セミプロからのオファーを断りました
ドイツではサッカーのシーズンが残り3ヶ月となるこの時期に、クラブと選手間で来シーズンを見据えた契約更新やら移籍やらの話が行われる。
クラブは現在所属選手との契約更新に加えて、来シーズン獲得したい選手に話をもちかけ、興味がありそうなら正式にオファーを出す。
選手側もこの時期に、来年も現チームでプレーするのか、移籍するのかの判断を迫られ、移籍するならオファーが来るか、ステップダウンするか以外は自分でアタックして探していくことになる。
アマチュアはよほどのことがない限り契約は1年ごとに行われるので、一般にわかりやすく言うなれば、1年ごとに今働いている会社と話し合い、契約更新をして来期も働くか、転職するかを迫られるようなものだ。
僕はドイツで5クラブを渡り歩き、5シーズンプレーしてきた。これまで10を超えるクラブと交渉を重ね、その都度色々な問題に頭を悩ませながらも決断を下してきた。今振り返れば間違っていたなと思う決断も多々あるが、そういうことの積み重ねで、今がある。
昨年のこの時期に、僕はサッカー選手として上を目指すことに区切りをつけ、ドイツでの人生を考えるためにサッカーの優先順位を下げた。
サッカーでお金をもらうことは大事だが、将来ドイツで長く生活したいのであれば、それが将来にもたらすものは少ない。だから、それよりも良い仕事、良い生活を送れるか否かが大事だ。と、クラブとの交渉で言ってきた。
それは僕が外国人で、ビザについて常に考えなければいけないというハンデを背負っているからという理由も大きく、僕はサッカー選手という武器を矛として利用し、クラブに突きつけることでビザやら仕事やら家やらドイツで生活していくには必要不可欠なモノを手に入れてきた。
逆に、これらに理解を示さないクラブやそうした力のないクラブとは交渉の余地すらなかった。
たまたまそういったことの面倒をみてくれる(みる力のある)クラブで、自分の力量的にも自分が交渉で有利に立てるクラブに出会うことができ、様々な話し合いを重ね、今の僕がある。サッカー選手としてドイツに来ていなかったら、僕はこんな暮らしをすることができていないだろう。
僕は現在、いつものように所属しているクラブと契約について話し合いをしている。給料の交渉や仕事の斡旋が主なテーマで、まだ何も明確にはなっていないが、どうにか両方とも上手く動きそうな感じで進んでいる。
そんな中、昔のドイツ人監督から突然、電話が来た。どうやらセミプロ
(ドイツ4部)のクラブがおまえに興味を示しているらしい。と。
条件は、毎月700€(¥112,000-)の固定給+勝利給。
ドイツ5部の規模で考えると悪くない。勝利給も1試合あたり200€はおそらくあるだろうと考えると、月20万円くらいはサッカーで稼げる。そこにプラスで仕事の普通の給料が入ってくるとなると、それなりに暮らしてはいけるだろうと想像する。
また、このクラブは今年で4部から5部に降格しそうな成績だが、5部では間違いなくトップクラブ。天然芝のスタジアムでプレーでき、この規模では異例の1000人を超える熱いサポーター集団がいるチームで、ホームの観客数は2000人を超える。アマチュアでは圧倒的な規模のクラブだ。
しかし、僕はそのオファーを断った。
ビザに関して面倒を見れないとのことだったからだ。以上、理由はそれだけだ。
現在ドイツ6部でプレーしている僕にとっては、そんなクラブが自分を見てくれていることや評価してくれていることを嬉しく思った。プロだけを目指し、プロになることをいちばんの優先順位に据えていた一昔前の自分なら喜んで飛びついていただろうオファー。
僕も歳を重ねてしまったようだ。
日本の社会人サッカーをやっている選手たちに比べれば、サッカーと仕事の両立はドイツではそれほど難しくない。労働環境は整っているし、日本と比べれば満足にサッカーができる環境は整っている。今回のように良いオファーが来たら飛びついて、仕事は日本食レストランやらでしてビザも下ろしてもらっている日本人サッカー選手はこっちにも結構いる。
しかし、ドイツでの将来を考えながら、どちらも良い条件で良いものを求めるとなると、難しい。
だから、サッカー選手としての武器をクラブの喉元に突きつけて、仕事を斡旋してもらうのがいちばん。職場に理解があり、就業時間や稼働の調整をフレキシブルに対応してくれるからだ。
ただ、これを勝ち取っていくのがなかなかに難しい。
現代の若者が嫌いな“飲みニケーション”とやらを、母国語ではない言語で、何度も何度も足を運んで膝を突き合わせて話をする。アマチュアで仕事もしなければならない世界では、サッカーの能力だけでなく、人間性こそが大事で、そこで大きな信用を勝ち取ることができないと、彼らから手が差し伸べられることはない。
このなかなか難しげなドアを、時間をかけて少しずつ少しずつこじ開けようとしている今が意外と楽しい。