学校と裁判して思うこと
「普通は学校と裁判にまでならない。(多分。)」
正直なところ、自分が当事者家族になるまでは、わざわざ学校を訴えるなんて??と思っていました。
なので、学校を訴えるなんて変わった親だ!と言いたい気持ちも少しわかるし(SNSで見ず知らずの人を非難したい気持ちはわからない)、背景を想像できないのも仕方ないとも思います。
裁判は大変だけど、大変だからこそ、ただの言いがかりやクレームでここまでは出来ないと理解できるようになりました。
そのこと自体は私の人生においては大きな収穫だったと感じていますが、それでもやらなくて済むならその方がいいです。
裁判をすることで発生する負担
金銭的負担
まず、裁判は無料では起こせないので、申し立て手数料を払う必要があります。
例えば、1000万円訴えると、5万円払う必要があるようですね。
さらに通常は弁護士に訴訟代理人を依頼することになると思いますので、その費用もかかります。これは内容等によっても違ってくると思いますが、全国展開している法律事務所のHPなどを見ると、数十万円はかかりそうです。
時間的負担
民事訴訟は長いです。わが子の訴えている件でも、まず1年はかかるだろうと思われます。(わが家の場合、在学中に訴訟提起をして解決しないまま卒業して、現在も係属中です。)
裁判は、基本的に ”相手の言い分の主張” と ”自分の言い分の主張” とのターン制でお互い書面を出し合いながら進んでいきます。裁判自体は弁護士の先生がすべて対応してくれますが、事情がわかっているのは自分(子ども)自身なので、証拠を準備したり事実関係を改めて整理したり自分のターンになると意外とやることは多いです。くわえて本人訴訟の場合は、裁判にて提出する主張書面の用意もご自身で行うことになるので、さらに負担は増えることになるかと思われます。
精神的負担
裁判ではとにかくびっくりするようなことを相手方が言ってきます。それ誰の話???というような事実(こちらからすれば嘘)が平然と主張されます。
わが家の場合、在学中の裁判だったこともあり、これがかなり子どもの心にダメージを与えました。これまで信頼していた先生が目の前で嘘をついていて、それを知ったうえで学校でまた顔をあわせなくてはいけないのですから当然のことだと思います。
でも裁判で「あの人嘘ついてます!」って言っても認めてはもらえないので、証拠を集めて反論しなくてはなりません。
自分の見聞きした事実を当たり前に信じてもらえないこと、これも日常生活ではあまり経験しないことで、ちょっと悲しいですよね。
他人同士なら当然と言えば当然なのですが、人に信じてもらうために努力しないといけないってなんだか新鮮な感覚でした。
これらの負担は、訴訟提起の前に弁護士の先生が説明してくれると思いますし、本人訴訟の場合でも、おそらくご自身でお調べになる過程で把握することになると思います。
ここで心が折れてしまう人もいるでしょうし、合理的な判断で撤退する方もいるでしょう。
それでも争うと決心して訴訟提起に至るのは、やはり余程の事情があるからです。
そこに至らしめた学校の対応がどのようなものだったのか、公教育機関として本当に適切なものだったのか、訴えた保護者や児童生徒を特異なものして済ましてしまうのではなく、事例検証することも必要ではないかと思います。
(特に公立学校の場合、学校側の弁護士費用は住民の税金から払われているのですから。)
※ わが子が係争中の元在籍校は、わが家の前にも別の生徒から訴えられているので、私の知る限り令和になってから現在までほとんどずっと自校の生徒と裁判で争い続けていることになります。