1‐5 前頭前野と運動イメージ
人間の「意図的な運動」、つまりそれをやろうとして遂行される運動は、前頭葉のいちばん前にある前頭前野で生じると考えられています。前頭前野は、人間が人間らしくある活動を担っていて、眉間の後ろ、いわゆる〝サードアイ〟と呼ばれる場所に一致するのも面白いところです。
前頭前野は、何かを考える、アイディアを出す、感情をコントロールする、状況や条件から判断をする、基本を何かに応用するなどの高度な知的活動が行われていて、司令塔の中の司令塔、あるいはコンピューターの中のコンピューターとも形容されるエリアです。
ですから、文化、哲学、宗教、芸術、学問、集合知、テクノロジーなども、人間の賢さが集約された前頭前野ならではの産物といってもいいでしょう。
国立研究開発法人理化学研究所によれば、前頭前野が大脳に占める割合は、ネコ3・5%、イヌ7%、サル11・5%、チンパンジー17%であり、私たち人間は29%。他の霊長類に比べて我々人間の額が広く、前に突出しているのは前頭前野が大きく発達しているからです。(私の前髪の生え際が若い時より若干後退しているからではありません)
前頭前野は、身体の内外、脳の各エリアから情報を集積し、それらの情報を元に「今からこんな運動をする」という運動イメージをつくります。運動イメージは、一般には「心的にある動きを想像すること」と説明されます。
前頭前野で想起された運動イメージは、そのうしろに位置している高次運動野という部位に伝達されます。高次運動野は、運動の組み合わせ、選択、調整などを行っていると考えられており、その情報は高次運動野のさらに後ろにある一次運動野に到達します。この一連の過程で、大脳基底核や小脳と連絡しあいながら、運動をスムーズにしたり、制御したり、ブレーキをかけたりといった「運動の最適化」がなされます。
大脳基底核は、姿勢の保持や調整、筋緊張のコントロール、運動のオン・オフ、表情の調整、直感の具現化などに関与しています。「背筋を伸ばした状態をキープする」「潜在意識下で危険や利益を計算して行動を決める」「次に行う運動の候補を絞り込む」などに関与しています。
例えばフォーマルなレストランでステーキを食べる時、「ナイフとフォークを操る動き」と「ダーツを投げる時の動き」が同時に出現してしまうと困るわけですが、大脳基底核には、「意図しない運動」を抑制する働きもあります。他にも、流れるようなスムーズな動きを実現したり、状況に合わせて運動を適正化したりしています。
小脳は大脳の後方にあり、大脳の10分の1ほどの体積ですが、実は大脳よりも神経細胞の数は圧倒的に多く、一千億個ほどの神経細胞(ニューロン)が存在すると言われます。
小脳では平衡や姿勢を保つ筋出力を調整して、運動を制御したり、視覚や触覚、深部感覚などの感覚情報を運動の指令と統合して、脳の指令どおりに身体が動いているかの確認や修正を行ったりしています。いわゆる「身体で覚える」運動能力に関わる部位で、意識を潜在化したまま運動を学習する機能もあります。
このような特徴をもった大脳基底核や小脳での「運動の最適化」を経て、運動の情報は一次運動野に到達します。
一次運動野は運動イメージを基に出来上がった運動の計画を最終的な電気信号に変換する場所です。電気信号は、一次運動野から脊髄、運動ニューロンを通じて筋肉に伝達され「今から遂行しようとする運動に必要な筋肉群」が収縮し、目的動作が遂行される。これが運動が生じるシステムだと考えられています。
専門用語がたくさん出てきて恐縮ですが、思いっ切りシンプルに表すならば、随意的な運動とは「前頭前野で想起された運動イメージを、筋肉(随意筋群)が具現化するプロセス」といえるでしょう。
「可能性にアクセスするパフォーマンス医学(星海社)」より
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