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【ショートショート】不老不死の代償
佐藤一郎は、どこにでもいる中年のサラリーマンだった。彼の毎日は退屈そのものだったが、ある日、いつもの通勤途中で奇妙な老人と出会った。老人は擦り切れたコートを着ており、小さな薬瓶を握りしめていた。
「君、人生に不満はないかね?」
老人は一郎に問いかけた。
「不満がないと言えば嘘になりますね。仕事は単調だし、年齢を重ねるごとに体も動かなくなるし。」
そう答えると、老人は満足そうにうなずいた。
「これを君にあげよう。不老不死の薬だ。ただし、これを飲むと一生歳を取らなくなるが、決して誰にもこの薬のことを話してはいけない。さもないと災いが降りかかる。」
一郎は半信半疑だったが、何かに突き動かされるように薬瓶を受け取った。そしてその晩、自宅で薬を飲んだ。
翌日、一郎は自分の体に異変を感じた。肌は若々しく、疲れもまったく感じない。鏡を見れば、まるで20代の頃の自分に戻ったかのようだ。
「本当に効果があるとは……」
一郎は驚きつつも喜びを感じた。これからは歳を取る心配もなく、病気にもならない。人生の可能性が無限に広がったように思えた。
しかし、彼の心に小さな不安が芽生えた。もし誰かにこの薬のことを知られたらどうなるのだろう、と。
ある日、同僚の田中にその変化を指摘された。
「佐藤さん、最近やたら若返ったみたいじゃないですか。何か特別なことでもしてるんですか?」
一郎は慌てたが、つい口を滑らせてしまった。
「実は、不老不死の薬を飲んだんだ。」
田中は目を輝かせた。
「本当ですか!?それ、どこで手に入れたんですか?」
一郎は動揺しながらも、薬のことを詳しく話してしまった。田中は一郎の家に押しかけ、隙を見て薬瓶を盗んだ。
田中は薬を飲み、自分も不老不死になれると思った。しかし翌日、彼の姿はどこにもなかった。会社にも姿を見せず、家族や友人も田中の行方を知らなかった。
一郎は恐ろしくなり、再びあの老人を探しに街を彷徨った。そして数日後、同じ場所で老人と再会した。
「君、薬を他人に話してしまったようだね。」
老人の目は冷たかった。
「すみません!もう一度チャンスをください!」
一郎は必死に訴えた。
老人は小さく首を振った。
「約束を破った者には罰が下る。それがこの薬の掟だ。」
一郎の視界がぼやけ始め、足元が崩れていくような感覚に襲われた。そして、次の瞬間、彼の姿もまた、この世から消え去った。
町の片隅で、再び老人が立っていた。手には新たな薬瓶が握られている。
「さて、次の相手を探すとしようか。」
老人は薄く笑った。その背中は、まるで永遠の影を落としているかのようだった。