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人魚の落とし物(連作小説:微と怪異②)
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N市内の中心街から少し外れた路地に、その店はあった。
釘で打ち付けられた黒っぽい木の看板には、ペンキで「民芸品 IIKI」と書きなぐってある。ドアも重そうな黒い鉄製のものだ。
店先のショーウィンドウには、所狭しと並べられた怪しげな品――木でできた恐ろしげなお面、変わった模様のランプシェード、古いこけしが並び、蜘蛛の巣のように紐を張り巡らせたネットが、ガラスに張り付いている。
重いドアを開けると、店内は薄暗く、売り物でもあるアンティークのランプがぼんやりと棚に置かれた商品を照らしている。
陶器の置物、何に使うかわからない木の枝、古びたゼンマイ人形、目玉のような模様の入ったガラス玉――それらはすべて、店主の井城微が仕入れた、民芸品や魔除けグッズだ。
商品が展示されている棚やテーブルが並ぶ通路の奥には、立派な机があり、その上にレジが置かれていた。机より向こう側には、雑然と彼女の私物や店頭に出せない商品が山のように詰まれていた。
レジの横のスペースには、椅子に座り、暇そうに文庫本を読む微がいた。扱っているものの性質上、そこまで客は来ない。
たまに店をしている人が店内を飾る雑貨を買いに来たり、輸入もののお香を見に来る常連客がいるくらい。あとは好奇心で店を覗く客の相手をする以外、やることがない。
その時、カラン、とドアベルが音を立て、客の来訪を知らせた。微は身体を起こした。もっとものこの客は店の商品を買いに来たわけではない、と彼女は知っていた。
「あの、メールでご連絡した瀬川満里奈ですけど」
店内に入ってきたのは、黒のトップスとゆったりしたパンツが繋がった服の上に、もこもこしたジャケットを羽織った若い女性だった。
微は、手提げ袋に入ったB6判の同人誌を彼女に手渡した。
「こちら、ご注文の品です」
彼女が購入したのは、8年前に微が作った、全国の怪異に関する噂をまとめた同人誌だ。即売会やマニア向けのイベントで100部ほど頒布した後、余ったものを店に置いていたところ、購入したいという連絡が来たのだ。
ずいぶんな物好きもいるものだ、と微は自分のことを棚に上げて思った。満里奈は店内を埋め尽くす民芸品には目もくれず、渡された同人誌をじっと見つめていた。オカルトマニア、という感じには見えなかった。
「お買い上げありがとうございます。わざわざ来てもらってすみません。郵送でもよかったのに」
「いえ、近くに用事があったので。それに、せっかくだしお会いしてお話したいと思って」
「そうですか。じゃあお時間あるならコーヒーでもどうですか。僕は時間めちゃくちゃあるんで」
微は店の奥からもう一脚椅子を取ってきて、自分がさっき座っていた椅子の横に置いた。レジの後ろに置いてあるドリンクウォーマーから缶コーヒーを二本取り出し、一本を満里奈に渡した。
「ありがとうございます……」
「あ、それは売り物じゃなくて僕が飲む用に置いてたものなんで、遠慮せず」
満里奈は椅子に座り買った同人誌をパラパラとめくっていた。その手がふとあるページで止まった。
「話したいこと、というのは、この本に書かれていた『人魚沢の伝説』のことなんです。実は私、ここに登場する村――人水村に住んでいたことがあって。その時体験したことを、聞いていただきたくて」
「……ほう、それは興味深いですね」
微は缶コーヒーを飲む手を止め、奇妙な客の顔を見つめた。その客が語ったのも、何とも奇妙な体験談だった。
☆ ☆ ☆
人水村に住んでいたのは、小学3年生の夏頃、今から15年近く前のことです。
父の会社が、人水村近くでの大規模なリゾート開発に携わっていて……バブル崩壊後としては異例なくらい大きな計画で、会社の人が何人も移り住んで作業をしていました。単身の人もいましたけど、私たちみたく家族で住む家も結構あって、そこの子供も、村の子と交じって遊んでいました。
交通は不便で、閉鎖的な村だったんですけど……会社ぐるみで村の祭りに参加したり、村の小学校で結構社員が子どもたちとか村の人と交流していたんです。反対運動が起きるとかもなく、表面上はかもしれませんがうまくやっていました。
私自身も、村に一つしかない小学校で同学年の子と仲良くやっていました。3年生は15人くらいしかいなかったんですけど、みんなよくしてくれて。
引っ越しが頻繁にある家だったから友達を作るのがちょっと億劫、みたいに思ってた私でも、何とかなったんですよね。前にいた東京とか大阪の話を聞かせてほしいとか、向こうから色々話しかけてくれたのもありますけど。
その中でも近所に住む男の子、ワタルくんって子とは特に仲が良かったんです。
彼は何というか……おとなしい感じの子で。ご両親ともに、合併して隣の村に移転した中学校で先生をしていて、家に誰もいないからって家にもよく遊びに来てました。
将来は学校の先生になる、って学校では言ってましたけど、話すと優等生というより普通の子って感じでした。
夏休みのある日、そのワタルくんが「川に行こう」って言い出して。
村の子供は川でよく遊ぶんですけど、彼に連れていかれたのは流れの急な沢で――地元だと人魚沢って呼ばれるところでした。流れが速いから子供だけで行くもんじゃないって言われてる沢です。
何でこんなとこに来たの? って聞いたら、
「『人魚の落とし物』って知ってる?」って。
ワタルくんが言うには、人魚沢の岩の間に、たまにツルツルして光沢がある、うろこのようなものがある、らしいんです。
それを10個集めると、「願い事」が叶う、と。
「ほら、これが人魚の落とし物。この前満里奈の家の近くで、近所のおじさんにもらったんだ」
そうやって渡されたのは、大きさが親指の爪ほどしかない、虹色の薄いうろこのようなものでした。
「くれるの?」と聞くとワタルくんは、「願い事を叶えるには自分の手で、一人で見つけたうろこが10枚必要らしい。だからもし満里奈も願い事何かあるなら、あと十枚同じのを集めないと」って。
「願い事って、どんなことお願いするの……?」
私の言葉に、ワタルくんは頭をポリポリかいてから、こう言いました。
「俺さ――俺の親先生だから、なんとなく、俺も将来は先生になるんだろうなって思ってた。周りの人にも期待されてるし、そう言った方がいいのかなって」
でも、とワタルくんは続けました。
「満里奈の話聞いてると、村の外には色んな世界があるんだなって。だから、親とか周りの人の期待とかの届かない、どこか遠くで暮らしたいなって」
そういう彼の言葉は、まるで叶わない絵空事を話しているみたいで、目はどこか悲しげで。私まで切なくなったのを覚えています。
私は親の仕事で色んな街を点々としてきたから、ワタルくんみたいな境遇を「幼馴染の子達とずっと過ごせるなんていいなあ」くらいしか思わなくて。狭い世界にずっと居続けるという感覚が分からなかったんです。
だから私、「きっと叶えられるよ、ワタルくんなら」としか言えなかった。
それ以降、夏休みが終わるまで、私は人魚の沢に行くことはありませんでした。何となく、行けばあの寂しい瞳のワタルくんに会ってしまうかもしれない。そう思ったんです。
山で虫取りをした帰りとか、小学校のお祭りで彼と会うことはありましたが、以前よりも会う機会が減った気がしていました。ワタルくんの家に行っても、誰もいないことが多くて。
同級生に聞くと、川の近くで見た、という子が多くて。相当人魚沢に通い詰めてるのかな、と思っていました。
そして2学期の始業式。学校にワタルくんの姿はありませんでした。
夏休み最後の日、人魚沢の近くで目撃されたのを最後に、ワタルくんは姿を消してしまったんです。ご両親が失踪届を出して、川の周辺の捜索も行われましたが見つからず……人魚沢は流れが速いですから、かなり下流に流されたんじゃないか、という人もいました。
結局彼が見つかったのかどうか――彼の失踪事件の直後、父の転勤で村を出て以来、わからないんです。父の会社が進めていた開発計画が延期になったらしくて、同級生たちと連絡先を交換する間もなく、慌ただしく引っ越してしまったので。
☆ ☆ ☆
「なるほど。で、僕が出した同人誌を読んで、その行方不明になった同級生の手がかりがあるんじゃないかと」
「……私の知人で、そうしたオカルト系の同人誌を集めている人がいて。その人に偶然この本のことを聞いて。見せてもらったら、人魚沢の伝説と、『人魚の落とし物』の噂が書いてあって」
そういうと満里奈は、手に持っている同人誌のページを開いて見せた。
人魚沢の伝説
H県にある人水村(現H県E市人水地区)には、人魚が出る沢の伝説が残っている。
室町時代ごろ、村の青年数人が渓流で魚を釣るため河原を歩いていた。すると、ごろごろとした礫岩の上に、綺麗な魚のうろこのようなものが点々と落ちていた。
青年たちがそのうろこをたどって歩いていったさきには、上半身が髪の長い美しい女性の姿で、下半身が立派なひれがある、人魚がいた。青年たちは驚いて逃げ出してしまった。
だがそのうちの一人の青年は、その一瞬で彼女に魅せられてしまった。彼はある日、沢に行くといって以来消息を絶ってしまう。
村人は人魚の世界に連れていかれたのだ、と言い、その証拠に河原で度々、大きな魚のようなひれに上半身は人の肌のような謎の生き物のつがいが目撃されるようになった。
そこで人々はその沢を人魚沢、と呼びむやみに立ち入ることを禁じたという。
この伝説が伝わる人水村では、人魚沢の急流に流されて命を落としたものが少なからずいた記録があり、現在でも水難事故はしばしば起こっている。人魚沢の伝説はそうした不幸な事故を減らす役割も担っていたのかもしれない。
だが一方で、過去に「人魚のうろこを集めると願いが叶う」といった噂が子どもの間で流行り、大人の目を盗んで沢に立ち入る子供が後を絶たなかったという。
「この村も、釣り客とかリゾート開発業者とか、外からやってくる人はいますからね。人魚沢の伝説の教訓めいた部分は、そうした人たちや若い人からすりゃ、鬱陶しいのかもしれませんね」
そう話すのは、渓流沿いに長年住むある高齢男性だ。最近は移住者も増え、村の中心地には隣村にある廃棄物処理場で働く人のため、単身者用住宅が立ち始めた。
「住む人が変われば伝説も変わりますが、昔の人の思いみたいなのは、残していかないとならんとは思うんですがね。こんなこと言ったらまた煙たがられますわな」
彼はそう言うと、昔お孫さんが集めたという「人魚のうろこ」をお土産にくれた。
「途中で飽きたのか、8枚しかないんですけどね。こんながらくたでよかったら」
そう言うと彼は目を細めて笑った。
「だいぶ前に出版した同人誌が売れるなんてと思ったけど、そういうことでしたか」
微は照れたように頭をかいた。
「あの、えと」
「ペンネームだと呼びにくいなら、本名でもいいですよ」
メールのやり取りで、すでに本名は伝えてあった。ミクロ・スコープというペンネームも、最近は使っていない。
「井城さんは……どう思われますか、この人魚伝説を。ワタルくんの失踪に、人魚が関わっていると思われます……?」
満里奈の言葉はどこか歯切れが悪かった。人魚が人をさらったのではないか、という説を口に出すのがためらわれるのだろうか。
「うーんそうですね。本に書いた通り、人魚沢の伝説は『流れの速い沢に近づくな』という教訓って面も強いでしょう。でも、実際に人魚沢に行って思ったのは――あの沢は人魚が出てもおかしくはないんじゃないかって」
その言葉に、満里奈は目を見開いた。
「鬱蒼とした森に、ごろごろと礫岩が転がった流れの速い沢。人でないものが出る話が伝わってない方がおかしいくらいです。やはりそういうものは、出る場所を選びますからね」
真剣な表情になった満里奈を見て、微は慌てて付け足した。
「いや、だからそのワタルくんが人魚にさらわれた、とか断言するつもりはないんですけどね。僕は探偵とか霊媒師とかじゃないんで、話を聞いただけで不思議な事件の真相を暴けるとか、そんなんじゃないです」
「はあ……」
「お役に立てなくてすみません、ただ……」
そう言うと、俯いてしまった満里奈は顔を上げた。
「子供の間で流行っていたという『人魚の落とし物』の噂が、どうしても腑に落ちないんです」
「本に出てくる男性が言うように、子どもの間で人魚沢の伝説が変化していったと仮定しましょう。それなら例えば『人魚を目撃したら願いが叶う』とかになりそうなのに、『人魚のうろこ』が噂の主題になっていて、人魚の話は出てこない」
「それに、『人魚の落とし物は一人で見つけたものでなければならない』っていうのも変ですよね。伝説の中で人魚のうろこや人魚は複数人に目撃されていて、『一人で見なければならない』ということは強調されていないのに――何者かが、伝説とは違うところから持ってきた噂にも思えます」
「……」
満里奈はじっと、微の顔を見つめていた。薄暗い店内では、微の藍色の髪は黒に近い。その髪に、レジ横に置かれたランプの光が、妖しげな文様を描いていた。
「あの、井城さん」
しばらくの沈黙の後、満里奈は口を開いた。
「村の人からもらったっていう『人魚のうろこ』、まだ持っていたりしますか? お孫さんが集めたっていう。見せてもらえませんか」
「え? ああ……いいですよ」
唐突に言われ、少し微は戸惑っていた。彼女は立ち上がり、店の奥から手のひらに載るくらいの小さな紙箱を取って来た。
「これが……村の方から提供していただいた、『人魚のうろこ』です」
箱の中には、ポリ袋に包まれた、虹色に光る破片がいくつか入っていた。
「触っても大丈夫ですよ」
満里奈は箱の中身に手を伸ばす。大きいものだと新品の消しゴムくらい、小さいものだと小指の爪くらいで、サイズも形もバラバラだった。触り心地はツルツルしていて、うすくて軽い。
「触った感じ、プラスチックみたいじゃないですか?」
微は苦笑していた。
「これをくださった方は、『釣り人が使うルアー(疑似餌)の欠片なんじゃないか』って、言ってました。あの沢、マナーの悪い釣り人がごみを棄てていくことがあるそうなので。プラスチックが風化して、欠片になったんだと思います。」
「じゃあこれ、偽物……」
「少なくとも、子どもの噂で言われていた『人魚のうろこ』は、何かしらの人工物でしょうね。本物の人魚のうろこなら、そんなほいほいと見つからないでしょうし」
「なんだ、そうなんだ……」
満里奈は、何故か少しがっかりしたような、ほっとしたような、不思議な表情をしていた。
「やっぱり、人魚なんて伝説で、あの噂もただの噂ですよね……」
微は首を傾げた。やはり彼女は妙だ。少年が消えてしまった話よりも、人魚がいるか否かに、関心があるかのようだったからだ。
その時突然、満里奈が深々と頭を下げた。
「……騙すような真似をして、すみません。私、ワタルくんがいなくなった真相が知りたくて、この話をしたんじゃないんです」
「え?」
「ワタルくんは、沢の近くにある森で、遺体となって発見されたんです。つい一ヶ月ほど前にです。別件で逮捕された男が、遺体を森に埋めたことを自供したみたいで」
「……え?」
「その男は、リゾート開発のため移住したうちの一人で、父の部下でした。小さい子供にその、性的な興味があって……でも小さい村だと、どこにいても大人の目がありますよね。だから当時流行っていた『人魚の落とし物』の噂を利用して、人気のない、人魚沢にやってきた子供を狙ったんです」
「まさか……」
微は言葉を失った。首筋に氷を当てられたかのような寒気を感じる。
「でもどうしてそんなに、詳しい事情を?」
「……父の会社、なんというかかなり黒いところで。素性をよく調べもせず雇った従業員が、開発先の土地でトラブルを起こすことが結構あったみたいで。人を殺してしまった、と父に相談してきたその同僚を、会社のイメージがこれ以上悪化するのを恐れて、逃がしてしまったらしいんです」
その男が逮捕されて、父も事情を聞かれました、と満里奈は続ける。
「せっかく順調に進んでいる開発を止めるくらいなら、と思った――事情聴取の後帰って来た父を問い詰めたら、そう言っていました。」
「……」
微は黙り込み、手に持った箱の中にある虹色の欠片を見つめていた。
「最初にそれを聞いたとき、ショックでした。父は罰を受けるべきことをしたと思います。けれど――そもそも人魚沢にあんな噂が立たなければ、ワタルくんが亡くなることもなかったし、父も犯罪の片棒を担がなくてすんだのにって、そう思ってしまって」
……全部人魚のせいだったらいいのにって、そう思ったんです。
満里奈は絞り出すような声でそう言った。彼女の目の端には涙がにじんでいた。
「全部私のせいかもしれないんです。『人魚の落とし物』の噂を聞いた後、ワタルくんを一人にしなきゃよかった。そんな願い事しなくたって、村の外に出て生きられるよって、言ってあげればよかった。そうすれば……」
「あ、あの、満里奈さん」
微は口を挟んだ。
「満里奈さんのせいじゃないですよ、絶対に。あなたは子供だったんです。子供を守るべきだったのは、周りの大人たちですから」
満里奈は、洋服の袖で涙をぬぐった。
「だから気を落とさないでください」
「……ありがとうございます」
満里奈はコーヒーを一口のみ、ゆっくりと深呼吸をした。
「あの、井城さん。今日は、お話聞かせて貰って、ありがとうございました。おかげでなんというか、少し心の整理がついたような気がします」
「あの事件は人魚のせいかもしれない、そういう風に思うとなんだか、父が犯した罪とか、自分自身と向き合えない気がしていて。ずっとモヤモヤしていたんです」
だけど私、逃げるのはやめにします。
そう言う満里奈は、決意したような光を瞳に浮かべていた。
「……それなら、僕もあの伝説を取材した甲斐があるってもんですね」
微はそう言うと、口の端に笑みを浮かべた。
「あ、で、これ、ワタルくんからもらった『人魚のうろこ』なんですけど……もしよかったら、井城さんが預かってていただけませんか?」
満里奈はそう言うと、鞄から小さな巾着を取り出した。その中には、親指の爪ほどの大きさで、薄く虹色に輝く破片が入っていた。
「……いいんですか?」
「お話してもらったお礼です。貰ってから、なんだか怖くてずっと引き出しの奥にしまってて。私が持っていたら、これから起きる困難を、また人魚のせいにしてしまうかもしれませんから……人魚は、もうこりごりです」
満里奈が持ってきた破片は、微が持っているものに比べるとその輝きは美しく、形もきれいな半円状だ。微はそっと手に載せ、指で表面を触る。
表面は確かにツルツルしているが、指の爪が何かに引っかかるような感触がある。店に置いてある商品のランプを付け、光にかざしてみると、細かい筋のようなものが見えた。端をそっとなぞると、細かな毛のような感触。プラスチック片とは思えない手触りだ。
まるで魚の鱗みたいだな。
頭の中をよぎった言葉に、微はゾワリとした悪寒を覚えた。
「あ、あの、満里奈さん」
微の様子を訝しげに見ていた満里奈に、微は声をかけた。
「こんなこと聞くのも何なんですが……『人魚の落とし物』の噂を流したのは、その犯人では、なかったんですね?」
「……父が言うには、その男は『人魚の落とし物』の話を聞いて、『人魚の落とし物は一人で探さないといけない』という話を付け足して、村の何人かの子供に教えたんじゃないかって。実際に沢に行って見つけた、うろこみたいなものを見せながら――」
「なるほど……じゃあこのうろこは、元々はその男が持っていたものだったんだ」
「その様子を見ていた村の人がいて、『あの男が急にいなくなったのは怪しい』と噂が立って――結局、開発をやめざるを得なくなったそうです」
「その、元々の『人魚の落とし物』の噂は、出所が分からないんですね」
「はい、あ、でも……父は犯人を、夜中に車で他の街に逃がしたらしいんですが――車の中で眠っていた犯人が『沢に人が来なくて寂しいって言ってたのはお前じゃないか』『お前があんな噂さえ流さなきゃ』って、うなされてたそうなんです」
「……それは、噂を流した人に犯人が会ってて、その相手に対して言ってたんですかね?」
「さぁ……その寝言について父が問い詰めても、犯人は何も言わなかったそうなんで……」
「そう……ですか」
その後、微と一言二言交わした後、満里奈は店を出ていった。
微は再び、掌に満里奈からもらった『人魚のうろこ』を載せた。薄い破片は、ランプの光を反射し、虹色の輪を表面に浮かべていた。
その妖しい光は、まるでこの世のものではないかのように美しく、薄暗い店内で輝いていた。
(おわり)
ーー
人魚の話書こう書こうと思いながら書けてなかったので嬉しいです。微の店、道楽っぽいけど経営大丈夫なのかな(とらつぐみ・鵺)