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急成長か、持続的成長か。
その“境界”に隠れた葛藤と可能性を探る
拡大“こそ”正義? それ、本当ですか?
スタートアップ界隈に身を置いていると、とにかく「大きくなること」が目的化したり称賛されたりします。大型資金調達、ユニコーン、あるいはIPOや世界市場参入といった言葉が飛び交い、「規模」「スピード」「拡張性」がまるで経営のアタリマエであるかのように語られがち。
確かに、壮大な市場を開拓するビジネスにおいて、一気に規模を拡大して市場シェアを勝ち取ることは、有効な戦略。それによって、競合他社を突き放し、圧倒的なトッププレイヤーになるという成功ストーリーも、世の中に実在するのは事実。
ただ、一方で、「本当に、規模を追い求めることがすべてなのか?」という疑念が浮かぶ場面もあったり。たとえば、「少数精鋭でそこそこの規模を保ちつつ、しっかり利益を生み出している企業」は珍しくないし、ソリッドベンチャーはまさにその典型だと思ってます。ローカルマーケットに特化しながら高収益をあげる地方企業や、ニッチ分野で独自の強みを確立している零細メーカー、あるいは受託ビジネスを基盤に着実に成長している中小企業など、大小さまざまな例も存在してます。
そうした“ソリッド路線”の企業は、メディアの見出しにはほとんど登場しません。投資家からの派手な評価や、プレスリリースでの“○○億円の調達”といったニュースバリューも小さい。結果、「いま一番勢いがあるのは誰か?」「シェアを爆発的に伸ばしているのはどこか?」ばかりが注目されてしまい、裏で地道に利益を積み重ねる企業は、悲しいかな見過ごされがち。
本記事では、「拡大幻想の落とし穴」という切り口で、規模やスピードを追い求めすぎるがゆえの問題点や、あえて「拡大路線」に乗らないことで得られるメリットを整理してみたいと思います。
加えて、後半では「実はベンチャーキャピタル自身も同様の構造を抱えている」という観点にも触れてみたりして、“規模こそ正義”という価値観を、もう一度問い直してみました。
「拡大こそ正義」への問いかけ
大型調達やユニコーンの華やかさ
ここ数年、スタートアップ界隈の話題としてよく挙がるのが、「大型調達で一気に市場を制する」というストーリー。確かに、時間との勝負という点では、大量の資金を一挙に投入し、宣伝・マーケティング・人材採用を加速して市場を一気に囲い込む手法は理にかなっていて合理的。
特にテクノロジー分野では、ネットワーク効果がモノを言う場面も多く、ユーザー数や導入社数が急増すればするほど、“先行者メリット”として盤石なビジネスモデルに仕上がる可能性がある。
ただ、その分リスクも急上昇する。投資家からの多額の資金を受ける以上、「数年以内にIPOせよ」「売上を10倍にせよ」といった圧力がかかるのは必至。創業者や経営陣は、経営の一挙一動を投資家の顔色を伺いながら進めざるを得なくなり、自社が本来狙うべき方向を見失ってしまうリスクもある。
“見落とされる”小さな成功
一方、世の中には決して小さくはない利益を継続して上げながら、スタートアップ的な派手さや資金調達を求めず、堅実(ソリッド)にビジネスを拡大している企業がある。たとえば、地方の小さな工場が、独自の技術力を駆使して高付加価値製品を作り、海外の専門市場で愛されている、という例。おそらく、この工場の年商は数億円程度かもしれませんが、確かなブランドと安定した利益率を誇り、従業員にゆとりある待遇を提供している、といった現実もある。
こうした「地味にすごい」企業は、スタートアップのように“○○億円の評価額を獲得!”といったニュースで取り上げられることはあまりなく、多くの人がその存在に気づかないままになっている。結果、「世の中のビジネスの成否は、“どれだけスケールできるか”にかかっているんだ」という認識が強まりがちに‥‥。
当社の投資先もまさにソリッドベンチャー的で「派手ではなくソリッドに積み上げているが、その分地味に見えてしまい採用がうまくいかない」とかも。
ただ、本当にすべての企業がスケールを狙う必要があるのでしょうか?これは「規模が正義」という価値観への最初の疑問符にしてみます。
「規模」と「利益」はイコールではない
管理コストとコミュニケーションロス
会社が大きくなるほど、当然ながら管理コストは増加します。人員が増えれば部署間調整やミーティングの回数が膨れ上がる。
結果として、事業の中心となるコア業務よりも“社内調整や管理業務”に多くのリソースを割くことに。
スタートアップであれば、シリーズA、Bと資金を調達し、社員数を一気に数倍に増やすことも珍しくありません。ところが、社員数が急増すれば、その分レポートラインや評価制度、人事管理システムなどを整備しなければならず、あまりに早すぎる組織拡大は、社内の混乱や生産性低下を招きかねない側面もあります。
巨額投資によるキャッシュフロー破綻リスク
規模を大きくするためには、先行投資が欠かせない。広告・マーケティング費や開発費を一気に増やし、市場の認知度を高めてユーザーを大量に囲い込む。
これはスタートアップがとる戦略の一つですが、それゆえにキャッシュフローが不安定になりがちでもあります。
計画通りに顧客が増えなかったり、競合が先に市場を抑えたりすると、資金繰りが急に厳しくなり、次の資金調達がままならなくなるリスクが高くなったりも。
一方、小規模でもしっかり利益を生み出す企業は、大きな投資なしでも手堅くキャッシュフローを回す方法を確立している場合が多い。
結果として、外部資金に依存せず、自社のペースで新規事業開発や人員を増やすことができ、経済変動があっても柔軟に対応しやすいわけです。
規模が小さくても高収益体質はつくれる
一般的に、大きくなればなるほど効率が増す(スケールメリット)という考え方があります。しかし、すべての産業や業態でスケールメリットが効くわけではない。むしろ、“スケールデメリット”が発生する場面も。
たとえば、ITサービスでコアメンバー数名が集中して作り上げたプロダクトのほうが完成度が高く、大勢で開発したからといって必ずしも革新的なソリューションになるとは限らない。
規模拡大に伴う定型化や分業化がむしろ創造性を奪い、少人数の高性能チームが発揮していた力を失う結果になってしまう――こうしたケースも十分あり得る。
“急がば回れ”という戦略の妥当性
スタートアップの急拡大モデルはリスクとの隣合わせ
スタートアップのやり方は、短期間でユーザーをガッと集め、競合を寄せ付けないブランドやネットワーク効果を築くことに重きを置く。
確かに当たれば大きい。と同時に、それだけリスクも大きい。スタートアップの成功確率は非常に低いのが実態。
「上手く資金を回収できないまま資金が尽き、事業撤退を余儀なくされる」「競合の参入や市場の変化に対応しきれず、伸び悩む」など、失敗の要因はさまざまですが。
一方、ソリッドにじっくりと顧客を育てるアプローチは、急激な拡大は望めないかもしれないですが、ユーザーとの信頼関係を深めることでリピート率や顧客満足度を高め、結果的に長く続くビジネスを確立しやすい利点があります。
結果的に生き残りやすい「緩やかな成長」
急成長を目指す企業のほうが注目度は当たり前に高いです。が、ハイリスクな領域に足を踏み入れていることを忘れてはいけないと思ってます。
株式市場や経済の変動、投資家の意向と経営の方向性が食い違い、競合他社がさらに大きな資金調達をして市場を荒らしたり――スタートアップは常にいろんなところといろんな戦いをしなければならないもので。
対して、緩やかな成長を志向する企業は、マクロ経済の波や投資家の流行に左右されにくい。長年安定して収益を出し、顧客と信頼を築きながらアップセルやクロスセルを行うモデルなら、突然の不況や流行の変化にも柔軟に対応できる。
“急がば回れ”という言葉のとおり、短期的なインパクトよりも足場を固めることが、最終的に生き残る道になる場合が多かったりします。あとは性格的なものもありますが。
組織づくり:大きさか、強さか?
“見せかけの勢い” vs “質の高いチーム”
スタートアップでありがちなのが、「資金調達後の大規模採用」による“勢い”の演出。いや、本当に勢いのあるところとありますし、ボードメンバーの求心力がめちゃくちゃに強いところもあります。
ただ、演出することでブランディングしているところもあるはずです。
半年で社員数が2倍、3倍。オフィスも拡張。“急拡大の象徴”としてメディアに取り上げられる――これは外から見ると「めっちゃ伸びてる!」「成長企業だ!」とみえるかもしれない。‥‥中の実情はどうでしょう?
カルチャーの浸透が追いつかず、新人と古参の軋轢が起きやすい/起きている
職務分掌が急増して、管理職が不足し、現場が混乱している
採用活動を急ぐあまり、ミスマッチ人材を多く抱えてしまう/抱えている
逆に、少人数でも優秀なメンバーを厳選し、時間をかけてチームワークやカルチャーを醸成した組織は、規模は小さくとも、一人ひとりの生産性が高い。
結果的にプロダクトの完成度や顧客対応の質が高まり、顧客ロイヤルティを確保していく――という好循環ができたりします。規模は小さくても、“強いチーム”を作れれば、外部からの資金に頼らずとも、十分安定収益が得られるかもしれない。
経営効率の観点から見た「最適規模」
“組織のコスパ”を考えると、「ある規模を超えたら急に効率が落ちる」ケースもある。
たとえば、30人くらいの組織なら、経営者やリーダーが直接コミュニケーションを取れる。意思決定は早く、情報共有もスムーズ。
100人、200人となると、管理職の層を増やし、階層が増えて、決裁や連絡が複雑化する。最終的に「こんなはずじゃなかった」と経営陣が嘆くパターンを見聞きしてます。
もちろん、この“最適規模”は業種やビジネスモデルによって違うはず。製造業やロジスティクス、店舗を多く構えるビジネスならある程度の人数や拠点数が必要になる。ただ、ITや専門サービス業の場合、必ずしも大人数になるメリットは大きくないかもしれない。むしろ、小さくても密度の濃いチームが、驚くほど高い成果を上げる可能性は十分にあるはず。
意思決定スピードとマネジメントコスト
巨大化組織の意思決定遅延
大企業や急成長スタートアップが抱える共通の悩みは、「意思決定プロセスが複雑になること」。部署同士の調整、経営会議、稟議フローなどが増えて何か新しい施策を試そうにも、社内承認に時間がかかりすぎて機会を逃す、という事態が起こる。
事実、私自身を経験していて、十数名規模の社内決済フローと上場準備に入った決済フローは全く別物でモヤモヤしたこともあります。遅すぎぃ!
SPEED is POWERではないですが、スタートアップやソリッドベンチャーではスピードが最重要。それが組織の巨大化で失われると、単なる“凡庸な中小企業”になってしまうこともありえる。
“小回りの利く”企業の日常
タイムリーにこんなポストがあったんですが、内容その通りで、小さな組織はスピードが強みになる。
スタートアップのスピード感
— ひさじゅ@RUNTEQの代表 (@hisaju01) February 14, 2025
〜 朝ブレスト 〜
CEO「この検索軸の画面ってなかったよね」
僕「確かに。SEOにも効きそうだし」
CEO「じゃあやってみよっか」
僕「いいですね。じゃあ作っちゃいますね」
〜 午後 〜
僕「今日実装しちゃいたいので、MTGとかはリスケさせてくださいー」…
たとえば、従業員10名規模のスタートアップが、「来月から新しいサービスをβリリースしよう」と思えば、経営者や主要メンバーの数名が集まってディスカッションすれば、すぐに決まる。
リリースに向けて全員が走りだし、数週間後には形になっている――そんな機動力が圧倒的な武器になる。
その“スタートアップ的”な俊敏さを失わないために組織を大きくしすぎないという選択は十分に合理的であるとも言えます。
「大規模投資+大量採用」以外の正攻法
大規模投資や大量採用が“成長企業”の象徴として語られることが多い。ただ、実際の現場に目を向けると、それらが必ずしも長期的な成果を保障するわけではなかったりします。
お金をかけても、計画の精度が低かったり、プロダクトの方向性がズレていたりすれば、すぐに資金が溶けるだけ。大量採用した人材を活かせないまま、1年後には人員整理が始まる、といった話、聞いたりしませんか?
逆に、ゆるやかな採用で、手応えを感じたときに段階的に投資規模を広げる方がミスを最小限に抑えられることもあります。これは、まさに“急がば回れ”の考え方です。
M&AやIPOがゴールとは限らない
当たり前ですが、大きなEXITだけが“成功”ではない
スタートアップでは、IPO(株式上場)や大型M&Aが華々しい成功例として持ち上げられる。もちろん、創業者や投資家が短期間で莫大なリターンを得るには、そうした大きな出口が最も確実で必要になる。
ただ、企業にとって成功の形はそれだけですか?社員にとって、顧客にとって、あるいは地域社会にとって、本当にそれが最適解ですか?
“それ以外のシナリオ”を考える
ゴーインクコンサーン。事業をずっと継続運営することも一つの形で。毎年しっかり利益を生み出して、起業家やメンバーの生活を支え、顧客に安定した価値を提供する――これも十分立派なビジネスのゴールだったりする。
投資家・市場評価を過剰に気にしないメリット
スタートアップは、投資家からの評価を常に気にしなければならない。KPIや数値目標を達成できないと、追加の資金調達が見込めず最悪のケースでは‥‥。
一方で、“ソリッド経営”を続ける企業は、必ずしも常に投資家の顔色をうかがう必要がない。堅実にビジネスを継続し、売上を伸ばし、顧客を増やしていけば、会社が潰れる可能性はぐっと下がる。
そうした内発的な安定感があれば新しいチャレンジなどをじっくり考えられる。“拡大幻想”に踊らされない状況を自ら作ることができる。
大きさだけが正解じゃない時代
拡大“だけ”がすべてではない
「スタートアップ的成長は悪である」ということを本記事で訴えたいわけではなく、「拡大=成功」という単純図式を疑ってもいいのでは?」ということ。
もちろん、世界トップを本気で狙えるビジネスチャンスなら、大規模調達して一気に進める方法も大いにアリ。しかし、それが万人にとっての正解ではないはずです。(シリアル起業家であれば話は全く変わります)
実はベンチャーキャピタルも同じ構造を抱えている
ここまで主にスタートアップ視点で述べてきましたが、実はベンチャーキャピタル(VC)も同じ構造を抱えていると思ってます。
VCは、より大きなリターンを目指すために、大型のファンドを組成し、多数のスタートアップに出資するほど成果が出やすい(統計学的にも)という部分がある一方、
大量に出資した分、管理やモニタリングのコストが跳ね上がる
投資先スタートアップの失敗リスクを抱える
ファンドサイズが大きいほど、投資先への要求も厳しくなる(=スタートアップに対して急成長を迫る構図。つまりファンドパフォーマンスを出すために中途半端なM&AやIPOの許容度が低くなる)
というジレンマが生まれる。結局、VCも「拡大幻想」に基づいてファンドをどんどん大型化すればするほど、より高額なEXITを求めるサイクルが進み、スタートアップ側の苦しみも増大しかねない。
この点を見ると、VC自身も“もっとスケールしなきゃ”という圧力にさらされている実態があると感じてます。
“バランス”がキーになる
おそらくこれからの時代は、“ほどほどの規模感”に価値を見いだす動きが広がっていくかもしれないと思ってます。(まさに当社がその戦略でファンドを組成)
スタートアップが「巨大市場でユニコーンを目指す」以外にも、適度なニッチ市場を狙って小さくても安定した事業を築き上げるソリッドベンチャーパターンが増えるはず。
そして、VCの中にも、大型IPOばかり狙うのではなく、中小規模M&Aなどを狙うような戦略にシフトするところがあった。そうした動きは、
スタートアップ側:無理に巨大化を目指さず、“自分たちの理想規模”で安定収益を追求する
VC側:ハイリスク・ハイリターンだけでなく、ミドルリスク・ミドルリターンを積極的に評価する
という方向性を生み出し、“拡大幻想”以外の豊かな選択肢を提示する流れを後押しするかもしれないなと。
大きくなること以外の成功を認める時代へ
最後に、「企業が大きくなること=善」という単純な価値観が、もはや陳腐化している」という事実がでてきているということもあります。
LLM以後の世界では当たり前になってしまった、“小さいままでも世界と戦える”道が開けた今、無理やり社員数や投資額を膨らませる必要はなくなったかもしれない。むしろ、
組織文化を維持しやすい
キャッシュフローを安定させやすい
リスクを過剰に負わずに済む
といった利点を活かしながら、“自分たちらしい成長”を模索する企業が存在感を増す可能性があると思ってます。
再三ですが、拡大を全否定するわけで全くないです。ただ、「拡大こそが正義」「大きくならないと負け」という思い込みに縛られなくても良い時代になったのでは?と。
“自社や事業にとって最適な規模やスピードは何か?” 10人程度でも最高の効率を出せるならそれでいい。1,000人規模が必要ならそうする。
ただし「スケール志向」が自分たちの本質や顧客価値を阻害していないか、常に振り返る姿勢が重要だと思ってます。
ベンチャーキャピタルも同じく、大型化やハイリターン志向を必ずしも唯一の道としなくていいとなれば、スタートアップとの関係も変わるはず。
VCが小回りの利くファンドを運営し、少額の投資を複数回行い、スタートアップも段階的に成長する――そんな“拡大幻想”以外の選択肢が、今後もっと広がっていくかもしれないですし、当社はそのスタンスでやっていきます。
大きさだけが正解じゃない。当たり前のこの言葉がいろんな人たちに広がれば、ビジネスの世界はもっと多様で豊かなものになるかもしれない。拡大幻想だけでなく、確かな価値を生み出して長期にわたって愛されるビジネスが日本発でたくさん生まれてほしいなと思ってます。
スキ、おしてもらえるとげんきになります!