さよならマーメイド 〜フェニックスと魚谷侑未(と僕)〜
2020年6月23日深夜。Mリーグ2019ファイナルシリーズ最終戦南4局、最終ツモ番のサクラナイツ沢崎が7萬を切った瞬間、魚谷のMリーグ2019は終わった。もちろん誰にとっても終わりであったが、魚谷にとっては違う意味の終わりだったに違いない。
セガサミーフェニックス魚谷侑未。日本プロ麻雀連盟所属。“最速マーメイド”の異名をとり、女流桜花、モンド王座等、数々のタイトルを持つ女流雀士。Mリーグ2019シーズンは二つの個人タイトルを獲り、ファイナルシリーズまでチームを引っ張り続けた最強の雀士は、あと一歩、あと一牌のところでチームを優勝に導くことができなかった。彼女の一万分の一にも満たないかもしれないが僕は悔しかった。悲しかった。ここまで頑張って文句なしの結果を残した彼女に、麻雀の神様はなぜ勝利を与えなかったのか。
きっかけ
学生時代にヘボ麻雀を少し打っただけで、30年以上「マ」の字も興味を示さなかった僕がいつの間にか魚谷という雀士を熱く応援していた。はじまりはAbemaTVで麻雀チャンネルを見つけたことから。RTDリーグや過去の対局動画を暇なときに観るようになり、そのうち「Mリーグ」なるプロリーグが発足されたことを知る。ドラフトで選ばれた選手の半分も私は知らなかったと思うが、その中で茅森早香のいる「セガサミーフェニックス」を応援しようと決めた。茅森は“天才”と呼ばれるその打ちっぷりが気になっていた選手だ。対して魚谷のことを、このときの僕はちょっと地味な感じの女流雀士の一人としてしか見ていなかった。
2018シーズン
魚谷の初戦ラスにより最下位でスタートしたチームは、一時は3位まで上がったものの5位前後を行ったり来たりして最後は6位でレギュラーシーズンを終えた。魚谷・茅森の二人は実力を発揮することができず、個人5位と健闘した近藤誠一に頼る形になったが、やはり近藤一人の力では及ばなかった。魚谷はMリーグの外では11月に王位戦で勝利してこの年の三冠を達成するなど強さを示した。これで勢いに乗るかとも思われたが、所属する連盟と違うMリーグルールに適応できていないせいか低迷が続き、個人18位という不名誉な結果となった。
(2018年12月20日。近藤の「あああぁぁぁ」と「カッ!」)
2019ドラフト
7月にドラフト会議が行われ、1チームが加わり新たに8人のMリーガーが誕生した。今シーズンから男女混成が義務付けられ、咋シーズン男性プレーヤー3人だったチームは女性の指名が必須となった。フェニックスは既に2人の女性プレーヤーがいたのだが、なんと更にもう一人の和久津晶を獲った。聞く所によると魚谷の希望だったらしい。
この時点で僕の興味は茅森から魚谷に移っていた。本来の実力やプロとしての振る舞いや麻雀に向き合う姿勢を知るにつれ彼女に惹かれていったのだろう。
2019レギュラーシーズン
新しいシーズンは魚谷のトップで始まった。茅森2着、近藤トップと続き、幸先の良いスタートとなった。そしてしばらくはチームポイントがプラスとマイナスを行ったり来たりする状況が続いた。12月に入ると今ひとつの成績で一時は最下位に沈んだ。
シーズン当初から苦しんでいたのが和久津だ。大きなラスが続きトップも遠い。僕は「これはダメかな。規定回数だけ出して後は使わないという可能性もあるかな」なんてことも考えた。
年内最後の12月20日。第1試合は茅森がトップを取った。そして第2試合、監督高畑は和久津を送り出し、“アマゾネス”はその期待に応え9戦目にして初めてトップを勝ち取った。
ここから不死鳥が大きく羽ばたく。翌年、フェニックス初戦の1月7日は和久津がまたもやトップ、近藤もそれに続く。1月10日は魚谷トップでチーム5連勝。そこから魚谷は連対記録を伸ばしていく。
2月25日、シーズンを代表するようなドラマが起きる。この日最後の南4局、チーム雷電の黒沢が四暗刻単騎を上がって大逆転。これは順位をコントロールするために敢えて放銃を覚悟して西を切ったサクラナイツ内川の評価を上げることにもなる。
女流最初の役満は魚谷に上がって欲しいと僕は思っていた。もちろん魚谷もそう考えていただろう。黒沢の役満で魚谷は何を思ったか。おそらく「私もやってやる」と思ったのではないか。しかし、役満なんて狙って上がれるものでもない。
ところが魚谷はやってのけた。翌試合日の2月27日第1試合。開始早々、魚谷に国士無双の手が入り、あっさりと1索をツモって上がる。選択の余地がなく誰がそこに座っても上がれるような配牌とツモだったが、狙わずとも上がってしまうのも魚谷の力なのかもしれない。この後も上がりを重ね、94,400ポイントのシーズン最高スコアを叩き出す。
3月3日第1試合、魚谷は3着に沈み、連続連対記録は10でストップする。そして連闘の第2試合、二度目の役満、四暗刻を上がる。他家の鳴きや上がり逃しも含めいくつもの決断が重なって達成できた上がりで、彼女にとって国士のときよりも感慨深かったようだ。この試合でトップに立った魚谷はチームメイトの援護もあり、ドリブンズ村上を抑えて総合個人スコア1位でMVPを獲得する。
チームは495.5ポイントのダントツでレギュラーシーズンを終えた。フェニックスの強みは近藤・魚谷の二枚看板を擁していたことだろう。もちろん擁しているだけでは駄目で、看板倒れにならない結果が伴わなければならない。魚谷は看板以上の働きをし、その看板の価値を高めたと言えるのではないだろうか。
2019セミファイナル
セミファイナルはフェニックスにとって決していい出来ではなかった。トップは16試合中、近藤・魚谷の各1回のみ、増減を繰り返しながら貯金をやや減らし、サクラナイツに首位の座を明け渡して終了した。チーム全体としてあまり勝負を仕掛けない戦いぶりは見ていて面白いものではなかった。
ファイナル1日目
コロナ禍で開催が延び延びになっていたファイナルシリーズは6月15日に再開された。第1試合はパイレーツ小林が大きなトップ。フェニックスは茅森を投入したが、健闘虚しくオーラスでABEMAS多井に捲られて3着に沈む。続く第2試合は魚谷が逃げ切りトップでMVPの強さを示した。
ファイナル2日目
第1試合、ABEMAS日向が近藤と僅差のトップで迎えた南4局。パイレーツ瑞原が四暗刻をダマでテンパイし、直後に近藤が当たり牌の1索をツモる。攻めていた近藤の倍満放銃かと誰もが思ったが、近藤はこれを回避。結果、瑞原が日向に放銃し、その後、日向が逃げ切った。続く第2試合は魚谷が大差でトップを取り、二連勝を飾る。
ファイナル3日目
第1試合。レギュラーシーズン終わりから連敗が続いていたパイレーツ朝倉が大三元を決め、大きなポイントでトップ。朝倉トップのまま迎えたオーラス、ABEMAS多井からリーチが入る。多井と3位4位争いをしていた近藤は最低限テンパイを取る必要があった。そのために放銃覚悟で打った牌は多井の当たり牌。近藤はハコ下の4着に沈む。
第2試合は和久津がなんとかトップを守り切り、近藤の尻拭いをする形になった。
ファイナル4日目
4日目は魚谷が連闘。第1試合はパイレーツ瑞原がトップ。第2試合、ABEMAS松本が南1局の親番でハコ下からの大逆転。逃げ切られた魚谷はトップは取れなかったものの、2着2着の4連対でチーム首位キープに貢献した。
ファイナル5日目
残る4試合で誰をどの順番で起用するのかが注目される中、フェニックスは第1試合でまた魚谷を起用した。これには賛否あったようだが、魚谷の心は乱れない。
しかし、ABEMAS多井が強かった。いきなり親を連荘し、東2局までに6万点以上を積み上げる。多井への放銃などでラスに沈んでいた魚谷は東3局で親萬を上がって2着に浮上、更に上がりを重ねて多井を射程圏内に捉える。だが、パイレーツ石橋も強かった。魚谷への跳満直撃、更に親番のオーラスで6順目に12,000点のダマテンが入る。魚谷は浮いた当たり牌をツモるが危険を察知したか放銃回避。その後サクラナイツ岡田が放銃し、石橋は2着に浮上、順位を保って終了する。
第2試合。3着の魚谷の後に起用されたのは、レギュラーシーズンから苦しんできた茅森だった。いきなり多井に跳満を放銃したが、満貫級の上がりを3回決め、トップでオーラス迎える。2着の多井とは約1万点の差。オーラスでの大逆転を何度も決めている多井を調子付かせたくはない。ラスの朝倉からリーチが掛かるが、多井が強気で押す。茅森の手番、手牌には3萬がある。これは多井の現物であり朝倉に当たりそうな牌。長考の末に打った3萬は朝倉への満貫の放銃となり、茅森はトップを守り切った。フェニックスはABEMASにおよそ80ポイントの差を付けて最終日を迎えることになった。
ファイナル最終日
第1試合に起用されたのは近藤だった。気合を入れて控室を出る姿、入場口でスタンバイしている姿、入場シーンが映し出されたが、少し硬さが感じられる。試合は石橋が上がりを重ねる中、近藤がダマテンへの放銃を繰り返し、パイレーツ石橋1着、ABEMAS白鳥3着、フェニックス近藤4着という持ち点とは逆の順位となる。トータルスコアは1位パイレーツ、8ポイント差で2位フェニックス、トップと55.6ポイント差で3位ABEMAS。言ってみれば優勝するには点差など考えずにトップを目指せばいいという状態である。
そして迎えた最終戦。フェニックスは当然のように魚谷を送り込む。第1試合前から魚谷は「近藤がどんな結果で戻ってきても自分が絶対にトップを取ってやる」と覚悟を決めていたという。これを、近藤にプレッシャーをかけないためと解釈することもできる。しかし、魚谷は近藤の調子を考えると勝てない可能性が高いと踏んでいたのではないかと僕は思っている。近藤の強さ、凄さは誰もが知るところである。けれどもシーズンを通した成績を見ると長い不調の真っ只中だったとは言えないだろうか。2月後半からポイントが下がり続け、ドリブンズ村上に抜かれ、魚谷にも抜かれた。セミファイナルも悪くはない数字は残しているが、凄みや怖さは感じられなかった。魚谷・茅森・和久津の活躍を願い、自分のツキやエネルギーを彼女等に注ぎ込んだのだろうか。そんなことができるならそれはそれで凄い。
とにかく魚谷は勝利を信じて戦った。他のチームが決戦に送り込んだのは、バイレーツ小林、ABEMAS多井、サクラナイツ沢崎。試合は東1局から火花を散らす戦いになる。多井が早い巡目で14索待ちのダマテン。すぐに沢崎が4索を打つも多井は上がらない。直後に魚谷から出た4索を多井は狙い撃ちで仕留めて3900。「そこまでやるか多井」と、魚谷も小林も警戒心を強めたのではないか。魚谷もやり返す。1300・2600のツモ上がりで親を迎えると7順目にダブ東・三暗刻・赤の聴牌が入り、これをダマで構える。そこへ沢崎がリーチ。多井は沢崎の手が高いと踏んだのか現物の4筒を切るが、これは魚谷の当たり牌。魚谷は多井からの直撃の12,000点を上がり、小林をも大きく引き離してトップに立った。
小林の上がりが続いて8000点差に詰められた南1局。魚谷は早々に8萬をポンしてタンヤオ狙いの二向聴、8順目に4筒と7索のシャンポン待ち聴牌し、ツモ切りが続いた15巡目にドラの南を引く。河には一枚も切られていない。魚谷が迷わず切った南は小林のダマ七対子の当たり牌。痛恨の満貫放銃で小林に逆転を許す。
小林が多井から2600点を上がった後の南3局、魚谷の親番。なんとしても上がりたい、連荘したい、最低でもテンパイ流局にしたい局面。なかなか手が進まず形式テンパイ狙いのポンも入れ、上家の多井も鳴かせようと苦慮しているようにも見えたが、ノーテンで親が流れる。
この試合の魚谷のメンタルは物凄いものがあった。興奮でぶっ倒れそうだった村上と、プレッシャーで泣き出しそうだった丸山と、四暗刻を上がったときの自身とをぜんぶ掛け合わせたような激しさだった。スピードあり、打点あり、守備力あり、押し引きの判断良しと4拍子揃っているところが強みではあるが、気持ちで負けない事こそ大事だと彼女は思わせてくれる。
オーラスは、跳満ツモか小林からの満貫直撃以上が優勝の条件となった。魚谷の手は、3対子、3塔子うち1つは赤含みのまずまずの配牌で、第1ツモで役牌の南が暗刻になる。そして發を連続で引き、更に順子が出来る。そして6巡目に引いた3索が暗刻になり、早くも2筒と發のシャンポン待ちテンパイ。河には1枚もない。ダマでも發をツモれば跳満、リーチを掛ければ2筒ツモでも小林からの發直撃でもいい。リーチ出上がり裏期待も可能性として無くはない。長考の末、魚谷はリーチを掛けた。小林は手が進んでいないが攻める必要もない。振り込まずツモられずに逃げ切れば優勝である。しかし安牌は少ない。そして手には發が1枚。現物、スジ、中の対子落としで凌ぐ。魚谷が6索を切る。小林が最後の發を引く。対子になったことにより中を対子で落としたのと同じ理由で發が切られるのは時間の問題かもしれない。いま魚谷から切られた6索で凌げたのは不幸中の幸いか。そんな小林の事情を知らない魚谷はひたすら發と2筒を願ってツモる。その間に小林の安牌は増えていく。15巡目に多井が最後の2筒をツモり、山には魚谷の必要とする牌は無くなった。安牌の足りている小林から發が出ることはないだろう。最後に5索をツモったとき、おそらく魚谷は負けを覚悟したに違いない。小林が手出しで東を切る。南家の沢崎が最後に7萬を切って、2019シーズンすべての勝負が終わった。最後に笑ったのは小林だった。ロボ船長が本当にニコリと笑ったのだ。
さらならマーメイド
魚谷は強かった。「麻雀に男女の差は無いことを証明したい」と言ってきた魚谷。MリーグでMVPを獲ったことによりそれを証明できたのだろうか。魚谷自身はそう思えたのだろうか。僕はもう充分だと思っている。少なくとも魚谷は誰よりも強かった。ファイナルシリーズは魚谷以外の女流プロも強かった。多井が自身のYouTubeチャンネルで語ったことがある。「男女差なんかないんだと言わなくなったときにアイツはNo.1になる。気にしなくなったときにすべてから解放されてすべての力を発揮できる」。ファイナルシリーズの戦いを観ながら、その時は来ていたんだと僕は思った。“最速マーメイド”なんていうキャッチコピーはもういらない。“魚谷侑未”そのものをキャッチコピーとして彼女は堂々と歩き始めている。
Mリーグを2シーズン観てきて僕は本当に楽しかった。観ているだけで愉しめる麻雀の素晴らしさを知った。しかし僕にとって麻雀はまったく必要のないものである。大事な時間を割いてまで観るものではない。もうこの辺にしようと思う。魚谷侑未が麻雀にすべてを注いで戦っているように、僕は僕がやるべきことをやらなければならない。この記事が締め括りである。
さよならMリーグ。さよならフェニックス。さよならマーメイド。
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