piece 2:一日は生きてみないとわからない
デイリータスクリスト
デイリータスクリストについて考えてみる。デイリータスクリストとは、要は今日一日のタスクを書き出したリストだ。
一日の始まりに、今日やるべきこと、やりたいことを書き出す。午後の打ち合わせのために準備しておくこと、今日マストで終えておかなければならない仕事、マストでないけれどできればやっておきたい仕事、あの人に連絡しておきたいこと、買っておくもの、などなど。場合によっては優先順位を示す番号をつけておいたり、重要度に応じてA、B、Cなどの記号をつけておくこともあるだろう。
こうしてリストができ上がる。今日やるべきことはすべてリストに書かれている。後は実行するだけだ。
たいていそうはいかない
でも、たいていそうはいかない。
実際に行動しようとすると、書いてあるタスクの通りに動けない。書いてあるタスクをやる気にならない。気持ちが乗らず先送りしてしまう。逆にあるタスクが乗ってくると、予定外のことまでやってしまう。そして何よりも割り込みタスクが次々に発生する。そしてリストは破綻する。
「デイリータスクリストあるある」だ。そしてこれはアウトラインを元に文章を書こうとしたときに発生する「アウトラインあるある」にそっくりだ。
一日は生きてみないとわからない
なぜか。もちろん、文章は書いてみないと分からないのと同様に、一日は生きてみないと分からないからだ。
デイリータスクリストを作ったとき前提にしていた状況認識や自己評価は誤っている(かもしれない)。状況は変化する(かもしれない)。自分自身の考えも変化する(かもしれない)。
しかもそれらの変化がタスクを実行した(しようとした)結果として起こることもあるのだ。
生きたタスクリスト
「デイリータスクリストあるある」が「アウトラインあるある」にそっくりだと言うならば、デイリータスクリストもまたアウトライナーの恩恵を受けられるはずだ。アウトライナーで文章を書くときのテクニックや考え方を応用し、アウトライナーで文章を書くようにデイリータスクリストを運用すること。
アウトライナーは、文章のアウトラインを「書く前に作るもの」から「書きながら作るもの」あるいは「書いてから作るもの」に変えた。同じように、デイリータスクリストを「(一日を)生きる前に作るもの」から「生きながら作るもの」あるいは「生きてから作るもの」にするのだ。
文章のアウトラインがアウトライナーによって「生きたアウトライン」になるのと同じように、デイリータスクリストはアウトライナーによって「生きたデイリータスクリスト」になる。
未来(ビジョン)と現実を同時に扱う
以下はこのNoteマガジン「Re:vision(仮)」Tak.担当分の初回分(piece 0)から今回分(piece 2)までアウトラインだ。
piece 0:デイリータスクリストとアウトライン
piece 1:文章は書いてみないとわからない
アウトライン
文章のアウトライン
たいていそうはいかない
文章は書いてみないとわからない
生きたアウトライン
マイナーなツール
アウトライン・プロセッシングの眼を通してデイリータスクリストを見る
piece 2:一日は生きてみないとわからない
デイリータスクリスト
たいていそうはいかない
一日は生きてみないとわからない
生きたタスクリスト
未来(ビジョン)と現実を同時に扱う
ところで、このアウトラインは事前に作ったものではない。ほぼ書き上がったとき、結果的にできていたアウトラインだ。書き始める前に作った仮アウトラインは以下のようなものだった(当初は一回分の記事として書き始めた)。
文章のアウトラインとデイリータスクリストは似ている
アウトラインとは何か
タスクリストとは何か
どこが似ているか
アウトライン・プロセッシングはデイリータスクリストに応用できる
実際に文章を書くことで、アウトラインが現実(書かれた文章)を吸収しながら変化してきたことがわかると思う。そして当初のアウトラインに肉付けするだけでは、書かれるべきことはまず書かれなかったであろうことも。
まずアウトラインを作る。そして実際に書かれたことに応じてアウトラインを更新していく。そのときアウトラインは未来(ビジョン)と現実を同時に扱っている。それは文章のアウトラインであろうとデイリータスクのアウトラインであろうと同じだ。
未来(現実)と現実を同時に扱うデイリータスクリストは、事前に書き出したタスクリストを実行しようと試み、挫折し、罪悪感を抱くことよりも、ずっと実用的でメンタルにやさしいものになるはずだ。