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今を作るか未来を創るか

僕が働くNASAジェット推進研究所(JPL)には大きく分けると2種類のエンジニアがいる。現在の探査機を開発するエンジニアと将来の探査機のための技術を研究するエンジニアだ。ターゲットにしているのが現在の探査機か少し未来の探査機かという意味では、今を作るエンジニアと未来を創るエンジニアとも言えるかもしれない。

今を作る仕事

現在の探査機を造る仕事では、コンセプトを設計し、図面を引き、パーツを削り出し、組み立て、試験する。設計の段階では現時点で実用段階にある技術のプールから最適なものが選択され、それらを組み合わせることによって、考えうる最高のシステムが作られる。

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Credit: NASA/JPL-Caltech

そのシステムは間違いなく現代のエンジニアリングの最先端だ。エンジニアとしては自分が造った探査機が実際に宇宙へと飛び立ち、今まで見たことのない風景を見せてくれたり、発見をもたらすかもしれないというやりがいがあるし、何よりも現在の科学に直接的に貢献できる。

ただ、そこで使われている一つひとつの技術を見てみると、こと宇宙開発においては、成熟した信頼性が高いものが好まれるので必ずしも最新とは言えない。それらの技術が新しくなったり、システムインテグレーションのレベルが高くならない限り、将来的にはテクノロジーが頭打ちになり、より挑戦的なミッションは達成できない。

未来を創る仕事

一方で、将来の探査機のさらなる性能向上や、今までなかった機能を付加するためには新技術の研究が重要だ。現在はまだ実用段階にない技術を実用可能なレベルまで引き上げるために、日々地道な研究が行われる。時間をかけて煮詰め、ときには現状にブレイクスルーをもたらす閃きも必要とされる。そこから生まれてきた技術はまさに未来をもたらし、今を変えるだろう。

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しかし、それには時間がかかる。現在ではなく少し未来をターゲットにしているので、その技術が使われた探査機が造られるのは自分が引退した後かもしれないし、自分が居なくなった後の未来かもしれない。
とはいえJPLで行われる研究開発は、基礎研究を実用レベルまで引き上げるための実践寄りのものが多く、実用までのスパンは比較的短い。これが大学での基礎研究となると日の目を見るのはもっと先の未来だし、そもそも実用まで至らないものも多いだろう。

どちらをやるべきか

ここで一つの疑問がある。人生は短い。どちらに多くの時間を注ぐべきだろうか。

探査機の開発は比較的長い年月を必要とするプロジェクトだし、これに運用も含めればさらに長くなる。自分のキャリアでいくつのプロジェクトに貢献できるかは分からない。僕は自分が手掛けた探査機が、自分が生きている間に少しでも多くのことを明らかにしてほしいと思っているから、その意味では現在の探査機の開発に集中するべきかもしれない。

一方で、自分がいなくなった後の世界がどうなっても良いとは思っていない。仮に自分が生きているうちに人類が世紀の大発見を成し遂げなかったとしても、その先に生きる人たちが夢の続きを紡ぐための技術は育てておかなければいけない。「巨人の肩に立つ」という言葉が意味するように、今僕らが立っているのは多くの先人が積み上げてきた礎の上だ。その礎の上にいるから過去を生きた人たちよりも僕らは遠くを見渡すことができている。

持続的な発展にはどちらも必要

この今を作る仕事と未来を創る仕事は二つの車輪のようなもので、どちらもしっかりしていなければ遠くには行けない。結果的には今を作り続けることが未来を創ることにもつながるし、逆に未来への種を蒔き続けることが将来の今を作ることにもなるだろう。大切なのは持続的な発展はこの二つを同時に継続していくことでしか生まれないということだ。

エンジニアや研究者に限らずとも、ほとんどの仕事や活動は今を作るもの、未来を創るもの、またそれらの間に位置するものに分類できると思っている。あなたがやっていることを、これに当てはめて考えてみてほしい。”つくる"を”便利にする”、”守る”、"支える"などと読みかえればしっくりくるかもしれない。今の生活を直近のスパンで変えていきたいと思っている人もいるだろうし、今すぐ結果がでなくても少し先の未来が良くなればいいと考えている人もいる。

僕自身の状況に立ち返ってみると、JPLへ就職したすぐの頃は研究開発の仕事がメインだったので ”未来より”。Mars 2020 Roverなどのフライトプロジェクトに本格的に参加し始めてからは ”今より” な働き方をしていると思う。

自分のキャリアにおいて、どちらにより多くの時間を注ぐべきかという問いに対しては、まだ明確な答えが見つかっていない。自分がやりたいこと、貢献できること、成し遂げたいことをもっと深く掘り下げて考え、確固たる指針を手にしたいと思っている。


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