筑波大学男子ハンドボール部で学んだこと
はじめに
2021年11月をもって5年以上サポートしていた筑波大学男子ハンドボール部を離れることになりました。
「筑波大学は恵まれすぎている」
「こんなに良い人材をウチだけで抱えておくのはもったいない」
「スタッフもキャリアアップをしなければいけない」
こんなことを藤本先生(筑波大学男子ハンド部監督)、福田丈さん(現アランマーレ富山ヘッドコーチ)、そして私で話している時によく藤本先生が口にしていたこともあり、私が今年でチームを離れることは実は2020年12月から決まっていました。
このことから2021年は私にとって、筑波大学男子ハンドボール部の一員として活動する最後の年になりましたが、活動していく中で、
私が筑波大学男子ハンドボール部での5年間を何とか残せないか?
学んだことを伝える方法はないか?
そう考えた結果、今回このように最後に文章という形で残すことに決めました。
長くなるかもしれませんが、ぜひ読んでくださいますと幸いです。
なぜ筑波大学男子ハンド部に関わることになったか?
まず、なぜ私がこのチームに関わることになったのかをお話ししたいと思います。
結論から言うと、単なる『成り行きと偶然』です。
大層な理由を期待していた方々、大変申し訳ございません(笑)
しかし、意外と物事の始まりは得てしてそんなものだと思います。
私は愛知県の中京大学を卒業しており、大学4年時にハンドボール部にトレーナーとして関わっていました。
筑波大学大学院に入学することになっていた私を、中京大学ハンドボール部監督の船木先生(筑波大学OB)が、藤本先生にご紹介してくださり、筑波大男子ハンド部に関わることになりました。
筑波大学男子ハンド部で最初に手をつけたこと
チームに関わることになった私は当初、全国的に強いチームだからどんどんケアなどのサポートを献身的にしなきゃいけないんだろうな…なんて思っていたのですが、初めて藤本先生とお話しした時に驚愕の言葉が。
「テーピング屋さんやマッサージ屋さんになってほしくない」
「選手を教育してほしい」
これを聞いた瞬間に私の中で何かスイッチが入り、
「あ。このチームでちゃんとトレーナーやりたい。」
と思うようになりました。
それと同時に、「全国的な強豪校である筑波大学でまさか自分が選手に教育することがあるなんて…」と感じたのも覚えています。
しかし、当時の怪我に関してのチームの状況は良くなく、
トレーナー目線で見ると、「防げる怪我の多いチーム」でした。
これは飽くまでトレーナーである私の目線から言えることで、周りや選手から見ればそう感じない人もいたかと思いますが、実は皆さんがイメージしているウエイトをゴリゴリにやって、フィジカルが強い筑波大学は、ほんの数年前までは怪我人が多かったんです。
リーグ戦をこなしていくに連れて、主力選手がどんどん怪我で離脱していき、インカレにたどり着く頃には満身創痍で連戦を戦うのがやっと…なんて状況が毎年のように見られました。
特に多かったのが、肩(インピンジメント)・腰痛・膝(ジャンパー膝)などの怪我。
これを減らすことが早急の課題であり、私の最初のトレーナーとしてのモチベーションだったと思います。
筑波大学男子ハンド部で気をつけていたこと
「防げる怪我」を減らすために私が気をつけていたことがあります。
それは、『トレーナーがやりすぎないこと』です。
やっぱりトレーナーをやっている限りは、選手の要望に応えてあげたいし、それによって信頼を得られると、アスレティックトレーナーの資格をとったばかりの2016年当時の私は思っていました。
しかし、よくよく考えると、私たちトレーナーが関われるのは1日の中で精々が1〜2時間。それ以外の時間は選手個人の管理に委ねられます。
このことから、選手たちが自分の身体について理解して、日頃から自身で気をつけないとチーム全体のコンディショニングは向上しないのでは?という考えにシフトチェンジしていきました。
この考えを持ってからは、選手にまず自分の身体を知ってもらい、その上で指導するエクササイズやセルフケアなどの重要性を理解してもらうことに注力しました。
そのため、「ここが痛いんですけどマッサージしてください」とだけ言う選手に対しては、「そうなった原因を考えて、ある程度自分でケアをしてから来なさい」と突き返すこともありました。
そうです。トレーナーとしては、完全に職務放棄です(笑)
しかし、これを繰り返すことで、
最初は「横川さんに怒られるからやろう」
というレベルだったコンディショニングに対しての考え方が、
やりだしてみると、「あれ?これ自分に必要なんじゃね?」
という感覚に変わり、やがて自分の身体が変化していくのがわかってくる。
そうすることで、年々、選手たちの間でコンディショニングについての会話が少しずつ聞こえてくるようになりました。
今でも、まだ私に突き返されている下級生が何人かいます(笑)
しかし3年生以上になってくると徐々に自身の身体を理解し、ルーティーン化した個人アップメニューを持っている選手もいたり、自分の身体作りの中で湧き出た疑問を論理的に質問できる選手がかなり多くなりました。
このような状況を見ながら、自分の取ってきたスタンスも間違いではなかったのかな…と日々思ったりしながら最近まで活動していました。
筑波大学男子ハンド部の凄いところ
一言で表すと、【育成力】これに尽きます。
これは選手・スタッフ問わずなのですが、自分も含めてチームに関わる全ての方が成長できる環境が筑波大学男子ハンドボール部にはあります。
この環境ができる要因としては
「スタッフの多さ」
「専門性に特化した役割分担」
「組織内でのコミュニケーションの多さ」による所が大きいと思います。
こちらは今年度の始めに共有されたチーム内の組織図です(年度始めのものなのでいくつか変更された箇所はありますが…)。
見ての通り、スタッフが非常に多く、監督・コーチだけでも6名、トレーナーに至ってはケアスタッフを含めると8名もいます。
単純に比率にして、選手2名に対してスタッフが1名いるというとんでもなく恵まれた環境です。
トレーナーの中でも、私のようなアスレティックトレーナーの他に理学療法士の方や、ストレングスコーチなど、様々な専門家が多く在籍しており、この中で、選手たちは日々の練習で出てくる疑問を、それぞれのスタッフに聞くことができます。
また選手自身も全員部局についており、各部局ごとに専門性の高い仕事を日々こなしています。
ちなみに皆さんも観たことがあるであろうYoutubeは広報局の仕事になり、選手たちが企画・撮影・編集まで全て行っています(今年度の途中から、広報担当の学生スタッフが3名入ってくれたので更にパワーアップされていくと思います)。まだ観たことがないという方はぜひ観てみてください。
選手は、部局の仕事を行うことで、ハンドボールをやり切った後に、自分に何ができるのか?というセカンドキャリアを考えるきっかけにもなりますし、実際に似たような職業に進む選手も過去にたくさんいました。
では、このように恵まれたスタッフ陣がいて、部局に分かれて専門性の高い仕事をこなしていく中で気になるのは、どうやって意思を統一しているのか?
それはチームのビジョンである、
【学生ハンドボール界が目指したくなるチーム】を全員が念頭において活動しているからです。
そのためスタッフ間や選手間、チーム全体での話し合いが本当に頻繁に行われています。
シーズン中には週に1回全体ミーティングがあり、全体ミーティング前には必ずと言っていいほどスタッフだけで集まって、スタッフ内での意思統一をしてから選手との意見をすり合わせます。
更に普段の練習中からスタッフと選手は話しており、
「選手がどういう考えを持っているか?」
「どんなことをやりたいのか?」を毎日のように話し合い続けています。
この話し合いの多さが、スタッフの多さ以上にミソであり、筑波大学男子ハンドボール部の組織力の高さを物語っていると感じています。
ヘッドトレーナーになってからの変化
こんな素晴らしい組織の中で2018年からは、ありがたいことにヘッドトレーナーとしてチームをサポートしてきました。
2018年シーズン始めに藤本先生から、ヘッドトレーナーとしてメディカル・ストレングスを含めたトレーナー陣を統括してほしいと言われ、現在までこの役割を勤めてきました。
先程の組織図のような大きな組織の中で、自分のような人間が果たして統括などできるのだろうか?と不安を抱えながらも、多くの方に支えられ、2018年シーズンは何とか終えました。
ただそこに達成感などはあまり無く、反省することの方が多かったです。
特にその年のインカレは、コンディショニング面で自分の中で納得できる範囲でサポートできなかった部分が多く、敗退してしまった早稲田戦では、悲しんでいる選手の隣で号泣しながらアイシングを作っていたのを覚えています。
今思えば、この年は選手に教育をするということに重きを置きすぎており、『怪我人が出てもインカレに間に合わせれば大丈夫』『ハンドボールという競技の特性上、怪我人が出るのは仕方がない』という考えがありました。
その結果、怪我人が間に合っても、チームに合わせることができず、ゲームに臨むという意味では万全でない状況が出来上がりました。
つまり、『間に合う』だけでは意味がなく、『チームにフィットさせる』所まで持っていく必要があるとこの時点でようやく気づきました。
この翌年の2019年からスタッフの方々と更に連携を取るようになりました。
ポイントは、『如何にして怪我を未然に防ぐか?』
『怪我人をインカレに間に合わせる』というスタンスだったのを、
『そもそも怪我人を出さないようにする』というスタンスに変えました。
ハンドボールに携わっている方ならご理解いただけると思いますが、ハンドボール競技において怪我人を出さないようにするというのはなかなかに厳しいスタンスだと思います。
このスタンスを実行するためには、『怪我をしそうな選手を事前に交代させる』ということが必要でした。これは藤本先生と、当時のヘッドコーチである福田さんとかなり話して決めていたことです。
選手が出たいような素振りを見せても決して無理はさせず、不完全燃焼でも疲労などで動きが少しでもおかしいと感じた場合は、すぐに交代させる。
これを徹底して行いました。
結果は、春リーグの怪我による離脱者はゼロ。
同年のインカレは筑波大学として実に14年ぶりとなる優勝を達成することができました。
ここから、離脱者が少ないことが、チームの状態を崩さずに成長させられる要因なのだと気づき、ヘッドトレーナーとして、予防に重点を置いた指導と試合中の選手の動作観察およびコンディショニング管理が私のベンチでの仕事になっていきました。
筑波大学男子ハンドボール部で学んだこと
前置きが長くなりましたが(笑)
私がこの5年間で最も学んだこと。
それは、
【考える選手ほど成長する】
【その考える環境は選手自身が作る”だけ”ではない】
ということです。
当たり前じゃないか!と思う方も多いかもしれません。
しかしこれは言葉通りの意味ではなく、もう少し含みがあります。
そもそも選手が考えるためには何が必要なのか?
物事を考えるにはそれに対しての最低限の『知識』が必要になります。
そしてその知識を広げて、思考するための『理解』が必要になります。
そしてその発想を実現・実行させるための『身体』が必要になります。
この内、1つでも欠けてしまうと競技スポーツにおいて【考える】ことは非常に難しくなると感じています。
多くの場合は、
「よく考えろ!!」「頭を使え!!」
この辺の言葉だけで片付けてしまい、考えることを選手に丸投げしてしまいがちです。
しかし、この部で活動していく中で見えてきたことは、
選手をよく観察し、
それに合った環境を整えて、
知識や発想を共有すると、
選手たちは本当にもの凄い速度で成長していくということです。
これが見えるようになってからは、自分のアスレティックトレーナーとしての仕事ぶりや、その向き合い方が、かなり変化しました。
「選手の要望にただ応えてあげるだけ」より、「選手が考えられる環境を作る」方が遥かに難しく、時間のかかるアプローチです。
しかし、選手のためを思うなら、選手の今後を考えるなら、後者のアプローチの方がよっぽど重要だとこの部での活動を通して気づきました。
私自身が、この部をサポートして1年ほどして、立てたある目標があります。
【このチームを出ていく頃には自分が何もしなくても良い状態を作る】
【自分と選手が同じ視点で身体のことについて話せるようになる】
既に私はチームを離れています。
上記の目標が完璧に達成できたとは思いませんが、
この目標を達成するための根っこの部分はチームの中にある程度の文化として残せているとは思います。
これが自分が筑波大学男子ハンドボール部で学んだことであり、
このチームに残せたものなのではないかと思っています。
指導者の方々に伝えたいこと
昨今、SNSの発展が目覚ましく、情報を得ることが簡単にできてしまうこの時代。
選手たちは、自身の指導者と周りの指導者との比較が簡単にできてしまいます。
これにより、近年の選手たちは指導者を非常にクレバーな目で、よく見ているなと感じることが多々あります。
選手を指導する側の人間からすれば、当たり前のように選手よりその競技の知識を持っていると思いがちですが、実際は違うと思います。
自分たちが知っている知識も、実は古いものであり、考え方なんかはもっと古いものなのかもしれません。
この疑念を持つことが、選手の信頼を勝ち得る第一歩だと私は感じていますし、この疑念を持ち続けるには、「常に外の情報にアンテナを張る必要」があります。
藤本先生は、よくハンドボールの投げ方や、動作について、私に質問してくださいます。
そしてこんな若造が偉そうに言うことに対して、
「なるほどねぇ」「その発想はなかった!」などの言葉を発します。
藤本先生の、コーチング以外のいろんな分野から本気で学ぼうとする姿勢を見て、私自身も学ばせていただいていましたし、今後もそんな指導者であり続けたいです。
普段、ハンドボールを指導している皆様も、自身のチームという閉鎖した空間に留まらず、どんどん分野の外から学んでいく姿勢を持っていれば、今後のハンドボール界がより楽しく、発展するのではないかと思います。
さいごに
以上、長くなってしまいましたが、私が筑波大学男子ハンドボール部で活動していく中で感じていたことのほんの一部を書きました。
本当はまだまだ書きたいことがたくさんあります。
しかし、全部書くのは逆に野暮な気もするので、この辺に留めておきます(笑)
今後の活動については、また追って、皆様にお伝えできればと思います。
筑波大学男子ハンドボール部に来てからこれまで関わった皆様、本当にありがとうございました。
このチームでの活動は間違いなく、私の今後のトレーナー生活に活きてくると思います。
また普段から筑波大学男子ハンドボール部を応援してくださっている皆様、いつも応援ありがとうございます。
皆様の応援は確実に選手の耳に届いていますし、選手の普段の活動の後押しになっています。
ぜひ今後とも筑波大学男子ハンドボール部の応援をよろしくお願いします!
以上、長い文章になりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
これからも少しでも皆様の活動の参考になるような情報発信をしていけるように精進していきます!
横川 卓也