亡命者たちのSNS楽園 - mixi2
世界はかつて、三つの巨大な帝国によって支配されていた。
Facebook、Instagram、そしてTwitterX。それぞれの帝国は巨大なデータ収容所を築き、人々の感情、愛、欲望、孤独を数値化し、広告という貨幣に変換した。そこには「いいね」と「フォロワー」の数が価値を決める歪んだ経済が広がり、人々はそれに従属しながら、静寂も、プライバシーも、本当のつながりも失っていた。
東京の空はどこまでも限りなく透明に近いブルー。だが、その下では港区女子たちがシャンパンを傾け、帝国に貢ぐようにスマホを片手に#映えスポットを探し続ける。男たちは高層ビルの窓際で減塩弁当をつつきながら、血圧計の数値に怯え、誰もが薄氷の上を歩いていた。
「亡命しろ。ここでは息ができない。」
誰かが呟き、その小さな声が密かに広がり、暗号のように伝わった。
『mixi2』――それは忘れ去られた庭園のように復活していた。かつてのオレンジ色の通知、無意味に見えた日記欄、時代遅れのコメント欄。しかし、その全てが、亡命者たちには黄金に輝いて見えた。
「広告がない。」
ある亡命者がつぶやく。
「誰も私を評価しない。」
別の亡命者が涙を流す。
土屋拓人は深夜の小さな部屋でモニター越しにその光景を見つめていた。「mixi2の夜明け」と名付けられた小さなグループが、ひっそりと活動を開始していた。彼らは匿名のハンドルネームで呼び合い、アイコン越しに微笑み、時には現実の世界でファーマーズマーケットを開き、里山で手に入れた減塩レシピをシェアした。
「ここでは、誰も傷つかない。」
拓人はそう呟き、画面を見つめる。
ある夜、一人の港区女子が亡命してきた。
彼女の名前は美咲。プロフィールには#ラグジュアリー #港区女子 #人生は映え と並んでいた。彼女は震える指先でタイムラインをスクロールしながら、小さな呟きを投稿する。
「ここは…安全なの?」
拓人はキーボードを叩いた。
「安全さ。ここでは、誰も君を評価しない。君の投稿に数字が貼り付けられることはない。」
その夜、美咲は初めて「いいね」ではなく、「言葉」を受け取った。そして、亡命者たちの間に小さな連帯が生まれた。
港区おじさんたちは、減塩のしきたりを忘れ、夜の街で血圧計を投げ捨て、代わりに美咲が作った「特製柚子塩」を買い求める。高級レストランの奥で、五十嵐創シェフは瓶詰めの塩をひとつずつ手に取り、静かにラベルを貼った。
「1日6g。それが自由への鍵だ。」
タワーマンションの最上階では、青白い光が差し込む窓際にmixi2の画面が広がる。亡命者たちは、デジタルの闇の中に小さな光を灯し続けていた。
ある日、拓人は最後の投稿を書き終える。
「これが、国産SNSの逆襲だ。」
指が震え、送信ボタンを押す。
外では夜が明け、遠くで新しい通知音が鳴った。それは、新しい亡命者が到着した合図だった。
彼らは帝国を捨て、ついに自由の地へ辿り着いた。
限りなく透明に近いブルーの空の下で。