企画とは、世の中の可能性を広げること。日常に楽しみが増える【体験する物語のTAKURAMI】コンテンツクリエイター・きださおりさん
さまざまなヒントをもとに謎を解いて決められた場所から脱出する「リアル脱出ゲーム」や、参加者が物語の世界の登場人物となって自分の行動でストーリーを進めていく「体験する物語project」など。
東京・新宿にある室内テーマパーク・東京ミステリーサーカスなどで「主役は参加者」をコンセプトにした没入感の高い体験型エンターテインメント作品を手がけている、SCRAPのきださおりさん。
2022年12月9日(金)には不思議の国のアリスをテーマにした最新作『ALICE IN THE NIGHT MYSTERY CIRCUS』の開幕も控えるきださんにとって、企画とは、「世の中の可能性を広げること」。
それは、きださん自身が取り組んでいることで言えば、カラオケや飲み会など定番化した遊びとは異なる楽しさを感じられる場を手がけることや、多くの人たちに日常が少しでも楽しくなる選択肢を提案するといったこと。
企画するとき、最初は個人的な思いを大切にしていると言うきださん。一方で、世の中の多くの人たちに届くものにするために、アウトプットの手前には必ず作品のヒアリングやテストプレイを大切にしていると言います。
世の中に日常の楽しみを増やすために、きださんが大切にしている「個人の思い」と「世の中の声」を企画に取り入れるタイミングや、その両方を反映している作品たちについて伺いました。
企画とは、世の中の可能性を広げること
──リアルな場とオンラインを問わず、数々の体験型エンタメ作品を手がけてきたきださんの考える企画とは、どういったものでしょうか?
まだ世の中にないけれど、あった方がいいことやものをつくれることだと思っています。例えば、サランラップひとつとっても「こういうものがあったらいいな」という誰かの思いから生まれていると思いますが、それが生まれたことによって誰かが助かったり、日常がより豊かになってちょっと気持ちよくなれたりしていますよね。
企画とはそういうふうに、だれかの心が動いたり誰かが助かったりなど、それが生まれる前には起こらなかった現象を生むことだと私は考えていて、突き詰めるとそれは、世の中の可能性を広げることなのかなと思っています。
私は「体験する物語」という、参加者自身が行動することで進んでいく物語をつくっていますが、その根本には日常を少しでも楽しくしたいという気持ちがあるんです。例えば、「仕事でちょっと失敗しちゃったな」とへこむことがあっても、夜に行ったイベントが楽しければ、その気持ちが少し紛れるかもしれない。海外に行くほどの非日常じゃないけれど、日常と非日常の間のような体験を通して、その人の心が動く瞬間にちょっと背中を押すことができたらいいなという思いがあります。
──きださんは物語の脚本を手がけられるだけでなく演出もしたりと、仕事内容は多岐にわたると思うのですが、各プロジェクトのどの部分がより“企画”のお仕事だと感じていますか?
プロジェクトの最初と最後だと思っています。最初というのは、プロジェクトの「旗を立てる」ようなこと。それは、こういう物語を自分はつくりたいと言語化することで、私はそれをよく一枚の紙に簡単に書いています。
最後というのは、アウトプットのこと。私は、どんなに優れた発想があっても、世の中に出なかったら「なかったことと同じ」と考えているので、お客さんが体験してくれるところまできちんとつくり上げることが企画の締めだと捉えています。せっかく自分が「あった方がいい」と思ったものなのに、アウトプットしないのはもったいないと思っているんです。
企画の最初は自分の思いを。企画の最後は多くの人の声を聞く
──物語のアイデアを言語化し、アイデアで終わらずに形にすることまでを企画のお仕事だと捉えられているきださんは、実際に作品をつくるときにどんな発想法やアウトプットの工夫をしているのか教えてください。
一番最初の企画の種をどうやって考えているのかというと、私は自分自身の個人的な体験や感情から考えていくことが多いです。例えば『君は明日と消えていった』というリアル脱出ゲーム。謎を解いていくうちに作品全体から「後悔しない人生をおくろう」というメッセージを受け取ることができるのですが、これは私自身が29歳のとき、これから30歳を迎える自分の心境から生まれた作品なんです。
30歳を目前にして、「これまでの人生、自分の行動に対して100%後悔してないと言えるかな?」と自問自答したときに、後悔だらけだと気づきました。そこから、せめてほかの人には後悔しない人生を送ってもらいたいと、人生の一瞬一瞬を大切にしようと感じてもらえる公演を考え始めたんです。
──最初は自分の中だけにあった「後悔してほしくない」というような個人的な気持ちを、不特定多数の参加者にもしっかり共感できるものとして届けるために、きださんはどんな工夫をしているのでしょうか。
公演にもよりますが、作品を世の中に出すまでに数百人以上の人にテストプレイしてもらいます。個人的な経験から生まれたメッセージであっても、物語をつくっている以上、自分と同じような人にしか共感されないとか、この世代じゃないとわからないというものにはしたくなくて。いろんな属性の人に届く物語にするために、自分と年齢も性別も属性も違う人をあの手この手で集めて、細かく意見を聞いています。
もしも私が、小説や映画のように物語の登場人物の誰かを主人公にするなら、私個人から湧き出た感情を突き詰めて共感できる物語をつくると思うのですが、「体験する物語」の主役は参加するお客さん。それぞれ抱えている悩みも違えば、性別も年齢も何もかもが違うので、たくさんの人からもらう意見はなにひとつ無駄にならないんです。
最新作の『ALICE IN THE NIGHT MYSTERY CIRCUS』も、多くの人の声を取り入れた公演になっています。
──『ALICE IN THE NIGHT MYSTERY CIRCUS』についても、きださんのどんな思いから生まれ、訪れた人が物語体験を通してどんな楽しみを得られるのか、ぜひ伺いたいです。
『ALICE IN THE NIGHT MYSTERY CIRCUS』は、閉館後の夜の東京ミステリーサーカスに不思議の国のアリスたちがやってきて、そこで繰り広げられる冒険活劇に参加しながらアリスのキャラクターたちと一緒にナイトパーティーを楽しめるといった内容です。この企画は「お酒を飲むことが目的じゃない夜の楽しみ方を提案したい!」という思いから生まれました。
──いわゆる「飲み会」が、社会人の夜の定番の遊び方というイメージがある中で、それ以外の夜の楽しみ方を提案することは、まさに、きださんが企画として捉えている「世の中の可能性を広げること」ですね。
そうですね。私自身はコロナ禍が訪れる前は、お店で夜な夜な「ここに行けば何か楽しいことがやっている」と思えるようなイベントを企画していたりしたんです。行く場所に迷う年末年始とかは特に開催したいと思っていて。年末年始ってできれば楽しく過ごしたいじゃないですか。でもコロナ禍を経て、「約束や目的がないと夜に人と会うことが難しい世の中になってしまったなあ」と感じて。
「夜にいろんな人と出会えたり、思ってもみなかったような体験ができるナイトエンターテインメントって、もう復活してもよくない?」という気持ちから、この企画を考え始めました。さらにそこに、飲み会やカラオケじゃない新しい形のエンタメがあったら、この世界の夜がもっと面白いものになっていくんじゃないかという私自身の一貫した思いも重なって、日常と非日常の間にあるような、みんながちょっとオシャレして集まる感じが楽しそうな、不思議の国のアリスをモチーフとしたナイトパーティという形になっていったんです。
小さな企画の経験が、未来の大きな企画の糧になる
──きださんの企画する原動力になっている「日常を少しでも楽しくしたい」という気持ちは、どこから生まれているのか気になります。
福井県の、家から一番近くのコンビニまで車で30分かかるような田舎で育ったところから生まれた気持ちだと思います。娯楽が少ないから、遊びは自分でつくらないといけなかったんですよね。
地元にいた頃は簡単に出掛けられなかったんで、インターネットを使って自分でホームページをつくり、そこにどういうコンセプトを乗せて、どんなコンテンツを入れるかを考えてみるなど、まさに企画をしていましたね。
──いろんな人が存在するインターネット空間でホームページという場づくりをしてきたのは、体験する物語を通じていろんな属性の人たちが面白がれる場をつくる、今のきださんのお仕事にも重なるものを感じます。
もうひとつ、今の仕事とリンクする話で思い出すのが、社会人になりたての頃に企画した友だちの誕生日パーティー。
友だちがあらかじめ用意された地図を頼りに指定のホテルへ向かい、ホテルのフロントマンに合言葉を伝えると部屋の鍵を渡され、ドアを開けるとクラッカーが鳴ってデコレーションされた部屋が視界に飛び込んでくる、という仕掛けを用意しました。誕生日に特別な体験をプレゼントしたい思いから、このようなお祝いになりました。
こういった自分自身の経験からも、企画って本当に誰にでもできることだと思うんです。実行する規模の大きさは関係なく、友だちの誕生日会のサプライズも、旅行のプランニングも、立派な企画。
そういう小さな企画から派生したなにかが、後々の大きな企画につながる可能性もあります。なので企画のアドバイスとしては、自分に一番負担のないやり方でいいのでまずは形にしてみて、近くの友だちでもいいので自分以外の誰かに見せてみることになりますかね。
──最後に、きださんの今後の展望について聞かせてください。
これからも日常をもっと楽しくしていきたいですし、体験する物語の可能性をもっと広げていきたいなと思っています。体験する物語は、体験した人の経験になることに価値があるんです。例えば、漫画を読んで漫画の主人公の経験を自分の経験にすることはできないけれど、体験する物語の中で自分で動いて選択したことは自分自身の経験になりますよね。
参加者がその後の人生で選択に迷ったときに「自分はゲームの中であの決断ができたんだから現実でもできるはず」と自分の背中を押すものになれるんじゃないかと信じているんです。実際にお客さまからも「背中を押された」「勇気が出た」という感想をいただくことが多くて、私にとってはそれがとてもうれしいこと。
リアルな場でのイベントだけでなくオンラインでも企画をしていますが、今後もアウトプットの形にはこだわらず、たくさんの人が日々を楽しく過ごすお手伝いができたらいいなと思っています。
■プロフィール
きださおり
“体験する物語”をつくるコンテンツディレクター。リアル脱出ゲームなどを制作する株式会社SCRAPの執行役員。2014年から道玄坂ヒミツキチラボ実験室長、2017年12月から2020年まで東京ミステリーサーカスの総支配人を務める。現在も、オンラインやリアルな場所を舞台に、新しい物語体験作りに取り組む。Twitter:@opeke。
取材・文:小山内彩希
構成:宮島麻衣
編集:くいしん
撮影:長野竜成