本ブログではリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方について毎回議論をしておりますが、今回は、リスク評価のタイミングとして「ひやりはっと」が非常に重要なヒントになり、事故防止のための綿密なリスク評価/リスク管理とはどうあるべきかについて解説したいと思います。まずは、以下の記事をご一読いただきたい:
警官が屋上から目を光らせ、来場者は身体チェック…首相襲撃受け選挙演説の警備強化
読売新聞 2023/04/17 14:36
https://www.yomiuri.co.jp/election/20230417-OYT1T50049/
岸田首相が、4月15日の午前、和歌山市の雑賀崎漁港にて選挙演説の寸前に、銀色の爆発物を投げつけられた事件で、目撃者らは「安倍元首相が銃撃された事件を思い出した」と声を震わせたという。投げつけられた爆弾は爆発まで50秒という猶予があったので、岸田首相は警護の咄嗟の誘導で避難して被害はなかったが、もし爆弾が投げつけられた直後に爆発していたら、岸田首相も集まっていた市民も生命の危険にさらされた可能性が高い。
筆者が驚くのは、岸田首相がその日の別の地域での遊説をそのまま続けたということだ。「民主主義がテロに屈してはならない」という思想はかまわないが、安倍元首相も選挙演説中に銃撃されて亡くなったこと、岸田首相も選挙演説中に爆弾を投げつけられて生命の危険にさらされたことを慎重にリスク評価すると、要人が大きな死亡リスクにさらされた環境に対して、リスク評価もリスク管理も綿密にされなければ、同じ事故が繰り返される可能性が高い。
実際に事故(危険)が発生する前には、必ずその予兆があり、同じような環境で「ひやりはっと」が起こっていることを見逃すと、大切なリスク評価/リスク管理を誤ることになる。今回の岸田首相襲撃事件は、岸田首相にも市民にも被害は起こらなかった点で「ひやりはっと」であり、選挙中の要人警護における死亡リスクを綿密に評価するチャンスであったと考えるべきだ。
その意味でも、和歌山市雑賀崎漁港での「ひやりはっと」事件の直後も、岸田首相が選挙遊説を継続されたことが残念というしかない。自民党/警察庁/地方警察で、しっかりとした「ひやりはっと」のリスク評価/リスク評価をされたのかどうか疑問だ。できるだけ手荷物検査をしたというが、街頭演説では限界があるはずだし、爆発物や手製の銃器がどの程度の距離で使用できるかなど、首相が襲撃されるリスクが小さかったとは思えない。もし今回の犯人が組織犯罪で、第二弾・第三弾の刺客がいたらと思うと寒気がするところだ。
また今回の事件では、犯人像に関するメディア報道に対して、これを控えるべきと批判する与党議員がいた反面、市民は事実を知る権利があるとして民主主義を謳うメディア側と議論になったようだ。選挙期間中に首相など政府要人を襲撃するチャンスが、善良な市民側にも十分あるんだと暗示するような報道は事故の未然防止の観点からも許容できないところだろう。その意味では、拘束された容疑者の家庭環境や小学校時代の感想文などをTVで何度も報道することで、普通の善良な市民でもこのようなテロに染まるのは社会が悪いからだ・・と暗示する短絡的な報道は、次の新たな模倣犯を生んでしまう点で、かなり慎重に扱うべきと思う。
「ひやりはっと」を綿密にリスク評価しなかったことが原因で、大きな事故につながったケースが知床の遊覧船「カズワン」だ。先日ちょうど事故から1年になり、いまだに発見されていない犠牲者への弔いに関するメディア報道を見かけた方も多いだろう:
◎知床鎮魂、全国も寄り添う 観光船沈没事故1年
朝日新聞デジタル 2023年4月24日 5時00分
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15619173.html
26人もの犠牲者を出した悲惨な事故においても「ひやりはっと」は起こっていた。遊覧船が座礁したりする小規模な事故は起こっていたが、人身事故がなかったのでリスクを甘く見積もったことにより、リスク管理ができていなかったことが指摘されている。知床事故から1年、大型連休を前に点検を綿密に行い異常はないとの報道もされているが、たくさんの生命が失われた事故が起こってから、やっとリスク評価/リスク管理を綿密に行うのでは遅すぎる。失われた生命は二度と帰ってこないからだ。
本ブログで毎月議論している食の安全・安心に係るリスクについても、まったく同様の状況であることを食品事業者は肝に銘じる必要がある。これまで20年間食中毒が起こっていないから大丈夫と思っていても、いたるところで「ひやりはっと」が起こっていたとしたら、食中毒のリスクが小さいとは限らないのだ。
「事故が起こっていない」には2種類あり、1つはリスク評価・リスク管理・リスクコミュニケーションのトライアングル(リスクアナリシス)が綿密に実施されていて事故のリスクが許容範囲の安全な状態だ。もうひとつは、リスク評価/リスク管理ができていないにもかかわらず、リスクは不確実性があるので単にこれまでは運よく事故が起こらなかっただけということだ。リスク管理責任者の皆様には「ひやりはっと」をよい機会としてリスクアナリシスを万全にしていただきたいものだ。
以上、今回のブログでは、事故防止のための綿密なリスク評価/リスク管理のためには、「ひやりはっと」が非常に重要なヒントになることを解説しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しており、どなたでもご参加いただけます(非会員は有料です)。なお、当日ご欠席でも事前参加登録をしておけば、後日、参加登録者とSFSS会員限定のアーカイブ動画が視聴可能ですので、参加登録をご検討ください:
◎SFSS食のリスコミフォーラム2023(ハイブリッド)
第1回 4月23日(日)食中毒微生物のリスコミのあり方 開催速報
https://nposfss.com/news/riscom2023_01/
◎SFSS食のリスコミフォーラム2023(4回シリーズ、ハイブリッド)
第2回 6月25日(日)トリチウム処理水のリスコミのあり方 開催案内
https://nposfss.com/schedule/risk_com_2023/
【文責:山崎 毅 info@nposfss.com】