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[#マイナス1] 素の自分を晒すコラム
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こんにちは。
いきなり本題を読んでもらったのだけれど、来年のはじめからnote上で毎日コラムを書こうと思う。
そのコンセプトは、一言でずばり、「素の自分を曝け出す」。
…お分かりいただけるだろうか。
メモ帳を見てほしい。すでに漢字を間違えている。
つまりそういうことである(?)。でも、本当にありのままを晒すのだと分かってくれただろうか。
そういう感じで、次も書き進めていく。どうぞよろしくね。
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人と会うのが苦手
さて、これを書き始めるに至った経緯を話したい。
私は、人と会うのが苦手だ。
人と会って話すのはとにかくエネルギーを使う。初対面の人ならなおさらだ。
ピンピンしていられるのは、長くて半日ちょっと、短くて2~3時間。解散した後はどっと疲れがくる。
でも、それは会った人が悪いのではない。むしろ優しい人ばかりだ。
私がそういう人間なだけ、ってことだ。
じゃあ、なんで?
なんで私は人と会うと疲れるのだろう。
嫌われたくない・嫌がられたくない
私は幼少期のある時からずっと、周囲の目を気にしながら育ってきた。
とにかく嫌われたくなくて、いつしか、あまり人と接することが無くなってしまった。どうしても話さなければならない時は、できるだけ波風立てないように振舞った。
すると、一人で居るときと誰かと居るときで、自分というものがまるで違っていることに気づいた。人と会うときは、外面の自分を演じているのだ。
とりあえず元気に返事をして、興味深そうに反応して、テンションを上げて、よく笑って、ノリを大事にして………みたいなことを意識して、「これが自分だ」とパッケージングをしていた。
でも実際のところ、パッケージの内側に隠れた内容物は全然違っている。
そもそも結構根暗だし、あんまり人に興味を持てないし、静かなほうが好きだし、まあ笑う時は結構笑うけど、「イェ~~~イ!」という感じではない。
虚像はつらいよ
素の自分と虚像の自分とのギャップ。
正直、しんどい。
「ああ生きるとはこんなにもつらく苦しいものなのか、だがこれが人生」
そんなことを幾度思ったことか。
私が大学で哲学を専攻した理由の2割くらいは、その苦しみを解決したかったからなのかも。
いつもだと、おもむろに面倒な思索を始めて袋小路に入り込みうんぬんかんぬん………となるのだが、ここで私はとうとう諦めの境地に達してしまう。
「もう素の自分出そうぜ」
…
以上。
何も取り繕わない。
何も演じず、ただありのままに過ごすようにしよう、と思った。
ここでは触れていないが、私はアニメもゲームも読書もスポーツもアクティビティもほとんどやらないのに、架空の地図やら路線図やらをただひたすらに描き続ける人間だし、流行りの曲を全く聴かないくせに、凄まじくニッチな海外アーティストとか「東方曲」とか北朝鮮の軍歌とかそういう曲しか聴かない人間だ。
でも、こういう話をするとおそらく確実にドン引かれる。というか、話が噛み合わないと思う。
それでも興味を持ってくれる人は、たぶん心の友だ。
別にさっき言ったことを全部知っている必要は全くなくて、純粋に私という人間に興味を持ってくれた人なら最高なのだ。仲良くなれるような気がする。
いくら自分を演じていても、こういう「心の友」はできないし、幸せに過ごすことはできないと思う。だから、この際ドン引かれてもいいし「こいつ苦手」と思われてもいいから、本来の自分でいたい。「私は私です」と言えるようになりたい。
……そんなわけで、何か手がかりとして、このコラムを書いてみようと思い立ったのだ。
がんばりすぎました
書き過ぎた。
毎朝こんなに書いていたらまともに勉強や仕事ができない。
だから、この先はサクッと書いて、サクッと読める感じの分量を目指してがんばるよ。
今後もどうぞよしなに。さよなら~
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