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スピーチを作ることは、タイムカプセルを開けることに似ている

私は昨年、スピーチトレーニングの学校に通っていた。
私は本業でシステムエンジニアをしている。その仕事柄、打合せで議論をまとめたり、一緒に働く方々に仕事を依頼することが多いのだが、私は自分の伝えたいことが相手にうまく伝わっている実感をずっと持つことができなかった。

「ちゃんと自分の伝えたいことを相手に伝えられるようになりたい」

そんなモヤモヤを抱えていた私は、当時読んでいた小説「本日は、お日柄もよく(原田マハ)」でスピーチライターという職業を知り、「このスキルがあれば言葉を自在に操ることができそう!」「上手くコミュニケーションをとれるようになりそう!」と思った。

そこから、スピーチトレーニングの学校に申し込み、早速学習を始めたがトレーニングはなかなか大変だった。

おおよそ半年をかけて、短いものだと30秒、長いものだと7分程度かかるスピーチを数十本書き続けた。
2週間に1回ずつそれぞれ設定されたグループレッスン、プライベートレッスンでスピーチを書いて発表して、という動作を繰り返したのだ。

何度も何度も、
「書いて、発表して、動画を見返して、フィードバックをもらう」
このループを繰り返していると、不思議と最初あんなに時間がかかっていたスピーチがすらすらと構成できるようになった自分に驚いたことを覚えている。

そんな中で、一つ気づいたことがある。それは、
スピーチを作ることは、タイムカプセルを開けることに似ている
ということだ。

皆さんはタイムカプセルを埋めたことがあるだろうか。
小学生や中学生の頃に、大好きだったものや将来の自分への手紙なんかをお菓子の缶の中に詰め込んで、小学校の例えば桜の木の下に穴を掘って埋め、20歳になったら掘り返して感慨にふける、みたいなエモい営みである。

随分前なので詳細には自信がないが、私のクラスは各々作ったタイムカプセルを担任の先生に預け、成人式でその先生がタイムカプセルを持ってきてくれてお披露目をする、みたいな営みをやった気がする。
(正直言うとオープンした記憶は無いので、先生がそのまま持っている気もする)

タイムカプセルがエモいのは、
「今は忘れてしまった、でも、学生だった頃に大好きだったことや将来の自分に対してのピュアな期待を思い出させてくれる」
ためだと思う。

社会人になると、日々の生活に忙殺されて、「そもそもなんでこの仕事を選んだったんだっけ?」とか「私は何が好きだったんだっけ?」とか「何が私の夢だったんだっけ?」とか、私が大事にしていたはずの気持ちたちがどこかに行ってしまう。当時はあんなに大事にしていたはずなのに。

でも、タイムカプセルを開けることで、当時の想いに触れることで、自分のピュアだったころの感情を取り戻し、今の生き方を見つめなおすきっかけになると思うのだ。

私はこの営みはとてもとてもポジティブなことだと思っている。

そして、スピーチを作ることは、このタイムカプセルを開けることによく似ている。

私が通っていたスピーチトレーニングの学校では、何度も何度も「あなたなりのストーリーを語ってください」と言われ続けた。
例えば、スピーチの題材が「おすすめのものをプレゼンしてください」であれば、そのもののスペック(パソコンであれば処理性能とか軽さとか)ではなく、そのものを使って自分がどういう体験をしたのか、あなたなりに価値を感じた瞬間はなんなのか、を語ることを求められた。

プレゼン=スペックの説明でしょ、と思っていた私はストーリーを語るという動作にずっと慣れなかった。

スピーチの題材は多岐にわたった。
先ほどの「おすすめのものをプレゼンしてください」というライトなものから、「最近考えていることを教えてください」みたいな抽象度の高いもの、「世の中に投げかけたいことを教えてください」みたいなそもそも難易度が高いものもあった。

そして、そのすべてのスピーチに自分なりのストーリーを入れ込むことを求められた。

なので、ストーリーを語るために、当時、自分が感じていた想いを五感でフルに思い出し、「なぜ」そう感じたのかをひたすら深掘りして、周りの方に伝わるように言語化することを繰り返した。

その過程で、私が忘れてしまっていた、でも、当時大事だと思っていたことを何度も思い出すことができた。見失ってしまっていた原点を見つめなおすことができた。

当たり前の話だが、タイムカプセルは過去に埋めないと開けることはできない。でも、スピーチは何度も深掘りを繰り返すことで、ストーリーを語ろうとすることで、当時の想いを見つめなおすことができる。

もっと広く言えば、スピーチと同様にこうやって書くことも、自分を見つめなおすきっかけなのかもしれない。自分の言葉は自分の考えていることでしかアウトプットされない。

書いている中で、「こんなことを自分は考えていたんだ」と気づかされることも多い。

スピーチ、ライティングと形は変わるかもしれないが、自分を見つめ続けて、アウトプットすることを大事にしたい。そんなことを思っている。


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