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【短編小説】ソノヒト 〜第四章 「サンドウィッチマン」〜

梱包の呼吸

梱包作業中、カッターナイフで
指を切った。

普段、そんなミスはしない。
それだけ、作業を急いでいた。

集中していると思っていた。
でも、出来ていなかった。

何かに没頭すれば
「その人」のことを考えなくて済むと思っていた。

でも、考えてしまっていた。

ブログを書いているときも
副業の動画編集をしている時ですらも

考えてしまう。

緊急の仕事で来ている以上
それではいけないと分かっていた。

僕は今流行の言葉で
自分に言い聞かせた。

「全集中、梱包の呼吸、壱ノ型」

自分でもふざけていると思ったが
そうでもしてないと気が紛れなかった。

美人女将

工場長が、昼飯を奢ってくれると
地元では有名なとんかつ屋に連れて行ってくれた。

前に接待ゴルフに来た際にも
ここを訪れようとしたのだが、

その時は満席で入ることができなかった。

今回はその時のリベンジである。

また満席で入れないのかも知れないと思いきや、
簡単にのれんをくぐり、カウンターに座ることができた。

そのとんかつ屋には50歳くらいだろうか、
その年を感じさせないような美人女将がいた。

工場長はその美人女将と親しげに話している。

どうやら相当常連らしい。

僕はその会話にいつの間にか加わり、
美人女将その人と話していた。

コロナの影響でやはり客足が遠のいているというが
まだ田舎だからやれているということを呟やいていた。

「これが東京だったらもう潰れている。」

そんなことも言っていたが、
あながち間違いではないのかも知れない。

自分の読み

そんな美しさの中に強さを兼ね備えているような女将
その人との話をしみじみ聞いているうちに

いつの間にか
おすすめのとんかつ定食を食べ終えていた。

こちらもまた、美味しさの中に
この状況をなんとか跳ねのけたいという強さを
気づいたら味わっていたように思う。

昼飯を食べ終えた美人女将のファン2人は
口直しもしないまま、早速梱包作業へと戻った。

ここからの作業の進み具合は言うまでもなく
相当な在庫を貯めることができた。

営業の僕としては
まずは一安心である。

そんな自転車操業の梱包作業をしているときに
女性社員のその人と会話をする機会があった。

その人には娘と息子がおり
20歳の時に初めて子どもを産んだという。

そして、その娘さんが今35歳という年齢だ。

やはり50歳以上という
僕の読みは当たっていた。

ただ、当たっていないことがあった。
それは、既に娘も息子も結婚をし独立している。

そして、旦那さんはいない。
今、女性社員のその人は一人ということだ。

その読みが外れていた。

パートから正社員になったことは
その人の意志の表れではなく、

一人で生きていかなければならないということ。

これに尽きたのだ。

仕事と生活

頼る人がいなければ
自分で生きていかなければならない。

そんなとき仕事を楽しいと思い
毎日会社に出勤することはできないだろう。

一日一日が不安だ。
職を失えば生活ができなくなる。

このコロナ禍でもそのような問題が起きているのは
皆が周知の事実だが、

それは誰にでも起こりうる。

僕がいわゆる公務員を辞めたときも
まさか自分が辞めるとは夢にも思っていなかった。

女性社員のその人をみて思う。

もし旦那さんに養ってもらっている
主婦の方がいるとすれば、

大きなお世話かも知れないが
可能な限り早くに
働き出した方がいいように思う。

パートであれアルバイトであれ
もし正社員になれるのであれば正社員で。

もちろん、子どもがいて
子育てとの両立はこの令和の時代であっても
まだまだ難しい。

そんなことは百も承知だ。

ただ、
女性社員のその人の小さな背中を見て
僕はそんなことを考えざるを得なかった。

サンドウィッチマン

働けていることに感謝しなければならない。

それはさっきの思いを変換して
自分に言い聞かせてるのと同じで

公務員を辞めたとき
どん底にいるような感覚を味わったからこそ
こんなことをいつも心の中で思っている。

今は有難いことに商品が売れ
会社は今までにない売上を記録している。

数字でいえば
自分が入社したときの10倍である。

給料も年々上がり続けている。

入社当時が少なすぎるのだが、
上がり具合は他人が聞いたら必ず驚く金額だ。

ただ、そんな自分でさえも副業として
友達を手伝わせてもらっている。

ここまで僕は仕事と生活について
熱く語っているつもりではあるが、

「ちょっと何言ってるか分からない。」

飲みの席でこんな話を
くだくだしていたら、

「その人」ならその一言で
あの笑顔で完全に聞き流しくれていただろう。

そんなことを思いながら、
一人宿泊先のホテルで缶ビールを開け、

気づいたらそこでもひたすら
動画の編集作業をしていた。

自分でも本当に
「ちょっと何言ってるか分からない。」

そんな状況に陥りながら

サンドウィッチマンのコントを
ただただ懐かしく思い出していた。

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