シリーズ累計300万部超えの「カップコーヒータンブラー」。宝島社・北嶋瑛美さんの「日常の小さな悩み」を見逃さない企画術【マルチメディア商品のTAKURAMI】
コンビニの雑誌コーナーで、鞄やポーチなどのアイテムとセットになった本を目にしたことはありませんか?
小冊子がついている形で、アイテムがメインとなったこれらの本は「マルチメディア商品」と呼ばれ、美容やファッション、文具など、幅広いジャンルで展開され、全国各地のコンビニの雑誌コーナーや書店で販売されています。
なかでも宝島社が販売する「カップコーヒータンブラー」はコンビニを中心に大ヒット。シリーズ累計300万部を超えるロングセラー商品です。
このタンブラーはコンビニで購入したコーヒーをカップごと入れられて、ホットもアイスも温度をキープすることができます。結露も発生せず、手が濡れてしまう心配もありません。
商品を企画した北嶋さんは、コンビニコーヒーの愛好家。出勤前にアイスカフェラテを買うのが日課で、デスクが水浸しになってしまうことがストレスだったそうです。北嶋さんの日常の小さな悩みごとから生まれ、大ヒット商品となった「カップコーヒータンブラー」。その企画の裏側を伺いました。
マルチメディア商品とは「体験」を提供できるもの
──北嶋さんが所属されている「マルチメディア編集局」というのはどういう部署なんですか?
アイテムをメインとし、小冊子とセットにして販売する本を「マルチメディア商品」といいます。書店だけでなく、全国のコンビニエンスストアを販路にもつ出版社の強みを活かし、幅広い層のお客様に商品を届けることができます。様々なブランドやキャラクターとコラボして商品を企画するのが、私たちマルチメディア編成局の仕事です。
本や雑誌は読者に何かを“提案”するものです。たとえば「ピンクのバッグでお洒落になろう」というタイトルの雑誌は、読者に「ピンクのバッグを持とうかな」と思ってほしい。
ですが読者はバッグを購入しなければ、本当にお洒落になれるかどうかを試すことはできません。雑誌の付録にバッグがついていれば、買ったその場で試すことができます。そういった発想を元にして、アイテムを通じて読者に「体験」を提供するのが、マルチメディア商品です。
最近はコンビニビジネスにも力を入れていて、売り上げも好調です。書店がない地域にもコンビニはある場合が多いですし、年代問わず幅広い方々に商品を届けることができています。コンビニで販売するときは透明のパッケージに入れることで、実際の商品が見えるように。本よりもアイテムを目立たせるようにしています。
──「カップコーヒータンブラー」はまさにコンビニでヒットした商品ですよね。企画したきっかけを教えてください。
私は出勤前に、よくコンビニでアイスカフェラテを買うのですが、結露でデスクが水浸しになってしまうことが嫌だったんです。
ちょうどコンビニで販売するマルチメディア商品を企画しようという話があって、このストレスを解消できないか考えていたとき、SNSで自前のタンブラーにカップコーヒーを入れている人を目にしたのです。
「これなら結露が防げるのでは」と、コンビニのカップコーヒーにぴったり合うサイズのタンブラーを作ろうと企画しました。
──北嶋さん自身が抱えている日常のストレスを、解消できる商品だったんですね。
はい。ですが、この商品を買ったからといってコーヒーの味自体が変わるわけではないので、「本当に需要あるの?」という声も社内から多くて。このストレスを感じている人は私以外にもいるはずだという自信はあったのですが、自分の思いだけでは説得できず、大変でした。
──実際、どのように説得されたんですか?
プレゼンするときに求められるのは、これだけの需要があると根拠として言える「数字」です。とはいえ、ストレスを抱えている人の数を出すのは難しい。でも別の角度から調べてみると、そもそもコンビニで売られている一日あたりのコーヒーの数が凄まじかったことがコンビニ側へのヒアリングでわかったんです。
この母数の大きさを武器にしたことで、反対の声を説得できました。「説得できる数字」を持ってこれるかが、企画を実現させるうえでは鍵となりますね。
リサーチするときは、生身の人間に会いにいく
──「カップコーヒータンブラー」は発売とともにSNSを中心に話題に。口コミがどんどん広がっていったそうですね。
そうなんです。多くの人がSNSで実際に使っている様子をアップしてくれました。ちょっと便利なものって、人に話したいという気持ちを駆り立てるのだと思います。「これを買ったら氷が溶けにくいし結露も防げるんだよ!」というお得な情報って、シェアしたくなりますよね。
また、第一弾は白や黒といったベーシックな色で展開したのですが、第二弾はよりSNS映えする「かわいさ」を狙い、ピンクなど色のバリエーションを増やしたんです。結果、SNSでさらに盛り上がり、ピンクは発売後、即売り切れ。SNSで再販してほしいという声をたくさんいただきました。
──やっぱりSNSの力ってすごいですね。リサーチするときもSNSは活用されていますか?
はい。トレンドなど情報を得るためにSNSをよくチェックしています。でも、リサーチするときSNSに頼りすぎないようにしているんです。SNSの情報をもとに企画するときは、必ず街へ出て、自分の目でも確かめる。生身の人間を見ることを大事にしています。
SNSだけだと、発言している「人」がどういう人かは見えてきません。生身の人のリアルな行動を知るために、カフェで隣の人の話に聞き耳を立てたり、街中でどんな人が何を買っているのか見たりしています。友だちに「最近何買った?」と聞いて、ネタにすることもよくありますね。
──生身の人のリアルな行動を見ることと、SNSだけで情報を得ることには、どういった違いがあるんですか?
そもそも、物を買ってもらうって、ものすごく難しいことなんです。私は前職、PLAZAで販売の仕事をしていたのですが、いろいろな商品が並んでいても実際に購入する人って本当に少なくて。皆さんiPhoneを見たり音楽を聴いたりしながら店内を歩いていて、全身全霊で商品をチェックしている人なんてほとんどいません。それはコンビニも同じです。
ちらっと商品が目に入る、その一瞬で勝負は決まります。商品の内容だけでなく、ビジュアルも、書かれている文言も、すべてがその人に「届く」ものでなければ売れません。生身の人間をイメージして考えられなければ、一瞬で届ける力はどうしても弱くなってしまうと思います。
企画することで、今あるものを「ちょっと」便利に
──マルチメディア商品のジャンルは美容グッズや文具など幅広く、カップコーヒータンブラー以外の商品も企画されていらっしゃると思いますが、北嶋さんが「企画」するうえで大事にしているのは、どんなことでしょうか?
日常に目を向けることです。私たちが企画する目的は、商品を買ってもらうこと。日々の暮らしが“ちょっと”便利になるものだと、多くの人に手にとってもらいやすいと思います。
──「ちょっと」でいいんですね。「すごく」便利になるもののほうが理想的に思えてしまいますが……。
「ちょっと」でいいんです。「エジソン並みの発明をしてみせる!」のような気持ちも素晴らしいとは思いますが、既に世の中にたくさん溢れているものに対して皆が100%満足しているかというと、そうではありません。言葉になってはいないけど存在している「もやっ」とした小さなストレスに注目して、解決案を提供できるか。私にとってはそれが企画力であり、企画するということだと思ってます。
すごいことをしよう、と思わなくていいんです。仕事というのは一日で終わるものではありません。企画も一回きりのことではなくて、次から次へと新しいものを考えなければならない。難しいように思えますが、私たちの身の回りには企画の種がたくさんあります。私自身、これからも日常の「小さなもの」に目を向け続けていきたいですね。
■プロフィール
北嶋瑛美
宝島社マルチメディア編成局第4編集部・編集長。慶應義塾大学卒業後、雑貨小売業を経て2013年に宝島社入社、手帳企画編集部に配属。2015年にマルチメディア編集局へ異動。ディズニーやアパレルグッズなど多くのヒット商品を開発する。
取材・文 冨田ユウリ
取材・編集 小山内彩希
編集 くいしん