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なぜ携帯大手3社は格安プランを出すことが出来たのか、診断士の知識を使って理解する

昨年来、政権からの携帯電話会社への要望などの動きがあった結果、とうとう携帯大手3社から格安プランが販売されました。

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ここで皆さん疑問に思わないでしょうか。なぜ、携帯大手はいきなり格安プランを出すことが出来たのでしょう?

それは、携帯電話会社には、事業の利潤をシンプルに計算する仕組みがもともと備わっていたこと大きな要因の一つだと考えます。
今回のブログでは、この仕組みを診断士の知識を使ってひもといていきたいと思います。

なお、診断士の知識といっても、マーケティング等ではなく、財務・会計の知識になります。

携帯大手は元々MVNO向けに回線を卸す仕組みがある

皆さんの中にはMVNOという言葉をご存じの方もいらっしゃると思います。これは「格安スマホ」「格安SIM」などとも呼ばれるサービスを提供している事業者です。MVNOは、携帯電話会社から回線の卸提供を受け、一般顧客に販売します。

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なぜ携帯電話会社はわざわざライバルを増やすことをするのでしょうか。これは親切心ではなく、卸すことが義務になっているからです。「電気通信事業法」という法律で決まっています。NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社はこの法律に従う必要があります。
さらに、卸値に関しても「適正な原価に適正な利潤を加えたもの」と決まっています。儲けすぎてはいけないわけです。
原価については、携帯電話会社はきちんと計算して公開していますのでその値を「適正な原価」として使います。
では「適正な利潤」とは何なのでしょうか。

利潤計算の仕組み

それでは実際の利潤の計算方法を見てみましょう。このあたりから診断士試験で学んだ知識が必要になります。
参考にした資料はこちらです(総務省 モバイル接続料の自己資本利益率の算定に関するワーキングチーム資料)
基本的に利潤は、もし回線設備を他社に貸し出さずに、自社で使った場合にどのくらいの利潤をあげるのか、という観点で計算します。
言い換えると「機会損失」がどのくらいになるかの計算ですね。
具体的には、MVNOに貸し出す部分の資産を抽出し、その資産が生み出すであろう利潤を計算します。
MVNOに貸し出す資産には、ドコモショップなど回線以外の資産などは含みません。

資産が生み出す利潤は、次の考え方で計算します。
 ・借入金で調達した分=利子分
 ・自己資金で調達した分=ROE×純資産

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つまり、借入金による調達分については、利子率くらい負担してください、自己資本による調達分については、ROEくらい負担してください、というスタンスですね。
なお、ROEは税引後の値なので、税引前に戻します。自己資本による利益等に税額をかけて、税引前に戻しています。

ROEの計算

ROEは皆さん大好きCAPMで計算します。

  ROE=リスクフリーレート+ β × 市場リスクプレミアム

リスクフリーレートと市場リスクプレミアムは固定値で、総務省から発行されている「MVNOガイドライン」で決められています。具体的にはリスクフリーレートは長期国債の利子率から、市場リスクプレミアムは日本市場における長期投資用の値を各社共通で用いています。

次にβです。よく診断士試験ではβは与えられますが、ここではガチンコで計算する必要があります。βを変えるとROEが変わりますので慎重に考えたいところです。βは携帯電話会社ごとに計算します。

具体的には、市場が変動したときの、個別会社の株価の感応度を計算します。ドコモの場合は、横軸にTOPIXの変動率、縦軸にそのときのドコモ株価の変動率を取り、回帰直線の傾きをβとします。

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βをどのように計算するかはいろいろ議論されていますので興味がある方はこちらをご覧ください。
モバイル接続料の自己資本利益率の算定に関するワーキングチーム

このようにして、かなり厳密に卸値段を決めています。

携帯大手が格安メニューを出すには

携帯電話会社が自社でMVNOのような構成でサービスを提供するなら、格安メニューが出せるのも道理です。
卸価格はドコモショップなどの資産は使わない計算です。ahamoなどがネット専売になっているのはこういう理由ですね。
しかし厳密には、既存事業の資産を全く使わずにahamoなどの獲得活動をしているわけでは無いと思いますので、MVNO向けの卸単価より多少高くなりサービス価格も高くなるはずですが、実際にはかなり攻めた価格設定になっているようです。

まとめ

実は今回のネタは、会社の業務で少しばかり関わっているネタだったりします(すべて公開情報ですが…)。
企業内で診断士の知識が役に立つ場面もありますが、まさか業務に近いところでCAPMの話が出てくるとは思いませんでした。

ところで、原価計算はP/Lから、利潤計算はB/Sから行い、その2つを足して価格を決定するアプローチは、モノやサービスの最低販売価格はどのくらいにすれば問題ないか決める手段としては妥当だと思いました。
もし今後、診断士活動などで価格決めに迷ような機会があった場合は、案の一つとして取っておきたいと思います。

IT系企業に所属する企業内診断士です。