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量子コンピュータの力を競う米中の戦い - 世界を変える未来の鍵 #量子コンピュータ

量子コンピュータは、従来のコンピュータ技術を超越した性能を持ち、その影響は科学技術から国際安全保障まで広がるものです。今回は、IBMの研究施設を訪問した数学者で作家のハンナ・フライ教授の特集を通じて、量子技術の進展と、それを巡る米中の競争について深掘りします。

革命的な量子技術の可能性と脅威

雪に覆われた丘の中にある秘密の施設、IBMの研究所。ここでは、量子物理学という「魔法」のような力を利用する新しいコンピュータ、量子コンピュータが開発されています。従来のスーパーコンピュータでは解けないような複雑な問題を、量子コンピュータならば一瞬で解くことができるというその可能性は、物質科学や医療、物理学の基本に至るまで幅広い分野で革命をもたらすと言われています。

例えば、量子コンピュータを使うことで新しい材料の発見が加速される可能性があります。従来のコンピュータではシミュレーションに非常に多くの時間がかかるような分子の相互作用も、量子コンピュータならば短時間でシミュレーション可能です。これにより、次世代のバッテリーや新薬の開発が大きく前進する可能性があります。また、量子コンピュータは、自然界が本来持つ量子力学的な特性をそのまま計算に利用できるため、物理学の基礎的な研究にも革命的な進展をもたらすと期待されています。

しかし、この技術には「暗黒面」も存在します。それは、インターネット上の通信をすべて解読する能力を持つことができるという点です。現在の暗号技術は、非常に大きな素数を使った因数分解に基づいており、通常のコンピュータでは解読に膨大な時間がかかりますが、量子コンピュータならばこれを一瞬で解読してしまう可能性があります。このため、アメリカと中国の間で量子技術を巡る「量子軍拡競争」が進行中であると専門家は指摘しています。

量子コンピュータの仕組みとは?

量子コンピュータと従来のコンピュータの最大の違いは、量子物理学の「重ね合わせ」という特性を活用する点です。標準的なコンピュータはビットと呼ばれるオンとオフのスイッチを使って計算を行いますが、量子コンピュータの「キュービット」は同時にオンでもありオフでもある「重ね合わせ」の状態を取ることができます。これにより、量子コンピュータは一度に複数の計算を並行して行うことができ、非常に複雑な問題も短時間で解くことが可能です。

IBMの量子システム2は、これらのキュービットを利用し、超絶な計算能力を誇ります。しかし、実用的な量子計算を実現するためには、非常に繊細な量子状態を維持する必要があり、これが現状での最大の技術的課題となっています。このため、キュービットは絶対零度に近い超低温で保持され、そのための冷却システムが重要な役割を果たしています。例えば、量子コンピュータのプロセッサは絶対零度に近い温度、つまり-273.15℃に冷却される必要があります。この温度は宇宙空間の背景放射温度よりもさらに低く、キュービットの量子状態を安定させるために必要な環境です。

量子コンピュータの計算能力の秘密は「量子もつれ」にもあります。量子もつれとは、複数のキュービットが互いに依存した状態にあることで、一方のキュービットの状態が変わると、それに応じて他方のキュービットの状態も瞬時に変わるという現象です。この特性により、量子コンピュータは従来のコンピュータとは異なる方法で情報を処理し、膨大な計算を一度に行うことが可能になります。

米中の量子技術競争

アメリカは現在、量子技術の開発で世界をリードしていますが、その最大のライバルである中国も急速に追いついています。中国は150億ドル以上を投資し、数多くの新しい研究所を立ち上げ、量子技術の特許の半数以上を保有しています。このような中、アメリカも量子技術への投資を強化し、最先端の技術が中国で利用されることを防ぐための政策を進めています。

量子コンピュータの持つ脅威は、特にインターネット通信の暗号化技術に対する影響です。現在の暗号技術は、大きな素数の積を利用していますが、量子コンピュータならばこの暗号をわずかな時間で解読することが可能です。このことは、金融業界をはじめとする多くの分野で大きなリスクをもたらします。例えば、銀行の顧客データが量子コンピュータによって解読されるリスクがあるため、HSBCなどの銀行は、量子コンピュータによる攻撃に対抗するため、量子キー分配と呼ばれる新しい暗号化技術の実験を始めています。

量子キー分配(QKD)は、量子物理学の特性を利用して暗号鍵を安全に分配する方法です。QKDでは、光子(光の粒子)を使って暗号鍵を送信します。この光子は、観測されるとその状態が変化するという性質を持っているため、誰かが盗聴を試みた場合、その痕跡が残り、通信が安全であることを確認することができます。この技術により、量子コンピュータがもたらす暗号解読の脅威に対抗しようとしています。

量子技術がもたらす未来

量子コンピュータはその強力な計算能力だけでなく、自然の理解を飛躍的に進める科学的ツールでもあります。ハンナ・フライ教授は、この技術が望むべくは、人類全体に利益をもたらすものであると述べています。量子技術を使えば、分子レベルでのシミュレーションが可能になり、新薬の開発や材料科学の研究が劇的に進展する可能性があります。例えば、新しい薬剤を開発する際に、分子レベルでの相互作用をシミュレーションすることで、効率的に候補物質を見つけ出すことができます。

現在、米中が量子技術の覇権を競い合う中で、科学者たちは国境を越えた協力によって、人類全体の利益に貢献することを目指しています。しかし、量子技術の発展は同時に国際的な緊張も引き起こしています。例えば、中国は量子通信の分野で先行しており、2016年には量子キーを送信できる衛星を打ち上げ、銀行や政府機関、産業界を結ぶ量子ネットワークを構築しています。これに対し、他国も追随しようとしています。

量子技術の未来は、まだ多くの未知数を含んでいますが、その可能性は私たちの生活を大きく変える力を秘めています。この競争の中で、誰がどのようにリードしていくのか、そしてその成果がどのように私たちの社会に影響を与えるのか、今後の展開から目が離せません。

量子技術は、私たちの理解を超える可能性を持つ科学技術です。その応用範囲は広く、医療や材料科学、さらには国家の安全保障に至るまで、多岐にわたります。この量子技術の進展が、全人類にとってどのような未来をもたらすのか、私たちはその成り行きを見守り、そして共にその恩恵を享受していくことが求められています。

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