番外編 Interview with 弁護士 久保内浩嗣 Part1(Youはなんでまた弁護士に?)
まえがき
弁護士の久保内浩嗣さんは、私と中高が同じで、同じクラスであったこともありました。彼は、文化祭で同級生とバンドを組み、METALLICAの楽曲などを演奏していました。Shinta@Take This to Heartさんや竹下先生のお話をうかがうなど法クラメタルヘッズシリーズを始めたものの、第3弾として聞くべき相手が容易に見つからなかったことから、METALLICAを演奏していた同級生に話を聞くことにしたというのが、今回の経緯です。
今回の経緯は上記のとおりで何ともみっともないものではあるのですが、久保内さんは、東京にある田村町総合法律事務所に所属していて、全国霊感商法対策弁護士連絡会(以下「連絡会」といいます。)の一員として、また、日本脱カルト協会(以下「協会」といいます。)の理事でありまた事務局長として、精力的に活動されているので、このタイミングでこれらの活動について語っていただくのは意義のあることだろうと思います。
法曹を目指す方、法曹としての活動領域に悩んでいる方、いわゆるカルト問題に興味のある方など、参考にしていただけますと幸いです。
弁護士を目指すきっかけ
橋本(以下「橋」) 中高時代を振り返ると、同じクラスになったことはあるものの、それほど交流があったという感じでもなく、当時久保内さんがどういう方向を目指しているかというのを聞いたことがなかったので、弁護士になっていたのを知ったときは軽い驚きがありました。弁護士を目指したきっかけを教えてください。
久保内(以下「久」) 大学で体育会のボート部に入っていたのですが、大学2年のときに腰を痛めて、漕手をやめざるを得なくなり、大きな挫折感を抱きました。不完全燃焼ですね。 ボート部では、戸田公園の合宿所で暮らし、朝5時に起きて「食う寝る漕ぐ」という生活を送っていたので、自宅に戻り、大学に通うという普通のキャンパスライフがなかなかしっくりきませんでした。また、今思えば大したことなかったのですが、腰痛がひどく、日常生活にも支障をきたしており、身体的にも将来への漠然とした不安もありましたね。 また、大学2年生なので、就職の方向性を考える時期でもありました。
もともと、ジャーナリストに憧れていましたね。とはいえ、文章を書くことはむしろ苦手だったので、ジャーナリストを目指すのは現実的には難しいと思っていました。そんな中、法律雑誌を読んでいたら、ジャーナリストのコラムに、法律は人を助ける武器にもなる、というようなことが書いてあるのを読んで、これだ、ジャーナリストにはなれなくても、弁護士になって法律の力を使って社会問題に取り組める、そう思ったのが弁護士を目指したきっかけですね。 法学部だったので弁護士を目指しやすい環境にもありましたし。
橋 弁護士を目指そうと思ってからの受験勉強時代はどんな感じでしたか?
久 司法試験合格を目指して、伊藤塾(筆者注:司法試験予備校。)に通うようになりました。とはいっても、全然勉強に身が入らなかったですね。ボート部を不完全燃焼でやめて、自分の中で消化し切れていなかったせいか、切り替えて司法試験に全力で取り組むという気持ちになれなかったですね。腰も痛くてずっと座って授業を聞くこともきつく、集中してなかったです。司法試験をなめてたんでしょうね。伊藤塾では授業よりも、「明日の法律家講座」という課外講座を真面目に聞いていたような気がします。中坊公平さんや松本サリン事件の被害者の河野義行さんの話なんかは印象に残ってます。
橋 周りの環境もあり、弁護士を目指して勉強したわけですが、試験はどうでしたか?
久 司法試験は択一に受かるまで苦労しました。 択一前は花見の季節で、桜や花見客を横目に忸怩たる思いで予備校に通っていました。その頃の辛い心情がトラウマになっているのか、いまでも桜はあまり好きではないです。 法学教室だったかに確か民訴の高橋宏幸先生が書いていた、自分は桜よりも、辛い冬を耐え忍んで咲く梅のが好きだ、といった一文が記憶にありますね。もっとも、東大教授に言われても…って冷めた気持ちもありましたけど。
橋 田村町総合法律事務所のプロフィールによれば、2004年に司法研修所入所で司法修習の期が58期なんですが、受験はどうでしたか?
久 苦労しながらもなんとか司法試験に受かることができました。 嬉しいというよりもホッとしたという気持ちでしたね。
カルト対策に携わるようになったきっかけ
橋 司法試験を目指した理由の一つが「法律の力を使って社会問題に取り組める」ということでしたが、合格後にカルト対策に携わるようになったのはどういうきっかけからですか?
久 入所した事務所のボスがカルト被害の救済に関わっており、一緒に取り組むようになりました。 内定をもらった後に本を2冊読むように言われました。「マインド・コントロールの恐怖」(スティーブン・ハッサン著 浅見定雄訳 恒友出版刊 1993年)と「統一教会の素顔-その洗脳の実態と対策」(川崎経子著 教文館刊 1990年(筆者注:新装改訂版が2008年に発行されています。))です。この2冊は私がカルト問題に取り組むようになった原点です。私が大学1年生であったときの春休みに地下鉄サリン事件がありましたし、キャンパスでは原理研や摂理の勧誘を実際に受けており、カルト問題は比較的身近な問題でした。
全国霊感商法対策弁護士連絡会について
橋 久保内さんのカルト対策活動の一つが、全国霊感商法対策弁護士連絡会としての活動ですが、連絡会について教えてください。
久 全国霊感商法対策弁護士連絡会は、もともとは(旧)統一教会による霊感商法の被害救済を目的として、1987年に全国約300名の弁護士で結成された会です。 現在も(旧)統一教会の問題が中心ですが、それにとどまらず、(旧)統一教会以外の宗教被害の相談も数多くあります。(旧) 統一教会に対する損害賠償請求(訴訟、交渉)、行政機関、政治家等への働きかけ、学校のカルト対策、社会全体への警鐘など幅広く活動しています。
橋 連絡会に参加している弁護士はどんな方ですか?
久 上は30期代、下は70期代と幅広い世代の弁護士が参加しています。特にベテランの先生は、皆、個性的で魅力的な人ばかりです。この分野を切り開いた偉大な先人です。自分もそれなりに経験を積んでいますが、まったく適わないです。日々、刺激をもらい、勉強させてもらっています。
橋 昨今の社会情勢を見ると、連絡会の活動が結実しているようにも見えますが、このあたりはいかがですか?
久 連絡会結成から約30年、地道に活動してきました。安倍元首相銃撃事件によって、(旧)統一教会問題が大きな注目を集め、新法ができたり、解散命令請求がなされ、社会全体も動きました。これらは、いずれも連絡会が積み重ねてきた活動がそのベースにあると思います。やるべきことをやり続けることの重要性を目の当たりにしました。
日本脱カルト協会について
橋 カルト対策活動としては、日本脱カルト協会としての活動がありますね。こちらについてご説明いただけますか?
久 日本脱カルト協会は、オウム事件を契機に1995年11月に心理学者、聖職者、臨床心理士、弁護士、精神科医、宗教社会学者、カウンセラーそして「議論ある団体」の元メンバーやご家族等のメンバーによって設立された団体です。
当初は日本脱カルト研究会という名称でしたが、2004年4月に日本脱カルト協会に名称変更しました。 協会は、法人ではない任意団体です。
協会は、破壊的カルトの諸問題、カルトに関わる個人および家族へのカウンセリング経験についての交流およびカルト予防策や社会復帰策等の研究をおこない、その成果を発展・普及させることを目的としています。ただ、相談機関ではないため、団体としては個別の相談には対応しておりません。
橋 協会の会員はどのような人がいますか?
久 協会は、多様なバックグラウンドを持ったメンバーによって構成されている点が特徴的だと思います。また、 大学でのカルト対策、宗教2世問題にいち早く問題提起をした団体だと思います。
私自身は2018年頃に会員になり、現在は事務局長として団体運営に携わっています。
普段の業務について
橋 カルト対策関係の活動についてうかがいましたが、普段の弁護士としての業務はどういう感じですか?
久 先に述べた「入所した事務所」である田村町総合法律事務所に現在も在籍しています。田村町総合法律事務所は、いわゆる一般民事を扱う事務所で、中小企業と個人を依頼者とする、顧問業務、相談業務、訴訟対応などが中心です。
私個人で言えば刑事事件に関心があり、比較的多く扱っています。無罪も2件獲得しました。福島第一原発事故についての強制起訴事件の指定弁護士、司法研修所の刑事弁護教官など貴重な経験をさせてもらいました。
橋 カルト対策業務と通常業務の割合といいますか、分量的にはどのくらいですか?
久 安倍元首相銃撃事件以後、カルト関連業務が急増しました。連絡会や協会の対応、全国の弁護団結成、日弁連WG、2世団体支援などです。
次代の法曹へ一言
橋 刑事弁護教官も経験されて、司法試験を志す人や修習中の人、期の若い法曹に何かアドバイスというか、伝えたいことはありますか?
久 数ある弁護士の業務の中で、唯一、憲法に規定されている業務、それが刑事弁護です。私は刑事事件を経験することで弁護士としての基盤を作り、成長することができました。依頼者との信頼関係の築き方、事情聴取の方法、証拠の収集方法、起案・尋問技術、裁判官・検察官・マスコミとの対応方法など弁護士として必要な技術を身につけることができました。
また、委員会や弁護団の活動を通して、数多くの弁護士と接することで、弁護士としての生き様、事件への向き合い方、支え合える仲間など無形の財産を数多く得ることができました。
刑事事件の多くは一人で担当することになります。 ひとりで行動し、ひとりで考え、ひとりで方針を決め、ひとりで法廷に立ち、ひとりで結果(判決)を受け止めなければなりません。 ひとりで国家権力、組織力を背景にした検察官を相手にし、社会的に批判を浴びている依頼者のために働く。そこにロマンがあります。
最初は刑事事件に興味がなく、企業法務の仕事をしていたけれども、刑事事件に触れることでそこにやりがいを見いだし、一流の刑事弁護人になった弁護士が多くいます。刑事事件で得た知識、経験は民事事件で活かすことができます。優れた刑事弁護人は優れた代理人である、と言って良いでしょう。 食わず嫌いをせずに、是非、刑事事件を経験してください。そして、全力でその事件に取り組んでください。厳しい現実にぶつかることも少なくないですが、ほかの事件では得られない、やりがい、達成感を得ることができるでしょう。
いかがでしたでしょうか。PART2ではメタルヘッズ話をうかがいますので、こちらもお楽しみに。