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【読書感想】在プラハ・ソヴィエト学校で出会った3人の少女とのやり取りを回想したノンフィクション・エッセイ:米原万里「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」

最初に言明しておきますが

読み手側にどのように捉えられるのか非常に心配なので、あらかじめ2点示しておきます。
まず最初に
・SPY-FAMILYのアーニャは関係ない
ということ。そして、
・作品を読んでも、共産主義的(あるいは社会主義的)思想に傾倒することはない
・私自身、共産主義者でも社会主義者でも、それらを礼讃する立場ではない

つまり、
・小記事はいかなるイデオロギーとも無縁である
ということを言明しておきます。

今年、出会うべくして出会った

今年2022年春に発表された本屋大賞〈国内小説部門〉で大賞を受賞した 逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』は、独ソ戦に翻弄された少女たちが狙撃手として育成され、戦場へ送り出される姿を描いた物語で、2022年2月下旬から始まったロシアのウクライナへの侵攻の様子を横目に見ると、同賞の選考に全く影響がなかった、という主張を全面的に受け入れるのにはどうも抵抗があります。そんなこともあってロシアやソヴィエト、社会主義や共産主義に関する歴史書などを少し読み勧めていた今年なのですが、関連書籍で何か面白いものはないか?と探していたところ、見つけたのがこの本でした。

こんな本!

あらすじ

日本共産党の幹部であった作者の父は、その代表として各国共産党の理論情報誌である「平和と社会主義の諸問題」の編集委員として選任され、編集局のあるチェコスロバキアの首都プラハに一家揃って引っ越した。作者はプラハでソヴィエト連邦外務省が直接運営する外国共産党幹部関係者専用のソヴィエト大使館附属の学校に通うことになるのですが、8カ年あるカリキュラムのうち7年生(14歳)までの5年間をこの学校で過ごしたのち1964年に中退して、日本へ戻る。
この学校には世界50カ国の共産党の幹部の子どもたちが通っていて、このとき作者が出会った国籍の異なる3人の少女との学校でのやり取りと、その後の交流を中心に3篇が描かれている。

ジャンル

作品ジャンルは
・ノンフィクション
・> エッセイ
です。ただ、語り口が物語チックであるので、いわゆる「物語」とも言えなくもないところです。いずれにせよ、比較的読みやすいところです。
広義でファジーな意味での「エッセイ」と捉えるのが良いかもしれません。

ボリューム

文庫本で300ページあるので、1ページ1分として300分=5時間もあれば読める分量です。
スラブ系の人名は多少読み辛いですが、ドストエフスキー『罪と罰』のように同一人物の愛称が複数あることでそれぞれの人物の判読がまるでできないなんてことはないので、読み戸惑う部分はなかろうと思います。
ただ、共産主義が割と多くの人々に受け入れられていた時代もあった、という認識はあったほうが、ストーリーを受け取りやすいです。少なくとも 小林多喜二『党生活者』や小林多喜二『蟹工船』よりも数十年は時代が下がっていることには注意をすべきでしょう。

感想!

在プラハ・ソヴィエト学校時代に同級生であったの3人の少女についてそれぞれ1篇、学校での出会いとそのときのやり取り、その後に彼女らを訪ねたときのやり取りで構成されていますが、語り口も上手く物語的なので、小説とエッセイの垣根はあまり見えてこないです。
スターリン批判を経て、作者が日本へ戻って4年後にプラハの春を迎えているので、再開後の彼女らのやり取りは柔らかではあるけれど、どこかセクト同士の対立の片鱗みたいなものが見え隠れします。そんなやり取りに共産主義的思想と分離し難い帰結も見えないではない、というのは少し穿ったような読み方なのかもしれませんが、あくまでこれらの部分は主人公であるマリ(あるいは彼女の友人)のアイデンティティの一面である、と見るのが無難です。その上で、読み物として確かに面白いと思います。少女同士の友情ものという側面もありますね。

また、マリがある友人に対し「贅沢な暮らしを享受している」という事実を批判する場面がありますが、この場面は一方で滑稽で、
「いやいや、あなたこそ党幹部の親族だから、悠々自適に諸国を旅して旧友の足跡を辿るような余裕があるんじゃないですか?」と言いたくなるような部分もありました。ただ読み進めると必ずしもそうとも言えなくて、作中背景の政治的動向(スターリン批判とかプラハの春とか)を考慮すると、これは主人公(=作者)であるマリが(経緯はさておき)ソヴィエト的思想から乖離していく様子を間接的に描いているに過ぎない、というように思い始めます。

いずれにせよこの作品は「空前絶後」という意味において、米原万里にしか書けない物語であると、私には思われます。

こんな人にオススメ!

彼女らのアンデンティティが云々などと言いつつ、ソヴィエトに傾倒していた人たちのお話なので、そういうものに生理的な嫌悪感を抱かない人にはオススメです。逆に冒頭で触れたような逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』のような、(あそこまで苛烈でないにしろ)雰囲気が好きな方にはオススメできます。


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