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スポットライト 〜錦糸公園の夜〜

【登場人物】
鈴木蒼(26)……社会人
田中健太(5)……男の子
田中翔(28)……健太の父親
佐藤瑞希(18)…路上シンガー
伊藤高次(48)……社会人
高橋康介(40)……鈴木の上司

【本編】
◯錦糸公園
綺麗に整備された芝生の周辺には噴水。
芝生の上でボール遊びをする家族。
いくつかベンチが並んでいる。身を寄せ合って談笑するカップル。
その中で一人、膝の上でノートパソコンを広げているスーツ姿の鈴木蒼(26)。
ヘッドセットをつけて喋っている。画面に向かい必死に頭を下げる。
画面には高橋康介(40)。

鈴木「すいません。さっきクライント訪問したんですが……。はい。来週には対応します」

パソコン画面、高橋が何か喋っている。

鈴木「え……」

鈴木の足元にボールが転がる。サッカーボールを追いかけてきた田中健太(5)が鈴木の手前で止まる。不思議そうな表情で鈴木を見ている。

鈴木「……はい。はい。分かりました。夜までにはなんとかします」

鈴木、ヘッドセットを外しパソコンを閉じる。渋い表情。

目の前にいる健太が声をかける。

健太「それ、なにしてんのぉ?」

鈴木、面食らいつつも、ぎこちない笑顔で、

鈴木「お仕事だよ」

健太「土曜日なのに?」

鈴木「(虚を突かれて)……うん。日曜日も働いてるよ」

健太「パパはね、土曜日と日曜日、遊んでくれるよ」

鈴木「そっか。良いパパだね」

健太「サッカーしてくれるの」

鈴木、近くのボールに目をやる。歓声音が聞こえる。

◯フラッシュ・サッカースタジアム(夜)
観客席で声を上げる観客。
電光掲示板に「全国高等学校サッカー選手権神奈川県予選会決勝」の文字。
フィールドを走る鈴木。センターサークルからゴールまで駆け上がる。
シュートを外す。
ホイッスルが鳴り響く。膝に手をつき、ゴールを見つめる鈴木。
歓声が遠のいていく。
スタジアムの電灯が消灯するとともに、大きな音。

◯フラッシュ戻り・錦糸公園

鈴木、ボールを見つめている。足元に引き寄せ、軽く3回ほど足先でリフティングして子どもにパスする。キレイな放物線だ。

健太「……すげぇ!」

喜ぶ健太。田中翔(28)が近寄ってくる。鈴木と同い年くらい。

翔「すいません」

軽く会釈する二人。

健太「パパあのお兄ちゃんサッカー超うまい!プロみたい」

翔「すごいなぁ。お兄ちゃんプロかもな」

鈴木、引きつった笑み。
翔、鈴木のベンチに置かれたパソコンを見て、

翔「あっちでやろう。お兄ちゃんのお仕事の邪魔だ」

健太「はーい」

翔、会釈して去る。
鈴木、手を繋いで歩く二人の背中を見ている。遠ざかる声。
健太「お兄ちゃん休みでもお仕事してるんだよ。お仕事好きなのかな」
翔「そうだな。好きを仕事にしてるんだ」
健太「仕事って好きなことじゃないの?」
翔「……そうだなぁ」

鈴木の眼前には色んな人々が楽しんでいる様子。
空を見上げると、木々が風でそよぎ、木漏れ日が美しい。
深い溜め息を着く。
スマホの通知音がなる。Slackを開く。
高橋から「先程の件、よろしく」とのメッセージ。
鈴木、スマホで「承知いたしました。たいへん」まで打ち込む。
サジェストに「大変申し訳有りません」の文字。
鈴木の悔しそうな表情。逡巡している。タップする。
「承知いたしました。大変申し訳有りません」とメッセージを送る。
鈴木、渋い表情だが立ち上がり、よれたスーツで歩き出す。
各々の時間を過ごす人々。公園にスーツ姿の人はいない。鈴木、一人歩いている。

◯錦糸町・カフェ
コップに入ったアイスコーヒー、ほとんど飲み干している。キーボードの打鍵音。
タイピングをする鈴木の手元。腕時計は10時20分を指している。
鈴木、手を止める。
パソコン画面、Slackで高橋からだ。本文が書かれている。
「できた?」
鈴木、深いため息とともに乱暴にキーボードを叩き、
「24時回ると思いますが、できます」と入力。
すぐさま高橋から返信が来る。
「なるはやで」の文字。
鈴木、コーヒーを飲み干す。
店員の声「まもなく閉店のお時間でーす」
鈴木、パソコンを閉じて出る準備をする。

◯同・カフェの外(夜)
鈴木、カフェの自動ドアを抜け外に出る。
駅前には夜を楽しむ人々。
鈴木、駅の方向に目をやるが、違う方向に歩き出す。

◯錦糸公園(夜)
公園内の外灯。虫の音がかすかに聞こえる。鈴木が歩く革靴の音。
昼間に座っていたベンチの方からのアングル。鈴木、一人錦糸公園を歩いている。
鈴木、錦糸公園を見渡す。
昼間と比べ静かで人影も少ない。
と、女性の歌声が聞こえてくる。
引き寄せられるよう、歌声の方向へ歩を進める鈴木。
外灯の下。ギター片手で歌う佐藤瑞希(18)。スポットライトのように照らされている。
瑞希の前にはベンチ。ベンチには田中高次(48)が座って一人聴いている。スーツケースを持っている。少し小汚い感じ。

瑞希「(音程外しつつ)君の手の平の隙間から〜こぼれ落ちるかけがえのない想い〜」

鈴木、立ち止まり、少し離れた位置から見る。

瑞希「握り閉めて。落とさぬように。掴み取るために」

曲が終わる。田中、小さく拍手をする。

瑞希「はい。聞いてくださってありがとうございます!えー、私はつい先日大阪から上京してきまして、音楽やってます。えっと、全部オリジナルで一応、作詞作曲してます」

瑞希の話を聴いている鈴木。

瑞希「もうまぁまぁ遅い時間なんで、これで最後の曲にしよかなって思ってます。終電もないんでね」

瑞希が笑う。田中は微動だにしない。

瑞希「じゃあもしよかったら聞いて下さい。『ボトム・オブ・マイ・ハート』」

瑞希がギターの弦を弾く。軽快な曲調。

瑞希「あぁ私がここにいる理由は、本当に私の意思なの?」

瑞希から目が話せない鈴木。ところどころ、音を外しているが力強い。

瑞希の声「帰り道の電車のなか、車窓に映る君はだれだい」

鈴木の顔に小さな雫が落ちる。雨が徐々に降り始める。
瑞希、気付いたように空をチラッと見るが歌うことを止めない。
外灯に照らされた瑞希、一人力強く下手くそな歌声。

瑞希の声「悔しそうな顔をしてても、それって違う悔しさなんじゃない?」

◯フラッシュ・河川敷
雨の中、鈴木が乱暴に走っている。悔しそうな表情。

◯フラッシュ・鈴木の家
進路希望書の紙。
鈴木、希望大学を書いている。

◯フラッシュ・某会社
リクルートスーツを着た鈴木、入社動機を語っている。

◯フラッシュ戻り・元の錦糸公園

瑞希「朝も昼も夜も、内から湧き上がることやってたじゃん。賢くなって、器用になって、ダサくなっていく」

雨がいっそう強くなる。歌い続ける瑞希。無心になっている。外灯が瑞希を照らす。

瑞希「ボトム・オブ・マイ・ハー!過去は私をつくるけど、私を縛る!ボトム・オブ・マイ・ハー!未来の私は笑っているのかぁ!作り笑いかぁ!?スポットライトは止まっている奴には当たらない!内蔵を燃やせぇ!心臓を燃やせぇ!」

曲が終わる。

田中が拍手をする。瑞希が頭を下げる。

瑞希「ありがとうございます」

瑞希、田中と、そして鈴木の方をチラッと見て、

瑞希「ずぶ濡れですね」

恥ずかしそうに笑うが、爽やかだ。

ずぶ濡れになっている鈴木、瑞希をじっと見つめる。

◯同・運動場(夜)
鈴木、スマホでSlackを開く。
スマホ画面、高橋に「今日の仕事片付いたら、ご相談したいことがあります」とメッセージ。
カバンにスマホを入れて、フェンスに立てかける。その場所に投げ捨てられる、スーツとネクタイ。フェンスをよじ登る音。
運動場内に入り込む。
運動場の外の外灯が、競技場をわずかに照らしている。
暗闇の中、鈴木がセンターサークルまで歩く。
鈴木、ゴールの方を見つめる。心臓の音がドクンドクンと聞こえる。
鈴木、まるで足元にボールがあるように走り出す。鈴木の足元の雨の雫が跳ね上がる。
軽快な動きで舞うように走る。
清々とした鈴木の表情に、一瞬ちらりと光が差す。

タイトル「スポットライト」

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