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【短編小説】ソノヒト 〜第七章 「勝ち犬の遠吠え」〜

勝利の雄叫び

友達の家の前についた。
駅前の高級マンションに友達は住んでいる。

友達は例の僕が今、副業をさせてもらっている
その人である。

友達の動画は今、
飛ぶ鳥を落とす勢いでチャンネル登録者も増え、
再生回数も増える続けている。

コロナが流行り出したころから
本格的に動画編集のお手伝いをさせてもらうようになった。

その頃はガンガン登録者を増やして
コロナにも打ち勝ち、

「勝利の雄叫びをあげよう!」

なんて話をしていたが、

こんなにも結果が出るなんて
僕は正直想像もしていなかった。

それぐらい僕の友達の中では
今一番稼いでる人である。

ただいつものように
僕の読みが甘いだけで、

友達は最初からこうなることを
予想していたのかも知れない。

マンションと車

友達はマンションの中に
招き入れてくれようとしてくれたが、

車を路上駐車していたため、
断った。

というより、
そんな自分に似合わない高級な場所に入るのが
ものすごく照れくさかった。

申し訳ないと思いながら
少し接着剤くさい車の中で話をした。

30、40分くらいだろうか。

仕事の話から、プライベートな話、
思い出話まで色んなことを話した。

こうやってその友達と会って話したのは
ほぼ1年ぶりくらいであった。

前回会ったのは昨年の忘年会である。

こんな世の中になり
自分が飲み会を企画しないことで
丸々一年間会うことがなかった。

戦友

そんな友達は
実は高校の同級生だ。

当時、同じ陸上部でリレーを組んでいた。

友達が1走で、
僕が4走のアンカーを務めた。

埼玉県では最高3位になるほど
まあまあ強いチームではあった。

気づいたら
当時の思い出話をしていた。

というより、
会えばいつもその話をしているように思うが、

やはり思い出すのは
関東大会の決勝である。

関東大会

6位に入ればインターハイに出場出来たのだが
結果7位だった。

その時のことを鮮明に覚えている。

バトンをもらい損ねてはまずいと思い、
走り出しがいつもより緩い加速だった。

僕は6位と7位のギリギリのところで
3走からバトンを受け取ったが、

ゆっくり出ている分
初速のスピードが全然乗ってこない。

気持ちだけが先走り
体が全然ついて来てくれない。

気づいたら冷静さを失い
ただ、がむしゃらに走っていた。

そのせいで足が空回りし、
地面を蹴れていなかった。

体が軽く宙を浮いて
フワフワしている。

そんな感覚だった。

不甲斐なさ

走っている本人にしか分からないが、
たった少しの僅差でも

隣で走っている相手に
勝ったか負けたかが分かる。

ゴールした瞬間、
自分は完全に負けていた。

それなのに
応援に来てくれた先輩や後輩たちが
遠くで喜ぶ声が聞こえた。

スタンドの応援席からは
勝ったように見えたのだろう。

遥々遠くから応援しに来てくれた人たちに
本当に申し訳ない気持ちになったことを覚えている。

僕はあまり寝ている時に
夢を見ることはないが、

この時のことは、今でも夢に見る。

本当に自分の不甲斐なさに
落胆しきった瞬間であった。

もしかしたら
人生のターニングポイントだったのかも知れない。

勝ち犬の遠吠え

もしここで勝ち切って
インターハイに行っていたら
また、違う人生だったのかも知れない。

おそらくその時点で納得して
大学までは続けなかっただろう。

そんな往生際の悪い性格のせいで
そのままずるずると続けてしまった。

自分に負けたような気がして
あきらめたくなかった。

運命なのかは分からないが
リレーを組んでいた4人のうち
3人が同じ大学に進んだ。

そのうちの一人が友達のその人だが
一緒に部活を続けはしなかった。

おそらくあの関東大会で
完全に出し切ったのだろう。

友達は僕に会うたびにいつもこう言う。

僕をインターハイに行かせてあげたかったと。

今回のこの訪問でも
またその言葉を聞いた。

きっと友達にとっても
悔しい思い出の一つだったに違いない。

そう思うとなんだか照れ臭くなって
お土産のシュークリームを

マスクから覗く
目を直視できないままに渡した。

まだ話足りないと思いながらも
お互いに何かに納得をし

お土産を渡しに来たにも関わらず、
心のどこかに忘れたものを
いつの間にか友達から受け取っていた。

僕はその帰り道、
当時の負け犬の遠吠えをかき消す

勝利の雄叫びを
一人車のなかで叫んでいた。

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