隔週連載エッセイ 遠藤習作 2021/3/8 vol.4
歳を取るということ
先月、2/13に誕生日を迎えた。
48歳。これほどまでに自覚のない48歳なんて存在していいんだろうか。
15歳のころから行動範囲はたいして変わらない。
なんなら、世界中どこに行っても変わらない。
ライブ会場、楽器店、レコード店、古着屋、本屋、これをローテーションしているだけだ。
33年間変わらない行動をしているけど、それぞれ、ハードウェア、というか、
受け皿になる場所自体はかなり変わっている。
楽器店は、異常に楽器のうまい、でもどこかうまくやっていけなさそうな店員さんが、
ときには優しく、時にはぶっきらぼうに、タバコを吸いながら接客してくれていた。
「すみません、あの、RCのチャボさんのギターソロでグワンクワン、って音がしてるんですけど、
それ何のエフェクターですか?」って聞いたら、苦笑しながら「たぶんクライベイビーか
タッチワウだと思うよ」と教えてくれた店員さんが忘れられない。
とうとう、20歳を過ぎたころ、自分が売り場に立って、タバコを吸いながら「新製品研究」と称して、
入荷したスネアの皮を締めたり緩めたりして1日過ごしていたりした。
レコード店は最初、輸入レコードが「アメリカの匂い」と一緒にシュリンクされていて、
そのうちどんどんCDの割合が増えていき、とうとうアナログレコードが追い出されてしまい、CD屋さんとレコード屋さんが分かれたな、と思っていたら、突然レコード屋さんが復権してきたイメージだ。
古着屋さんは……あまり変わらないかな。ただ、自分が昔着ていたバンドTシャツがとてつもなく高値で売られるようになったくらい。
本屋だ。本屋が一番変わっていないようで、変わった。
中学、高校通じて、たぶん自分が一番接した大人は本屋の店主だろう。
中学のときの本屋は、同級生の女の子の実家で、中学の直近の商店街の中にあった。
当たり前のように、レジに立っているのは、同級生のお母さんだった。
「宝島」や「バンドやろうぜ」「プレイヤー」などの音楽誌、そして当時文庫本であった
「ビートルズ海賊盤事典」というぶ厚い単行本があって、暗記するレベルで毎日通って
立ち読みしていた。まぁ、今だと絶対無理な本なんだけど、ビートルズのブートレグを
ジャケ写入りで内容含め網羅しているというめちゃくちゃな本だった。
結構高かったんだけど、お正月だったか、何だったか、お金が入ったときに
「買おう」と決めて、レジに向かった。
同級生のお母さんが「あら」と声を挙げた。
「とうとう買うんだ、いつ買うのかなと思っていたけど」
そのあとに続く言葉がとにかく衝撃的だった。
「私、見てるのよ、ビートルズ。武道館で」
人生で初めてビートルズを生で見た、という人に会った瞬間だった。
高校に入ったら、ちょっと行動範囲が変わった。
駅の近くに引っ越したのだ。
バイト禁止の高校だったけど、地元の喫茶店でバイトを始めた。
並びに本屋さんがあった。おじいさんと、その家族が営んでいる、
文房具店と本屋が一緒になったような書店だった。
駅の近くにいくつか書店があったけど、バイト先に近いので、
その書店に足しげく通った。本を買うこともあったけど、
たいていタバコを買いに行っていたのだ。
ちょっと変な銘柄のタバコを得意になって吸っていて、
その書店に売ってたもんだから、しょっちゅう行って、もう顔を出せば
そのタバコをおじいさんが握っているレベルだった。
でも、よく文庫を買った。おじいさんの中ではどうやら文学青年、のようだった。
娘さん、と言ってももう今の自分と変わらないぐらいだったけど、
たまに「本当によく本読むわよね」とか声をかけてくれたりした。
娘さんの旦那さんはぶっきらぼうで、どこか書店の仕事が嫌で嫌でたまらないけど、
まぁ仕方なくやってる、みたいなところがあって、
いつもほぼ無言でタバコや文庫の会計をしていた。
どちらの書店も、今はなくなってしまった。
大きなターミナル駅に隣接している、
こぎれいな、どんな本でも取り揃えのある書店に今もたまに行くのだけど、
フとあの同級生のお母さんや、おじいさんの姿、
小さな書店を思い出すことがある。
もう、書店の店主が図々しく毎日立ち読みしている中学生を認識することも
ほとんどないのだろう。
こういうのが、歳を取るってことなのかも知れない。