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「無添加表示」は社会的にもNGです ~消費者のリスク誤認を助長する不使用強調表示の弊害~

"リスクの伝道師"SFSSの山崎です。本ブログではリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方について、毎回議論をしておりますが、今回は我々が長年反対してきた「食品添加物不使用」の任意表示について、いよいよ国がガイドラインを発出する動きが現実のものとなってきましたので、その背景等について解説したいと思います。まずは、消費者庁よりアナウンスされた食品添加物の不使用表示に関するガイドライン案に対するパブコメ募集について、以下でご参照いただきたい:

◎食品添加物の不使用表示に関するガイドライン案に関する意見募集について(消費者庁) 受付締切日時 2022年1月21日18時0分 

 今回の消費者庁によるパブコメ募集を読んで、「食品添加物は身体によくないのだから、消費者にとっては無添加表示があった方がよいじゃないか」と思われた方は、すでに食品添加物に対するリスク認知バイアスのひとつ「確証バイアス」に陥っている可能性があるので、以下の解説や参考情報を読み込んで、食品添加物のリスクについてご理解いただきたいと思う。

 本ガイドライン案の「1.背景及び趣旨」を読むと、現在「食品関連事業者等」が加工食品の容器包装に食品添加物の不使用表示を行っているが、これらの表示が内閣府令の食品表示基準(法令)の第9条に違反しているおそれがあるものの、どのようなものがNGなのか具体的なQ&Aが示されていないため、ガイドラインにて示すこととなったとある。本ガイドライン発出に至るまでの消費者庁での検討会の議事録をずっと読んでいくと、もう少しなぜ食品添加物の不使用表示が消費者に誤解を与えているのかが理解できるかもしれないが、それは大変だ。

 実際のところ、この背景には、昭和時代に発生した食品添加物に関わる集団食中毒事故や、その後の食品添加物の健康リスクに警鐘を鳴らした人気書籍の影響により、消費者市民の食品添加物への忌避感/抵抗感が助長され、食品関連事業者による販売促進を目的とした食品添加物不使用の任意表示が常態化したことがある。しかし、今世紀に入って我が国の食品安全規制の充実により、食品添加物の健康リスクへの懸念は払しょくされ、むしろ当該不使用表示の強調が消費者市民の食品添加物に対するリスク誤認を招いているのが実態だ。

 我々は、NPO法人設立以来、ずっとこの問題を指摘しており、食品安全の有識者たちを招いたフォーラムを開催しながら、リスクコミュニケーションによる学術啓発活動を継続してきた:

◎リスク認識をゆがめる"マーケティング・バイアス"
  SFSS理事長雑感 [2016年2月17日]
  http://www.nposfss.com/blog/marketing_bias.html

 それでも、「食べたら危険・・」のような「とんでも本」の一般消費者への影響力は非常に大きく、リスク管理責任者(行政や食品事業者)が加工食品を売りたいがためだろう、という陰謀論の方を信じてしまう市民が「確証バイアス」に陥った状況から救い出すのは難しかった。普通に食品添加物の安全性を学術解説するだけのリスコミでは歯が立たない状況だったのだ。ただ、食品添加物のリスク情報を市民向けにわかりやすく解説してくれる専門家も登場し、強調すべきロジックも少しずつわかってきたので、いくつかご紹介したい:

1.全ての食品や食品成分にはリスクがある

 そもそも、我々が毎日食している一般食品は天然由来だからリスクがない(ゼロリスク)と勘違いされていないだろうか?実際は、食品安全の専門家によると、天然の一般食品に含まれる化学成分ほど、我々は意外にリスク評価ができておらず、リスクの大小がわかっていないことも多いのと比較して、食品添加物はリスク評価&リスク管理がバッチリできており、安全が保証できているとのことだ:

◎リスクアナリシスで考える食品添加物の安全性 (2018年1月22日)
 畝山智香子(国立医薬品食品衛生研究所 安全情報部長)
  http://www.nposfss.com/cat7/risk_analysis.html

 食品添加物が体によくないと思う理由として、「無添加食品と添加物を使った加工食品を比較すると、天然の無添加食品の方が安全だから」という消費者が多いのだが、食品添加物は安全性試験をクリアしてリスクが無視できるものしか認可されていないのに比べて、天然の食品は安全性の評価すらされておらず、相対的にみると天然物の健康リスクが大きいと食品安全の専門家は評価している。

 1980年代に遺伝毒性試験を開発したブルース・エイムズ博士によると発がん物質の99.9%は天然物だと指摘しており、食品安全の専門家にとっては、合成の食品添加物の方がむしろ安全性が高いとの評価のようだ。上述の畝山先生も、食品添加物は安全性に関しての「エリート」、天然の食品成分はほとんど安全性が評価されていないので、リスクがわかっていないものが多いとのこと。

 ある日SFSSに来られた方が、「海外で使用されていない一部の食品添加物を日本でも使用禁止にすべきだ」との主張をされたのだが、筆者は「あなたはお米を食べますか?」と質問して、「もちろん食べます」とのお答えに、「あなたが毎日食べているお米のリスクのほうが、ご指摘の食品添加物のリスクより大きいと思いますよ」との説明をしたことがある。まずは、われわれが日々、どれだけのリスクにさらされているのかを知ることが重要ということだ。

2.毒か安全かは量で決まる


 16世紀の医師パラケルススが『毒か安全かは量で決まる "The Dose Makes Poison"』という名言を残している。すなわち、「塩」や「水」でもたくさん摂りすぎると毒になるし、どんな化学物質も摂取量が少なければ毒になりえないということだ。食品添加物も使用基準の範囲内では、人体への悪影響が出ないような微量の摂取量は許容範囲のリスク=「安全」と考えてよいだろう。

 「食品添加物の中でも、一部「保存料」や「着色料」の中に健康によくないものがあるから使ってほしくない」というご意見もよくきくが、これらの食品添加物は国によって使用基準が決められており、体に影響が出ないような量しか使用できないルールになっている(ウィキペディア一日摂取許容量(ADI))。

◎消費者の誤解は量の概念の不足から(2018年7月27日)
  長村洋一(鈴鹿医療科学大学)
  http://www.nposfss.com/cat7/consumer.html

 なお、摂取量による毒性発現についてイメージしやすいQ&Aは、以下を参照されたい:

<ドクター>皆さん、風邪薬を飲むときに「1日1錠のみなさい」と用法用量がパッケージに書いてあるのに、10錠のみますか?

<消費者>いえいえ、絶対飲まないです。そんなに飲んだら危ないですよね?

<ドクター>ですよね?皆さん、風邪薬は効果が出る用量の10倍飲んだら副作用が出るってわかりますね?では食品添加物はどうでしょう。動物試験で生体に影響が出ないような摂取量を求めて、その100分の1以下の量しか加工食品に入れてはいけないルールなんです。副作用が出ると思いますか?

<消費者>なるほど、そんなに少量なら副作用が出ないのもわかります。食品添加物の使用基準は、そうやって安全性を担保しているんですね。

 いま現在の国内の加工食品市場において、食品添加物のリスク評価&リスク管理は十分維持されており、許容範囲の健康リスク=安全と食品安全の専門家たちは評価している。その意味で、食品添加物表示は、あくまで消費者の合理的選択のための「食の安心表示」と言ってよいだろう。ところが食品添加物の全成分表示が義務化されたことで、食品添加物があたかも健康リスクの高いハザードとの確証バイアスが市民の心理において助長され、食品事業者による「食品添加物不使用」の任意強調表示が市場にあふれることとなった。(「遺伝子組換えでない」も全く同じ構造だ・・)

 なので、本ガイドラインの公開をきっかけとして、いまこそ消費者市民と食品事業者がともに、上述のような食品添加物に関するリスク認知バイアスを補正して、リスクリテラシー向上につなげるチャンスととらえるべきではないか。その意味でも、消費者庁の「食品添加物の不使用表示に関するガイドライン案に対するパブコメ募集」に対して、関心のある方はご意見を投稿されてはどうだろうか?

 以上、今回のブログでは、消費者のリスク誤認を助長している食品添加物不使用表示の弊害について解説しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しており、どなたでもご参加いただけます(非会員は有料です)。

◎SFSS食のリスクコミュニケーション・フォーラム2021(4回シリーズ)
  ①ゲノム編集食品、②残留農薬、③学校給食、④惣菜の衛生管理
  開催速報(講演レジュメpdfあり)へのリンクをご参照のこと:
  http://www.nposfss.com/riscom2021/index.html

◎SFSS食の安全と安心フォーラム㉑ (7/11)
 『食物アレルギーのリスク低減を目指して』開催速報
  http://www.nposfss.com/cat9/sfss_forum21.html


【文責:山崎 毅 info@nposfss.com】

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