小指の想い出
その日の君は何度かチャンスを不意にしてた。もう懐かしさすら感じる札幌のチャントと普段より密着したゴール裏で君の姿を目で追っていた。
勝たなければ埼玉へ行けないというレギュレーションに、エレベーターと揶揄されサポの思いに、北の地にやってきたばかりのキミに北海道の思いまで乗せた僕達は、ため息を押し殺して歌い続けた。
まだ早いのか?タイトルを掴むその場所に行く事すら不似合いと思う負け犬根性が染み付いた僕の心を見透かすように時間はどんどん過ぎていく。でもここまで来たんだ。あの札幌がだよ。肝心なところでいつも負けるのはいっぱい経験済みだよ。だからここで敗れても平気なんだ。そうどっかで自分にいい聞かせてた。それはこのクラブのサポをやってく上でのボクの安全装置だったのかも。
そんなしみったれた想いを切り裂くように福森の地を這う縦パスが荒野の足をかすめてジェイのもとへ送られる。長身の英国紳士はいつもと同じように簡単にボールをおさめると少し前にいたキミへパスを送る。さあ、行けと言わんばかりに
ボールを持った前に進むキミの横には、キミをこのクラブに誘ったかもしれない荒野が猛スピードでキミを追う。彼は同世代のキミをいつもそうしていたのかもしれない。
さらにその横を顔を歪めながら宮澤が必死に後を追う。ここ何年もの涙もため息も全部知ってる僕らのキャプテンが。その顔を見てたらもうこみあげてきて、ボクは泣くのはまだ早いって強く右手を握ったんだ。
そして、ガンバのディフェンスが一瞬二人を意識した刹那、キミは右足を振る。
ありきたりの表現だけどその時、そのボールの軌道はスローモーションのように糸を引いて見えた。
それはボクの色んな思いが強く握った手の中から指の先に伝わり、そして小指の指紋が渦を巻いてスルッスルッと抜け出してそのピッチに降りて、ゴールネットへの道に軌道を描き出したんだ。そして一瞬息を呑んだスタジアムにボールが突き刺さる音が響く。
歓喜。
熱狂と涙で抱き合う周りの赤黒の大人たち。その中でボクは、ちょっと冷静に埼玉に行こうってボ決めたんだ…。
ボクを埼玉に連れてったその足でベルギーを駆け抜けて今度はボクを代表戦に連れてって。その時着て行くのはレプリカはブルーか赤黒のか少し迷うけど。その時もしかしたらもしかしたらだよ、いつもキミの後を追うやんちゃなあいつかまたいるかもしれない。そん時は試合の始まる前から泣いちゃいそうだよ…。
では。
いってらっしゃい。鈴木武蔵…。
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