10月16日
明け方に寝たのでどうせ昼過ぎまで寝るのだろうなと思っていたが、10時半に目覚めた。完全に英語モードに入った証拠だ。寝ている暇はないぞと身体がおっしゃっている。
てな訳で、朝飯は家から徒歩1分のセブイレ、昼飯はウーバーイーツという、家で一気に集中してしまう臨戦態勢を整え、夜まで頑張った。
本番意識してリスニングの問題を解いて見たが、大体6割〜7割くらい。これを確実に7.5割に持っていけるようにあと12日間詰める。鬼の詰めを見せる。
チャリ漕いでヨドバシカメラのすた丼で晩飯食べて、大阪駅桜橋口のマクドで単語の暗記(もう力尽き7割方星野源の動画を見て過ごす)。
仕事終わりの宗益と駅ビルの前で落ち合い、一緒に歩いて彼の本町の家まで送った。これは週1の恒例行事である。
「拓郎さんは誰かの『一言で』人生変わったことありますか?逆に変えてしまったなって思うことありますか」
と聞かれた。
変えてもらったなっていう言葉はいっぱいあるが、中でも大学の時に、吉良先生というデザイン会社の経営者でありながら、芸大で教授として教壇に立たれている方に「この文章を今すぐにでも雑誌で連載が持てる!」と褒めていただいたのは印象的だ。あの言葉を頂いたから、今もこうして勘違いしながら言葉を紡ぎ、将来は日本語にとどまらず、「言葉で食っていきたい」と本気で思い続けている。
逆に変えてしまったということはほとんどないと思う。人にとやかくアドバイスするようなことは基本的にしない。
しかし一人だけ、あると言えばある。僕が引き止めたからその人は今も田舎に帰らず大阪に住んでいる。それがよかったのかどうかは知らない。しかし間違い無く言えることは、自分がそれを言った時、最後まで責任を持つ覚悟があったということだ。他人の人生を変えるようなお願いをしたわけだから。
引き止めたからには、疎遠になった今でも責任は一応持ち続けている。
風邪だと言われれば飛んでいくし、悪さをする奴がいれば守る。
一方、宗益は「映画監督」だ。映画の監督なんて人を巻き込む作業でしかない。それは彼自身も自覚しているようで、
「自分はいろんな人の人生変えてしまってると思うんで、責任持たないといけないなって思います」
と言った。変えているのは、それくらい君が魅力的だからだろうよ。
彼はこう続けた。
「あー、なんか悲しくなってきました」
船を漕ぐ方向は決して間違ってはいけない。もしそれが寄れ始めた時、帆を掴んで押し戻してくれる友人が、僕にはどれくらいいるだろう。