9. 「アタック、登頂」
時刻は真夜中のミッドナイト。Dr.Dreが監修している低音ボイスを持つ、我らが隊長「リチャード」の強烈なグッドではないモーニングの声にて目を覚ます。そう。いよいよ登頂へアタックする時がきたのである。これまで登頂アタックを経験したのは2回。1回目はメキシコにて。2回目はエクアドルにてだ。さすがに3回目だから慣れてるでしょうと思ってしまうかもしれないが、アタック前の緊張は、いつ何時であっても緩和されることはないと思う。なぜかといえば、アタック前適当に過ごし、仮に一つでも道具を忘れてしまえば最悪死に至る可能性があるからである(初心者でも登れるキリマンジャロですら、毎年必ず1人は命を落としている)。みなさんも風俗に行く前は、必ず店にクレジット払いができるかどうか尋ねるはずだ。それと全く同じことである。冗談はさておき、暗闇の中うす暗いヘッドライトを頼りに、僕らは黙々とアタックに向けて準備を進めていった。
時刻は12:00AM。はるか離れた別府では、今頃友人Mが太一商店にでも行っているのかなと思いながら登頂へのアタックがスタートした。
ここまでほぼサンダルのような靴で歩いてきたリチャードの足元に目をやると、なんとしっかりとした登山靴に代わっているではないか。なるほど。厚さ20cmの皮膚に覆われた彼の足ですら耐えられような極寒がこの先にはあるのか。そう思うと、太一商店のことなんかすっかりどうでもよくなり、僕は100パーセント登山に集中したのであった。
背中に氷河
ベースキャンプを出てから早1時間が経過したころ、大橋が急に寒いという言葉を頻りに言うようになった。まあ確かに寒かった。正確な気温は把握していなかったが、間違いなく-15度はあったと思う。ただ大橋をみると、厚手のダウンジャケットに厚手の手袋、そしてパンツも我らがGORE-TEX社のパンツと、防寒には十分すぎる装備であったため、どうもおかしいなと思わざるを得なかった。
安全を考慮したリチャードが気を遣ってくれたのか、自分の携帯食であるチョコレートを頻りに大橋に渡しては、これを食べると元気になると、ルーピン先生のごとく励ましの言葉をかけていた。
いつもはただの変態くそ野郎だが、いろんな意味でやるときはやる。さすがは隊長である。
しかし、リチャードの涙ぐましい努力は実らず、その後も一向に寒いという言葉が口から別府の源泉のようにでる大橋。
さすがに少しイラついたのか、そんなに寒いならホットティーを作ってやるからと、大橋のリュックから無理やり水を出そうとしたときだ。
「OMG」
リチャードはこれまで聞いたことがない、まるでBOSEの音のように聞き心地がいい滑らかな声を出すと、僕のことを手招きするのであった。
なにごとかと思い彼のリュックを凝視すると、なんとリュックの中の水が漏れ、彼のリュックはガッチガチに凍っていたのである。
ただでさえ外気は-15度だというのに、氷河リュックを背負って登山していたらそりゃー寒いに決まっている。二宮金次郎でもしないドМプレイだ。
前代未聞のハプニングに見舞われた隊員をだした僕ら部隊は、いったん落ち着きを取り戻すために登山道にある岩場に腰を掛け、他の登山者が頂上へと進んでいるのを横目に、アッツアツの紅茶を飲みながら少し早めの朝食をとるのであった。
イタダキ
紅茶を飲んだ後、ピッケルで大橋のリュックに付着した氷を速攻ではぎ取った我々は、日の出を見るために標高5500m地点を半ば早歩きで移動するという暴挙にでた。さすがに高地にて早歩きすると、体が異常なほどの疲れをみせる。オリサバ山を登山したときの余裕は、僕の心に全く残っていなかった。同様に他の隊員にも心の余裕が全くなく、ただひたすらに馬のように息を荒げながら呼吸をし前に進んでいた。そんな中、さすがは隊長リチャード。一人疲れながらも、隊員に気配り目配りを決して忘れることなく、僕らを登頂させるために、彼ができる最大限のリードしてくれた。
時刻は6:00AM。日が昇る十分ほど前に、僕らのグループはついにアフリカ大陸最高峰である、「マウント・Kilimanjaro」の登頂に成功した。
登頂直後疲れ切っていた僕は、登頂したという高揚感よりも疲労感のほうが上回っていたため、早くここから帰りたいという思いでいっぱいだった。しかし、写真でのみしか見たことがなかった、山頂にある「Africa's highest point」という木の看板に掘られた文章を目にした瞬間、疲労感が薄まり、俺は登ったんだという高揚感に包まれたことを今でも覚えている。
さらに後ろを見てみると、そこには小さいながらも、長い夜から目を覚ました水牛の大群が移動している姿や、それを襲うかのように後ろから襲い掛かろうとするライオンの姿、また優雅に空中を旋回する鷹や鷲の姿など、まさに僕が幼いころ夢見ていた「アフリカ」という場所に相応しい景色が広がっていた。
その光景に心を打たれ、開いた口が数分の間閉じないという現象に陥っていた僕の隣に、リチャードと大橋がきた。お互い目を見合い、言葉はなくともやってやったという思いを感じ取ると、僕らは今まで感じたことがないエクスタシーを感じながら、熱い熱い抱擁を交すのであった。
最終回「さらばキリマン、永遠に」
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