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アイデアの安売りで想像を超える企画になる。脚本家・夏生さえりさん【脚本のTAKURAMI】

「TAKURAMI STORY」では、商品、映像、音楽、写真、物語など世の中にワクワクする企画を提案してきた方々をお招きし、業界や肩書に捉われず、その企みを紐解きます。第2回は、脚本など文筆業で活躍する夏生さえりさん。

エッセイ、ショートストーリー、コピーなど、多くの人々の心に文章を届けてきた夏生さえりさん(以下、さえりさん)。

現在は「CHOCOLATE Inc.」(以下、チョコレイト)のメンバーとして、脚本業でも活躍し、竹林亮さんと共同脚本を務めたYouTube短編映画『ハロー!ブランニューワールド』(動画名:『もう限界。無理。逃げ出したい。』)は、国内外で再生回数5,000万回以上。

今年は、10月28日(金)から全国で公開される長編映画『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』(配給PARCO)を共同脚本で手がけました。

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もともと、「物語をつくることって、完全にセンスの世界だと思っていた」と語るさえりさん。

しかし、脚本を学ぶ中で、「センスではなく、物語にも構成の基本が存在すること」を知り、同時に、もともと大切にしてきた「アイデアの安売り」を脚本業の中でも積極的に行っていったことで、「企画が想像もしなかったところまで膨らんでいく」ということに気づきました。

センスや才能を前に行動を起こすことを足踏みしてしまう人たちに、さえりさんが物語の企画の考え方、それを洗練させていくヒントを教えてくれました。

企むヒントは、アイデアの安売り!?

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──さえりさんにとって、企画とはどのようなものでしょうか?

私は、広告の企画や文章の企画、物語の企画などいろいろな企画に携わっていますが、いま多くの時間を使っている企画は、物語にまつわることです。物語の企画とは、「物語をどんな場所でどういう風に見せるか?」という大枠であったり、「どんなテーマやコンセプト、肝となる設定にするか?」であったり、「どんなシーンを作ると面白いか?」「どんなセリフが必要か?」など粒度はさまざまあります。いずれにしても私が大切にしていることは、周りの人にアイデアを積極的に共有していくことです。

──映画『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』は、ある広告会社の社員たちが、タイムループから抜け出す鍵である上司に、おなじ1週間を繰り返していることを気づかせようとする物語ですが、この映画の企画もアイデアの共有から生まれたのでしょうか。

そうですね。タイムループものは主人公が孤軍奮闘する形が多い中で、チームプレーでタイムループから脱出しようとする設定になったのも、自分の気づきを共有したことからでした。私が上司のツイートの内容にデジャブっぽさを感じて、「タイムループしているんじゃないか」と同僚に話したところ、同僚も「同じことを思っていた」と盛り上がったことから「タイムループ映画のモブキャラである街の人たちが、タイムループに次々気づいたらどうなっちゃうんだろう?」とチームプレーの着想を得ました。それを、物語のタネとしてメンバーに共有したところ「おもしろいね!」となって。

アイデアって、面白くないかもと誰かに話すのをやめてしまうこともあるし、「これは行けそうだぞ」と思っても、「もっと練ってからにしよう」と「面白そうだから大きな機会まで取っておこう!」とかって出し惜しみしちゃうことがあると思うんですけど。むしろ安売りしていくことで、企画が想像もしなかったところまで膨らんでいくことがたくさんあります。

特に、私の所属しているチョコレイトには、素晴らしいアイデアを持った人がたくさんいるので、話してみると自分の想像していたよりもずっと面白いものに一瞬で変化するんです。とにかく、なんでも話してみることが大切かなと思っています。

型が企みを洗練させてくれる

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──物語の大きな枠組み、骨組みが定まってからは、どんなふうに脚本の内容を考えていくのでしょうか。

脚本には「型」があるんです。型を使い、型に則って周りの人と議論しながらつくっていきます。「型」って、面倒くさいなとか、オリジナリティがないなとか敬遠されがちなんですけど、私は型がセンスを活かすと思っています。

──そもそもさえりさんが型を使って脚本をつくるようになったのは、どんなことがきっかけだったのですか?

チョコレイトに入り、共同脚本で作品をつくるようになったことがきっかけです。チョコレイトで監督の竹林亮と共同で脚本をつくるときに、『SAVE THE CATの法則』という本を使いながらチームで脚本をつくりたいと提案がありました。

ハリウッドの脚本術の教科書のような内容で、長い物語の中で、何をどう起こせば、破綻せずに構成できるのか、見応えがあって面白く作れるのか、をとても細かく分析している本です。『E.T.』も『ホーム・アローン』も、最近の映画も大体がこの本の型に則って脚本の構造を解説することができます。その本の型に則った初作として制作したのが、2019年に公開された、あさぎーにょ主演の『ハロー!ブランニューワールド』(動画名:もう限界。無理。逃げ出したい。)なんです。

──『SAVE THE CATの法則』に則った型を使うようになって、どのような変化がありましたか?

それまでは、物語をつくることって完全にセンスでやらないといけない世界だと思っていました。もちろん緩急をつける必要がある、とか、起承転結のような物語の展開などを意識しているつもりでも、どこで何をすればいいかというマップがないので、どうしても感覚に頼らざるを得ないんですよね。だからつくり上げたとしても、これが本当に面白いのか、誰かに届くのかという自信もなければ、次回も感覚でつくり上げなきゃいけないという、すごく不安定な感じがあったんです。でも型を持つようになって、安心して取り組めるようになりました。

また、誰かと企画を煮詰めていくときにセンスありきで話し合ってしまうと、どうしても声の大きい方に決定が偏ったり、「面白い」「面白くない」が個人の感覚に寄りすぎて議論が難しかったり、自分の指針のなさみたいなものにモヤモヤしたりしてしまう…。でも、それが型を持つことでしっかりと自分の考えを大切にしながら、建設的な議論ができることに気づきました。

──型を持つことが、アイデアや企画自体を洗練させることにつながるという納得感があったのですね。

そうですね。アイデアや企画を活かしていくひとつの方法として、型が有効なんじゃないかと思っています。たとえば自由詩よりも、俳句や短歌という制約があるほうが、そこに何を入れるか?のクリエイティビティを発揮しやすいし、とっかかりがあって取り組みやすい、という感覚に近いと思います。すべて自由ですべて手探りの状態よりも、型がある中で何を入れますか? と聞かれた方が、みんなのアイデアも集めやすいし、集約もしやすい。結果として、とってもクリエイティブなものができると思っています。

企みを人に伝えることで、世界は広がる

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──物語をつくることって、才能やセンスありきと思われがちですが、「アイデアの安売り」や「型を持つ」などは、誰でも取り掛かりやすいアドバイスだなと感じました。

自分で自分の才能やアイデアの価値、センスの有無を決めつけて、企画を実行できないほどもったいないことはないと思っています。これは私が学生時代に大人の方からかけられた言葉からくる思いなんです。

──学生時代にどんなエピソードがあったのでしょう?

大学生の頃に、たくさん撮った写真をつなげて対象自体が動いているように見せるストップモーションアニメというのをひとりでつくっていた時期があって。それを大人の方に褒めてもらったことがあったのですが、私は「自分は本当に大したことなくて、プロの人とかもっとすごいんです」みたいな反応を返したんですよね。

──自分よりすごいと思う存在がいると、つい引っ込み思案になってしまうことってありますよね。

それに対して、「才能の価値は自分で決めるものではないんだよ。人が良いと思うもの、それが価値のあるものってことだ」という言葉をもらって。結果的に、ただの趣味がWebで公開するストップモーションアニメのCMにまでつながりました。

私も何かそれまでは、ひたすら上を見て、もっとすごい人がいるから見せられないとか、恥ずかしいから人には言えないとかって気持ちがすごくありました。けれども、人に見せていくことで自分の強みがわかったり、企画の弱点なども見えてくることを学びました。

──アイデアで終わらせないで、ちゃんと企画を実行していくことが大事なんだという気づきを得たのですね。

そうですね。できるだけ多くの人を巻き込みながら、一緒に企画を大きくしていくことって、すごく楽しいなと思うんです。脚本づくりは、人によってやり方がさまざまですが、日本の場合は実際の脚本内容は一人で書くことがすごく多いんです。でも私は脚本の内容をつくっていくときも、テニスのラリーのように周りの人たちとボールを打ち返しあって一緒に作っていきますし、その方法が自分には向いているなと思っています。

とにかく、自分ひとりだけで完結させようとしないで、周りの人に話してみる、あるいは聞いてみるということから始めてみることが大切だと思います。きっと新しい発見があって、自分の頭では想像しえなかった素晴らしい展開が待ち受けているんじゃないか、と私は思います。

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(映画『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』は、10/14(金)東京・大阪・名古屋で先行公開。10/28(金)より全国順次公開)

■プロフィール

夏生さえり
青山学院大学心理学科卒業後、出版社に就職。その後、Web編集者に転職し、2016年にフリーライターとして独立。エッセイ、ショートストーリー、脚本、コピーライティングなど、文章にまつわる活動は多岐に渡る。CHOCOLATE Inc.ではプランナーも務める。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、 『口説き文句は決めている』(クラーケン)、『揺れる心の真ん中で』(幻冬舎)ほか。

取材・文:小山内彩希
編集:くいしん