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【ショートショート】タイムマシンの証言2
坂本が夜の街を歩いていると、何か胸の奥に引っかかるものを感じていた。事件は解決した。しかし、三浦が残した「タイムマシン」と呼ばれる装置が、未だ謎のままだった。
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翌日、坂本は再び三浦家を訪れた。由美子が不安そうな表情で彼を迎える。
「坂本さん、事件は解決したのですよね?」
「ええ、しかしまだ確認したいことがあるのです。この装置、本当にただの偽物なのでしょうか?」
由美子は小さく頷いた。「専門家は偽物だと言いましたが、夫はこの装置を完成させるために何年も研究していました。そんなに簡単に諦められるものではありません……」
坂本は地下室に向かい、再びタイムマシンの周囲を調べた。装置の構造や仕組みはまったく理解できない。しかし、ふとした拍子に坂本は奇妙なスイッチに気づいた。それは他のスイッチよりも目立たず、まるで隠されているかのように配置されている。
彼がそのスイッチを押すと、装置が低くうなりを上げ、やがて全体が振動し始めた。そして、装置中央の椅子がゆっくりと光を放ち、坂本の目の前で消えていった。
「消えた……?」
驚愕する坂本の隣で、由美子が息を呑む。「坂本さん……これは本物なのでは?」
坂本は目の前で起きた出来事を信じることができなかったが、事実として何かが消失したのは確かだった。そして数分後、再び装置が低い音を立てながら震え出し、光が一瞬だけ部屋を満たした。すると、椅子が元の場所に戻ってきた。しかし、椅子には何か小さな物体が置かれていた。坂本は慎重に近づき、その物体を手に取る。それは、三浦の名前が記された名刺だった。しかし、名刺には見慣れない文字が追加されている。
「未来へ辿り着いた証拠。高田の嘘を暴け。」
坂本は驚き、名刺をしばらく見つめた。筆跡は間違いなく三浦のものだった。だが、すでに三浦はこの世を去っているはずだ。由美子も同様に名刺を覗き込み、驚愕している。
「これが夫の字です! 坂本さん、夫は未来へ本当に行っていたのかもしれません……」
坂本の頭には疑問が渦巻いた。「もしこれが真実なら、事件の真相が根本から覆る。だが、一体どうやって証明すればいい?」
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坂本はその足で高田が逮捕されている警察署へ向かった。高田に名刺を見せると、彼の顔が一瞬青ざめたが、すぐに取り繕うように笑った。
「そんなもの、俺が作った偽物だと言っただろう?」
しかし坂本は名刺の内容を指差しながら詰め寄った。「もしお前が全てを仕組んだのなら、この内容を説明してみろ。『未来』の言葉で書かれた三浦のメッセージだとでも?」
高田は動揺しつつも「馬鹿馬鹿しい」と答えを濁した。
坂本はその反応を見逃さなかった。「お前は知らないことを知ってしまったんだな。この装置がただの偽物ではないという可能性を。」
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坂本は改めて装置を精密に調べるため、専門家を招いた。特に、再び消えた椅子が戻ってきた現象と名刺の謎に焦点を当てた。
調査の結果、専門家たちも当初は装置が偽物だと考えていたが、次第に疑念を抱くようになった。「ある部分が非常に精巧に作られており、理論的には空間転移が可能な技術を想定している……これは単なる機械ではないかもしれない。」
もしこれが真実であれば、高田は三浦を欺こうとしたつもりが、実際には本物の装置を利用していたことになる。そして、その装置が三浦の死とどのように関わるのか、坂本は一つの仮説を立てた。
「三浦は確かに未来へ行った。しかし、その未来で彼は殺されることを知り、名刺にメッセージを残した。そして、そのメッセージがこの装置によって現代に送られたのだ。」
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事件の真相は未だ闇の中だったが、坂本には一つの選択肢が残されていた。それは、自らが装置を使い、未来へ行って三浦の最後の瞬間を確認することだ。
「危険すぎます!」由美子は止めたが、坂本は静かに微笑み、「この謎を解かなければならない。それが探偵としての責務だ」と答えた。そして装置に座り、再びあの隠されたスイッチを押した。
眩い光が坂本を包み込み、彼の意識は遠ざかっていった。
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目を覚ますと、坂本は見知らぬ場所に立っていた。そこは広大な都市で、空を横切る車、立体映像、そして見たこともない人々が行き交っている。坂本は驚きながらも、三浦の手がかりを探し始めた。
数時間歩いた後、彼は未来の新聞を発見した。そこには三浦の顔写真が掲載されており、見出しには「不明な原因で死亡」と書かれていた。その記事には彼がある組織に追われていた可能性が示唆されており、坂本はその組織の名を目にした瞬間、背筋が凍った。
「高田未来技術研究所」
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坂本は、未来で高田が三浦を利用し、装置の完成を目論んでいた可能性に気づいた。そして、三浦の死はその計画を隠蔽するためのものだったのだろう。
坂本は組織の施設に潜入し、三浦の最期の証拠を掴もうと試みた。だが、その瞬間、背後に誰かの影が迫るのを感じた。
振り返ると、そこには未来の高田が立っていた。「君がここに来るのは想定外だ。しかし、これで全て終わりだ。」
坂本は思わず笑みを浮かべた。「終わりなのは、お前の計画のほうだ。」
坂本は未来の高田を睨みつけた。その表情には、これまで幾多の事件を解決してきた探偵としての冷静さと覚悟が宿っていた。一方で、高田の顔にはわずかな焦りが見え隠れしていた。
「君が過去から来たことは想定外だが、この施設の中にいる限り、君に勝ち目はない」と高田は冷たく言い放った。
「勝ち目がないかどうかは、これからわかることだ」と坂本は応じた。
坂本は素早く周囲を見回した。この場所は、彼がタイムマシンの起動後に辿り着いた未来都市の中心にある研究施設の一角だった。壁には無数のモニターが設置され、タイムマシンに関する実験データや複雑な数式が表示されている。
高田は手元の端末を操作し、施設の扉をロックした。「逃げ場はない。君も理解しているだろう。この技術がいかに画期的で、いかに危険かを。私がこの装置を完成させた理由を知りたいか?」
坂本は静かに頷いた。時間を稼ぐためでもあったが、高田の言葉に真実を感じたからだ。
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高田は自嘲気味に笑いながら語り始めた。「タイムマシンの理論は、本来なら人類にとって恩恵となるはずだった。未来を知り、過去の過ちを修正できる。だが、人間の欲望はその純粋な理想を汚す。三浦もその一人だった。彼はタイムマシンを完成させるために私を利用しようとしたが、結局逆だった。彼が未来で殺されたのは、その欲望の結果だ。」
坂本は反論した。「だが、お前はそれを知りながら彼を利用した。そして今も、自分の利益のためにこの技術を独占しようとしている。未来の人類のためなどという言葉は、ただの言い訳だ。」
高田は目を細めた。「そう思うなら、証拠を見つけてみるがいい。ただし、命がけでな。」
高田が再び端末を操作すると、施設内の警報が鳴り響き、複数のロボットが坂本に向かって進んできた。坂本は即座に背後の棚を蹴り倒し、ロボットの進路を遮断した。その隙に近くの扉を開け、廊下へと飛び出した。
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廊下を走る坂本は、施設内の案内図を見つけ、制御室の場所を確認した。「あそこにタイムマシンの記録や、三浦が関わった実験データがあるはずだ」と考え、そちらに向かった。
途中、警備ロボットに追い詰められながらも、坂本は機転を利かせ、設備を利用して追跡をかわした。そしてついに制御室にたどり着いた。
部屋には巨大なコンソールがあり、タイムマシンの稼働記録が保存されているようだった。坂本は操作を始め、三浦が装置を使った際のデータを探した。画面には、三浦がタイムマシンを起動し、未来へと向かったことが明確に記録されていた。
だが、そのデータの中に不自然なものを見つけた。三浦が未来に到着した直後、高田によって装置の設定が改ざんされ、三浦が「危険な場所」に転送された可能性が示唆されていた。
「これだ……! 高田が三浦を故意に殺した証拠だ!」
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その瞬間、背後から高田の声が響いた。「そこまでだ、坂本。君のような過去の人間に、未来の技術を渡すわけにはいかない。」
高田は銃を手に坂本を狙っていた。だが坂本は笑みを浮かべた。「お前がこの場に来たということは、ここがタイムマシンの中枢だな。ならば、これを破壊すれば、お前の計画は全て水の泡だ。」
坂本は手にしていた金属棒でコンソールを叩きつけた。コンソールは火花を散らしながら停止し、施設全体が激しく揺れ始めた。
「何をした!」高田は叫んだ。
「これでタイムマシンは制御不能だ。お前の野望はここで終わる」と坂本は答えた。
揺れが激しくなり、施設が崩れ始めた。その隙に坂本は制御室から脱出し、タイムマシンの起動装置へと向かった。「元の時代に戻るしかない!」
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坂本はタイムマシンに飛び乗り、最後の力を振り絞ってスイッチを押した。眩い光が再び彼を包み込み、意識が遠のいた。
目を覚ますと、坂本は元の三浦家の地下室に戻っていた。時計を見ると、未来での冒険は一瞬の出来事のように感じられた。
「三浦を救うことはできなかったが、高田の計画は阻止した……これでいいのだろうか。」
坂本は深い溜息をつきながら、破れた名刺をポケットにしまい、静かに地下室を後にした。
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未来は常に不確定であり、人間の欲望によって形を変える。それでも坂本は心に決めていた。「たとえどんな未来が待っていようと、人間の真実を追い求めることが探偵の使命だ」と。